第2話 ひとりぼっちの奮戦

 扉に手が触れる寸前で、視界が横に流れる。メイジが撃った火の玉で吹き飛ばされ、勢いで石畳の床を勢いよく転がり――


 ドガッ――


 壁に当たってようやく止まった。


「がはっ。くッそ!」


 急いで立ち上がろうと体に力を入れただけで右肩と左の脇腹に激痛が走った。


「ぐぎっぎぎ――」


 ヤバい。身体強化のお陰でまだ動けるが、このままじゃ死ぬ。いや駄目だ。諦めるなんてできない。三久を一人残して死んでたまるか!


 グッと足に力を込め立ち上がり、一面が石畳だった視界を広げる。


 見えたゴブリンたちはメイジを中心に笑っていた。もう勝ち確定とでも思っているのか、入口の近くから動いてすらいない。


「ダカーも落として武器無しか」


 あるのはウエストポーチとこの体だけ。


 身体強化だけで切り抜けなきゃならないってわけかよ。


 現状の把握のために目だけを動かし自分の体を見てみるが、右手はほぼ使用不能だ。利き腕だと言うのにもう拳を握ることも上げることさえもキツい。


 かといって左手はと言うと、脇腹の火傷に肋骨も折れているようだ。少しの動きで痛みが脳天に突き刺さってくる。元々防具らしい防具も装備していない。この状況でどうすればいい。


 ゆっくりと部屋の角から離れるために左に移動していく。


 動き出したからか、ニヤニヤと笑いながら近づいてくるこん棒持ち二、素手二匹の四匹。


 顔は前を向き意識は残しつつ、手探りでウエストポーチから回復薬を一本取り出す。瓶の形でHP回復薬だとわかっているが、蓋を開けられない。


「嘘だろ」


 回そうとするが右手は握力がなく、いつの間にか出血していた血で滑り、ビクともしない。


「蓋さえ開けられ、そうだ!」


 痛みに耐え、ビンを口許まで持って行き、歯でキャップを噛んで固定。


「ふぅ――っ!」


 痛む脇腹を無視して瓶をひねる。


 カシュと封がちぎれ、蓋を開けることができた。


「プッ。安物だが頼むぞ効いてくれ」


 一息に回復薬を口にふくみ飲み込んだ。ダンジョン産の回復薬はすぐに効いてくる。


 肩の痛みも脇腹も多少マシになった、が……。


「右手は……やっぱ無理か。左手と蹴りでやってやる! 行くぞ!」


 一番手前に来ていた素手のゴブリン。まだかけた身体強化が残ってる。


 やるしかない。倒しきるのは厳しいが、かき回して絶対逃げ延びてやる!


「しっ!」


 掴みかかろうとした腕を左手で弾くように反らせて、ゴブリンの足の間、急所部分を蹴り上げ――


「転がれ!」


 ――続けざまに前屈みになりかけた胸に回し蹴り。その方向にいたヤツに向けて蹴り飛ばす。


 ドン――ドン! よし!


 上手く二匹の排除ができたが続けてすぐ後ろにいたもう二匹に意識を変える。


 振り回してきたこん棒をバックステップで避け、着地と同時に今度は踏み込み頭を掴んで、顔面に膝蹴りをぶちこんだ。


 グシャ――


 鼻が潰れ、膝がめり込む感触がした。


「次!」


 着地と同時に横まで来ていた素手ゴブリンの首を掴み、引き寄せつつ顔面に頭突きを叩きつける。


 ゴシャ――


 その間に起き上がってきた二匹に向けて、勢いをつけて放り投げてやった。


 それに怯み立ち止まったゴブリンをその場に残し、入口向かう。


 ヤバっ!


 そこにメイジの火の玉が二発、高速で向かってきていた。


 っ!


