消しゴムと残りカス

第5話 心機一転と遭遇

「行ってくるね」


 寝ている三久の頭を撫でてから病室を出る。嗅ぎなれてきた消毒薬の匂いが漂う廊下を進むと正面にエレベーターホールが見えてきた。


 さっそく壁の【▼】ボタンを押すと、すぐに到着して開いたエレベーターに乗りこんだ。


 そこには【開】ボタンを押してくれている黒髪で日本人形のような前髪パッつんの女の子。


 前髪……三久と似てるな。俺が切ったからだけど……、すまん三久。寝てるから気にならなかったけど、今度髪の毛の切り方勉強するから許してくれ。


 完全に前髪で目が隠れている女の子に『ありがとう』とひと声かけて会釈をしておく。


 ビクッとしてた……。そんなにビクビクするかなぁ……。


 いや、狭い密室で男と二人きりはやっぱり緊張するか。俺とは反対側の壁に肩をくっつけ離れているし。


 ……よし、なるべくこっちからも離れておこう。そうだ、横の壁に背中をつけておけば最大限離れられているはず。


 扉が閉まり、動き出したエレベーターの奥にある鏡に目を向ける。


 この鏡は車椅子の方が、後ろ向きでエレベーターから出る時、後方を確認できるように設置したものだと聞いた。


 今の俺のようにけして身だしなみを整えたりするためじゃない。


 けど、そこには灰色の髪の毛で、灰色の目。黒色のフルジップパーカに、カーキ色のカーゴパンツの男が映っている。


 もっさりしていた少し長めの髪の毛は、後ろで縛り、マンバンヘアになっている。


 うん。マジで元の姿を知っている自分が見てもまったくの別人に見えるな。


 顔は妹とソックリだからアレだけど、髪型変えるだけで別人過ぎるだろコレ……。


 何度もダンジョンの入場申請で顔を合わせていた人に、新規で探索者登録してもバレなかったほどだ。


 なぜ新規登録をしたのか。死んだと報告された一週間後に帰ってきた俺は、そのまま誤解を解かないことに決めたからだ。


 いや、あれよあれよというまに『決まっていた』と言った方が正解かも。


 全日本技能研究所の力で日系人のイレ・イザーとして、戸籍と永住権なんてとんでもない物を国に働きかけて所得したそうだ。


 名前も『レイ』をひっくり返した『イレ』にして、消しゴムとか、消すって意味の『イレイザー』を採用し、『イレ・イザー』が新しい名前たそうだ。


 俺はどうせなら『ゼロ』の方がかっこよくない? と意見したんだけどバッサリ不採用にされた。


 名前は置いておいて、世界で一人だけしかいないスキルにLvがあるってだけで、国を巻き込んだ全日本技能研究所。


 とてつもなく権力のある組織なんだと再認識させられた。


 ちなみに行方不明になっていた一週間のことは何も分かってない。ダンジョンはもちろん、高ランクの探索者に頼み、色々と調べたそうだけど結果、手がかり無しのため、引き続き捜査は続行されるそうだ。


 次に頭に変な機械を付けられて、脳波がどうとか電気信号がどうとか言ってたけど結局分からずじまいらしい。


 それから住むアパートは変わらないが、部屋は移動することになった。万全を期して正面玄関からは入ることができず、面倒だけどアパートの裏にある管理者用の屋内駐車場からしか入れない物置にだ。


 物置と言ったけど、お婆さんが物置きに使っていただけで、普通の部屋だった。


 元々住んでいた1Kより広く、2LDKの窓は無いけど立派な部屋で、三久が退院したら一緒に住めそうと思ったくらいだ。


 ピン――


 一階へ到着したようで、電子音が鳴り、扉が左右に開く。


【開】のボタンを押してくれている女の子に『ありがとうございます』と二回目の感謝の言葉と会釈して先に降り、広い総合受付のホールを抜けて病院を出た。






 バスに揺られ到着した市役所でダンジョンの入場申請をする。


 二十分ほどの待ち時間のあと、探索者カードに『ダンジョン入場許可』と印字されて返してもらった。


 その下には前回から二週間過ぎた日付け。裏切られてからもう二週間も経つのか。認識では一週間だけどな。


 ウエストポーチにカードをしまい、混雑のしている受け付けから離れる。


 あっ、エレベーターの子だ。探索者だったんだな。ソロ、かな? 大きなバックパック担いでるし。……なんか担いでるってより、バックパックにのし掛かられてるみたいだ。


 思わず『ぷふっ』と笑いが漏れてしまった。もしかしたらダンジョンも一緒かもしれないな。




 やっぱり土曜日のギルドは混む。さも休日探索者と見える社会人か大学生くらいのパーティーが多い。それに、見覚えのある学園指定の上下を着たパーティーも何組か集まっているのが見える。


 そして……、その中に四人組のパーティーがいた。


 二週間前に彼氏が、親友が、後輩でパーティーメンバーだった者が死んだとは思えない賑やかさで、先輩たちも聖一と二葉も談笑している。ちょうど出ていこうとしていた自動ドアの横でだ。


 ズキリと胸が痛む。この一週間で吹っ切れたと思っていたけど、そう簡単ではなかったようだ。


 たぶん今凄いしかめっ面になってるんだろうな。


 顔を手で拭うように目尻を下げておく。


 近づくにつれて声もハッキリと聞こえてきた。


「――。――――、――」


「――」


 が、別の事、三久の事に意識を飛ばし、会話をシャットアウトしつつ真ん前を通りすぎ、開いた自動ドアから表にでた。





「ふぅ。気づかれなかったけど、やっぱりまだキツいな」


 シャトルバス乗場につき、ダンジョン行きの連接バスに乗り込む。


 土曜は増便されて、各ランク別に二十分感覚で往復してくれているため問題なく席にも座れた。


 出発までまだ少し時間があるな。


 スマホを取り出し、研究所から依頼された内容を復習しておく。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ・【身体強化Lv5】【身体回復Lv1】のレベル上げ

 ・【身体強化Lv5】の強化率、強化時間の検証

 ・【身体回復Lv1】の検証

 注)故意に怪我をすることは禁止


 装備)検証用アンクレット型測定器×2

    検証用ブレスレット型測定器×2

    検証用ワンハンドソード型測定器

    検証用インナースーツ型測定器

    検証用フルジップパーカ型測定器

    検証用カーゴパンツ型測定器

    検証用タクティカルブーツ型測定器

    検証用グローブ型測定器

    検証用ヘアバンド型測定器

 を使用して下さい。

 厳守事項)探索は一、二階層で行って下さい。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 依頼だけど変わったのは、あの日、レベルの上がった身体強化が覚醒して発現した新しいスキル【身体回復】のレベル上げと検証と、全身の装備が追加された。


 怪我が治っていた事と、身体強化のダブルを使った後遺症が無かったのも【身体回復Lv 1】のお陰じゃないかと予想されている。


 あとは装備。装備はすべて電気信号がどうたらで筋力の動きや脳波なんかを調べてくれるらしい。


 うん。難しいことは研究所の先生方に任せておこう。


 出発までまだ五分あるな。


 そんな時に乗車してきたのは元パーティーメンバー四人と、エレベーターの子だった。



 ――――――――――――――――――――

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