第2話 初めての相談者。

「……せんぱい」

「ん?」

「暇ですね」

「ん。そうだな」


 神井真理のお悩み相談部は実に暇である。

 翌日から部員として参加させられているわけだが、やはり暇である。

 そもそも僕が最初の相談者であり、そしてその相談者が部を立ち上げて1ヶ月が経ちようやく1人目。

 なんならそれだって神井のゴリ押しで僕がこうなっている事を考えるに、そもそも部活動として生徒に認識されていないのだろう。


 だが僕としては相談者なんて来ても面倒が増えるだけだし、そんな欠点であり問題点をわざわざ神井に言って改善しようなんて思わないわけで。


「みんな、悩みとかないんですかね?」

「人並みになんかあるんじゃないか? ただ相談できる相手が少なからず居たりするんだろう。だからここを頼ってくるような生徒なんてそもそも早々いないわけだな」

「それってちょーヤバくないですか?」

「立地は大事って話だな」


 どんな有名店のチェーンでも立地が悪ければ客入りは悪い。

 世界で1番食べられているハンバーガーを売っている店でも宇宙に出店したって一般客が来る手段も無いなら繁盛のしようもない。


 話を聞くに、元々生徒会の物置だったこの部屋を無理言って借りているらしい。

 別棟であり本校舎とは渡り廊下を渡って来ないといけないような場所であり、生徒会自体も他の物置部屋がありそっちの方が便利だからこそこの部屋を貸し出したわけだ。


 空き物件にはそれなりの理由は往々にしてあるというものだ。


「それにあれだ、神井」

「なんですか?」

「そもそも普通の生徒は生徒に相談しない。進路とかで悩んでいるなら先生に、部活で悩んでいるなら顧問の先生に。だからそう都合よくほど良い相談者なんて来ない」

「そ、そんなぁ……ガクッ」


 だが、全く相談者が存在しないこともない。

 しかしそれは先生という人生の先輩では対処に困る相談であったり、又は先生には相談するわけにはいかない厄介な案件でもある可能性が高く、そしてそんな案件が相談部こっちに来る可能性がある。


 そしてさらに言えば、先生に相談できないような悩みを抱えた生徒が藁にもすがる思いで来るとなると必然的に面倒事以外の何者でもない。


「やっぱり難しいんですかね……この部活は」


 悲しそうにそう言った神井のため息のすぐ後に、ノックの音が響いた。

 その途端にビックリした神井はすぐさまウキウキしだした。

 きっとケモ耳としっぽがあればもっと分かりやすかっただろう。


「ど、どうぞ!!」

「し、失礼……します」


 相談者らしい生徒が来てくれたと笑顔を浮かべる神井とは反対に僕は思った。

 ……これは面倒な案件だと。


 僕以上に幸薄そうな表情に弱々しいシルエットの女子生徒。

 神井と同じ赤色のリボンであることから1年生なのだろう。

 セミロングの髪と瞳の見えない前髪、大きめの制服のわりにやや目立つ胸。

 地味であるが一部生徒から人気はひっそりとありそうな女子生徒だというのが第一印象。


「そ、その……相談、したい事があって……」

「はいっ! お悩み相談部が相談に乗ります! ささっ! どうぞ腰掛けて下さい!」

「……あ、はぃ……」


 なんていうか、凄く気の弱そうな女の子だな。

 神井とは反対な感じというか。


 ……まあべつに僕も神井の事なんてほとんど何も知らないから、偉そうな事なんて言えないし、そもそも僕は見下されるような人間だ。

 僕と同じ側の人種だから少しだけ親近感は感じなくもない。


「はいっどうぞ。紅茶です」

「ありがとう、ございます……」


 下を向いたまま縮こまって紅茶にも手を付けようとはしない相談者。

 前髪でよくは見えないが、僕をチラチラと見ているようでなんだかこちらもやりづらい。


「それで、ご相談というのは?」

「……そ、その……」


 相談者はきっちりと内股を閉めて両手を強く握り締めていた。

 もうこの時点で学生でしかない僕らの手に負えるような話ではなさそうだ。


「神井、僕はもう帰るよ。女の子同士で話してくれ」

「え?! ちょとせんぱい! 相談部初めての相談者さんですよ?! せんぱいも居てくれないと!!」


 帰ろうとした僕を慌てて止める神井だが、神井の事よりも僕は相談者の方が気になっていた。

 先程から続く相談者の僕に対しての目線。

 それが決して好意的なものではないことを僕はよく知っている。


「男がいると話しづらい事もあるだろう。乙女同士の恋バナとか悪口大会とか嫌味大会とか」

「捻くれ過ぎですよせんぱい!! 女の子がみんなそんな悪意に塗れた話しかしないとほんとに思ってます?!」

「目が合っただけでも陰口とか言われるし、そうなんじゃないのか?」

「……わたし、せんぱいに少し優しくなれそうです」


 おい、僕をそんな可哀想な人を見るような目で見るな。

 女ってそういうもんだろ?

 女って怖いんだぞ? 知らないのか神井?


「とにかく、僕は帰る。相談者にとってもそれが良いだろうし」

「でもまだ相談者さんの意見を聞いてません。せめてせんぱいにも居てもらうべきかどうかはまずそうさんに聞いてからにすべきです」


 神井はどうして僕も居るべきと判断したのだろうか。

 幽霊部員でもいいと言っておきながら、相談部としての責務を果たせと言うのだろうか?


 現状で少なくとも敵意ないし恐怖の類いを僕にも感じている相談者相手に男であり先輩である僕に一切の忖度そんたくなく、その有無を言えるのかさえ怪しい相談者。


 こんなことなら、「恋バナするから男子は入ってきちゃだめ♡」とか言って追い出してほしい。

 ……初対面で恋バナができるのかは知らないけど。


「えっと、相談者……お名前聞いてもいい? 同じ学年だよね?」

「あ……はい。C組の黒瀬深森くろせ みもりです」


 うつむいたまま、神井とも目を合わせようとはしない。

 人見知りで内向的なのだろう。

 ことわざにもある通り「目は口ほどに物を言う」というが、人の目にはそれ相応の力がある。

 べつに相手の魔術を解読して術式を解いたり、未来を見通す目だったりとかの話ではないが、人は目でものを語る事もできる。


 逆に言えば、言葉にしなくても伝えることができるし、どうとでもできてしまえるだけの力がある。


 だからこそ人の目に脅えるのだ。

 それなら少なくとも、目を合わせなければ相手が何をどう思っているかを知らずに済む。


「その、黒瀬さん、せんぱいもうちの部員だから、一緒にお話聞かせてもらってもいい? 男の子がいると話しにくい?」


 神井は親身になって黒瀬さんの相談に応じようとしている。

 それはわかるし、僕だって初対面の黒瀬さんに意地悪がしたいわけではない。


 僕がもしイケメンとか、女子の扱いに慣れているならこんなことを相談前にする必要もなかったかもしれない。

 けどないものねだりでしかない。


 しばらく黙り込む黒瀬さんを見て僕は帰り支度を始めた。と言っても小説をカバンに入れるくらいのものだが。


「……男の人の、意見も聞きたい、です。どうして、そんなことをするのか聞きたい……から」


 僕の方を見て、わずかに垣間見えた黒瀬さんの瞳のには涙が見えた。

 その顔はなんとも嗜虐心しぎゃくしんそそる涙だった。


「じゃあ、話を聴こうか」

「聞かせてくれる? 黒瀬さん」


 そうして僕と神井は黒瀬さんに向き合った。

 ……初めての相談だけど、絶対重たいやつなんだろうなぁ……

 やっぱ帰りたい……

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