第4話 元には戻らない
髪の毛と目の色が灰色になっていたからすぐに分からなかったそうだ。
俺も洗面所で『誰これ』ってなったしな。
だから朝とか出かける時、たまに顔を合わせていたのに、一瞬分からなかったとしても仕方がない。スキルが覚醒して、次のスキルが発現した時、ほぼすべての人が髪の毛や目の色が変わるからだ。
ごく稀に変わらない人もいるようだけど、片側だけ変わるより、両方変わる方が覚醒率が高いとされている。聖一も二葉もそれぞれの属性に合わせて髪も目も色が変わっていたもんな。
俺だと納得してくれたところで助け起こし、腰が抜けて歩けないお婆さんを隣の部屋、アパートの管理人室までつれていった。
そこで指示されるままお茶を用意して、ソファーに座り、ローテーブルを挟んでお茶を飲んでいる。
苦い……ちょっと濃くなりすぎたかも。
落ち着いたところでお婆さんは話し始めた。最初に聞いた時、あまりにも信じられない事で声をあげて驚いてしまった。
それは――
「一週間前? そんなに長く?」
そう。一週間も経っていたことだ。慌ててウエストポーチから出した充電満タンのスマホの日付けを見て、本当の事だと納得させられた。
「ええそうよ。それから全日本技能研究所がこのアパートの出資管理者なのは知っているわよね?」
知ってると素直に頷く。
「レイ君が死んだと聞いたのは一週間前。そこから部屋の整理をするよう連絡が来たのが昨日よ」
自称、全日本技能研究所の雇われ管理人のお婆さんが聞いた話はこうだ。
市が管理しているEダンジョンのモンスターハウスで、Bランクが二人所属している育成学園の五人パーティーが俺のために経験値稼ぎをしていた。
二度目のアタックの途中で回復薬も使いきり、退避が決まったが、俺がわがままを言い、止める仲間を振り切って一人部屋に残り死んだと……。
まったく違う。
助けに戻ろうとしたパーティーメンバーだが、一度出ると中に人がいる場合は入れない。
入れるのは攻略後か、中の探索者が死に、クールタイムと言われる時間が過ぎた後だ。
パーティーメンバーは探索者ギルドならなんとかできるかもしれないと、
だが、救助隊が到着したモンスターハウスはクールタイム後で、俺も荷物も消えていたそうだ。
「なんだよそれ……話が違うじゃないか」
「そのようね。今レイ君がここにいる。ならば報告は誤りだったってことね」
「はい。俺は足止めに使われただけですから」
「はぁ、片付けなんて面倒なことしなくて良くなったのは助かったけど、考えようによってはさらに面倒な話になってるわね」
湯呑みをテーブルに戻し、スマホを手に取り電話をかけ始めた管理人さん。
「お疲れ様。私よ。所長に繋いでくれる? そうよ私。急ぎよ。今やってる議題に関わることだから急いでね」
スッと立ち上がり、戸棚から缶入りの、クッキーを出してきて『食べてていいわよ』とテーブルに置いて蓋を開けてくれた。
緑茶にクッキー……。
白と茶色の市松模様になったクッキーを摘み、かじっってみる。
サクサクで甘いし、少しの苦味。ココアかな? チョコっぽくもあるな。
残りを口に放り込み、甘くなった口の中は水分を求めている。たぶんコーヒーか紅茶を。でも目の前にあるのは熱い緑茶……。おそるおそる一口すすってみる。
……あっ、思ったより合うかも。
思わず新たなクッキーを求めて手が伸びた。
「気に入ったようね。どんどん食べていいわよ」
そう言った管理人さんは口に手をあてて笑いをこらえているように見える。
手で隠しても目が笑ってるって丸わかりだけどね! 気に入ったし美味しいし甘いお菓子ってよりお菓子が久しぶりだし!
でも、こんな優しい笑顔で向かい合って話すって心が落ち着く。
クッキーを二枚取り、一枚湯呑みを乗せるお皿に置いて、一枚を口に放り込んだ時、電話が再開されたようだ。
なるべく音をたてないようにクッキーとお茶をいただいておく。
そして再開された管理人さんの話に意識を戻した。
「――そうね。レイ君の話だと再発の危険は高いでしょうね。だったら――」
――少し幸せな気分になっていたけど、現実に引き戻された気分だ。
そうだよな。誰が考えてもそうなると思う。
「――育成学園のまだ残っている籍はそのままにしておきましょう。そして――」
学園か、こんな状況で行ってもな……。
裏切った親友と彼女がいるのはもちろん。クラスメイトどころか先生すらも腫れ物を触るような扱いが再開するだけだ。
いっそのこと別の学校に、は無理か。入学前、技能研究所が出資している学校なんて全国で育成学院しかないって言ってたし、研究対象を関係のない学校に通わせてどうするんだって話だよな。
なら、これからは平日もダンジョンに行けるのか? それなら契約で出してもらってる、三久の入院費や治療費に充てられる。俺が一人で入れるダンジョンランクだと稼ぎは少ないが、毎日通えるなら塵も積もればだ。
「――死んだままにして、別人になってもらいましょう」
別人? 死んだままにする?
「覚醒して髪と目の色は変わっているから名前を変えて、存在を消す。消すか、イレイザーとかどう? レイ君の名前から
イレイザーって消しゴムじゃん……。いや、再発を防ぐためには、……ありかも知れない、のか?
存在を消すか。元には戻れないんだよな。
こんな俺にできた初めての彼女。
保育園からずっと変わらず仲良くしていた親友。
どちらもかけがえのない、他に変えようもない大切な二人。
もし、二人が危険に晒されたなら、薄皮の盾にしかならないかもしれないけど、命がけで前に立てると思っていた。
ああ、そうか。
俺、まだ元の生活に、仲良く笑い合える日常に……。そんなことあるわけないのに……。
戻れるかもって期待してたんだ。
「は、はは。なんだよそれ……。馬鹿だろ俺。ひひっ」
無理だよ。どう考えても元には戻らないって分かりきってるだろ。
滲んだ景色でどこにいるのかも分からない。
笑うしかないじゃないかこんなの。
「――っ。ちょっと待って。後でかけ直すわ!」
誰かが抱きしめてる。
背中も撫でられている。
頭も。
「気が利かなかったわ。ごめんなさい。声も出して泣いていいわ。辛い事は吐き出してしまうのよ」
管理人さんの声が聞こえる。
そうか。笑ってると思っていたけど、俺、泣いてたんだ。
「俺はぁぁぁ!」
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