 斜め前に身を投げ出して避けた火の玉は、追いかけようとしていた二匹のゴブリンに直撃したのか叫び声が聞こえた。


 ヤバかったがこれでしばらく後ろの四匹は考えなくてもいい。


 と思っていたのは甘い考えだった。メイジはこん棒持ちを二匹だけ残して残りを俺に向けて突撃させてくる。


 こうなったら危険だけど身体強化の重ねがけするしか方法はない。


「後の事なんか考えてる場合じゃない死ぬか生きるかだ!」


 80%も後遺症が残る可能性がある身体強化の重ねがけ。身体強化ダブル。


 ほとんどのものは数ヶ月もの間、痺れが残るが自然治癒する程度のもの。


 10%は不随箇所が残るが、不随はダンジョン産の回復薬でも準上級、一千万円のものを使えば治療も可能だ。


 残りは体が耐えきれず、死ぬ。


「持ってくれよ俺! 身体強化! ダブル!」


 ビキビキと骨がきしむが右手の感覚が戻った。


「行くぞ!」


 ドンと床を蹴り、向かってくる八匹の真っ只中に一瞬で入り込み、真正面の驚いた顔のゴブリンからこん棒をで掴み奪う。


「借りるぞ! ぶっ飛べ!」


 奪ったこん棒を横薙に顔面へ叩き込んでやる。


 ここまで3秒。ダブルは長くても30秒しか時間がない。


 続けてその奥にいたゴブリンからもこん棒を奪い取り、蹴りを入れて吹き飛ばした。


 前が空いた!


 ゴブリンたちを置き去りにして、メイジが待つ入口に一直線に走る。


「ギキャギャ!」


 メイジは立て続けに火の玉を放ってくるが、動体視力も強化された今はスローボールほどのスピードに見える。


 当たってたまるか!


 ドゴン――


 こん棒のフルスイングで火の玉の横に一撃すると、ほんの少しだが軌道を反らせられた。


 反らせた火の玉は俺の横を通りすぎ、後ろに飛んていく。一瞬の間のあと、ドンという音と共にゴブリンの叫び声が聞こえてきた。


「退け!」


 残っていたこん棒持ち二匹は火の玉を避けたことに驚き止まっている。間をすり抜け、こちらも固まっているメイジに蹴りを入れた。


「しゃっ!」


 吹き飛んだメイジは、ドゴンと扉にぶつかり扉が開く。二歩先にはバックパックとダガーが落ちている。こん棒を投げ捨て立ち止まらずその二つを拾い上げて扉を抜け――


「お前は倒しておく! ぞっ!」


 開いた扉、そこに透明な壁があるように何もないところにもたれているメイジの首にダガーを突き入れた。


 三十センチの刀身が根元まで刺さり込んだ時、ボワンと黒い煙になりメイジを倒したと分かった。


「よし!」


 飛び込むように通路に飛び出て後ろを見ると、そこには出てこれないまだ生きているゴブリンたちが怨めしそうにこちらを見ていた。


 やった……逃げ延びたぞ。


 ガクリと膝が崩れ、ペタリと座り込む。


 座り込んだ膝の先にメイジのだろう濃い青、紺色の魔石と、水晶のような透明な玉が一つ。何度か見たことあるけど、レアなスキルオーブが転がっていた。


「は、はは。魔石も紺だと十万は行くだろ。それにスキルオーブだ。これを持って帰ればいい稼ぎになるな」


 生き残れた安堵感からか、普段なら思いもしない考えを口にしていた。


 左手で魔石とスキルオーブを拾い上げ、まだ時間は残っているが身体強化ダブルを解除した。


「いぎっ――がっ、コレ、ヤバ――」


 解除した瞬間に激しい痛みが襲ってきた。


「こん、な、痛、いとか、聞いてな、いぞ――」


 完全に石畳の床にねころがり、痛みが去るのを待つしかない。


 頼むから痺れで終わってくれと祈りながら。


 痛みで意識が飛びそうな時、耳に『カランコロン』と下駄を鳴らす足音が聞こえた気がした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る