第4話 金の花

'うわー。まじか……'


楓は結婚祝いをしに妹達の元へときていたが、まさかの喧嘩の真っ最中にきてしまい部屋に入れず固まってしまう。


せっかく、笑顔で嫌味くらい言ってやろうと思いここにきたのに、これでは入るに入れない。


困った。


そう思い、障子の前で固まっていると春樹が近づいてくる気配を感じ、慌てて隣の部屋へと入る。


'ギリギリセーフ'


ホッとしていると、隣から妹の声が聞こえてきた。


「お姉ちゃんなんて死ねばいいのに……」


そうはっきりと。


妹が私のことを昔から嫌っているのは知っていたし、私も嫌いだったからなんとも思わなかった。


だが、はっきりと本人の口から「死ねばいいのに」と言われると色々と思うことがある。


とりあえず、真っ先に思ったことは「いや、私よりあんたの方が先に死ぬでしょう。弱いし嫌われてるし。恨みで殺されそうじゃん」だった。


自分でも驚いた。


悲しいと思わなかったことに。


例え嫌いな人間だろうと死を望まれたら、どうしてそんなこと思うの?と胸が痛くなったり悲しくなると思ったのに……


案外なんとも思わない、図太い神経の自分に私は呆れてしまう。


お祝いを言う気も失せて、楓は気づかれないようにホテルへと戻る。



それから一週間後。


春樹と妹の結婚式が予定通り開催された。


楓は血は繋がっているが両親と同じところにいたくなくて、桐生家と夏梅家の当主、二人と一緒の卓に座った。


両家から物凄い視線を感じたが無視をした。


今日は新郎新婦の二人の絶望した顔を見にきただけなので、相手にするつもりはない。


それに、御三家の当主二人と一緒にいれば話しかけられることもない。


同じ御三家だが、名ばかりの茜家が話しかけることなどできるはずもない。


楓はさっさと始まって終わってくれないかな、と思いながら始まるのを待つ。


それから30分ほど待ち、予定より20分遅れで式が始まった。


式は順調に進んでいた。


誓いのキスの瞬間を見たときは、嫌な気持ちになるかと思ったが全然そんなことはなく、寧ろ嬉しさのあまり誰よりも歓声を上げて祝福をした。


全て終わりようやく帰れる、これで縁は切れた、そう思って帰ろうとしたら声をかけられた。


楓はうんざりしながら後ろを振り返り「なに」と冷たい声で言う。


「お姉ちゃん。お願い助けて……」


「……」


楓は泣きながら縋る妹を冷たく見下ろしながら、ため息を吐く。


一週間前はあれだけ自分に対して暴言を吐いていたのに。


ここ一週間、茜の両親だけでなく使用人達からも酷い扱いを受けているのかすっかり憔悴しきっている。


式の時は化粧で誤魔化していたのだろう。


近くで見なければ元気だと見えるのだから。


「お願い。お姉ちゃん。謝るから。助けて。このままじゃあ、私死んじゃう……」


何も言わない楓に妹は見捨てられると思い、膝をついて懇願する。


「い、や!自業自得でしょう。それに、私はあんた達とは縁を切ったじゃない。あなた達もそれに同意した。もう、私はあなたのお姉ちゃんじゃないわ」


楓は未だに状況を理解できない妹に苛立ちながら冷たく言い放つ。


「お、おねえちゃ……」


妹は冗談だよね、と泣きながら楓の服を掴もうとしたが、その手を払いのけ「さようなら」と言って式場から出ていく。


「ふぅー。これでようやく自由になれたわ」


長年縛り付けられた鎖から解き放たれ、楓は生まれて初めて世界がこんなにも美しいものだと思った。


今までと同じ景色なのに、何故か違った景色に見える。


これが自由になった証なのかと泣きそうになる。


だが、楓にはまだやらなければならないことがある。


自由を手に入れるために交わした契約を果たさなければならない。


でも、今日だけはこの自由を満喫したくて明日その契約を果たすことにした。




※※※




次の日。


楓は昼に陰陽師関連の旅館、藤野舞に来ていた。


この旅館は山奥にあるが、景色は絶景で料理も美味しいと評判で予約をとるのが大変だと有名だ。


陰陽師なら、いつでも泊まれるよう用意はしてあるためいつきても大丈夫だ。


最高位の御三家となるともちろん一番いい部屋がいつでも泊まれるよう準備はされてある。


楓は改めて御三家の偉大さを感じながら、旅館に足を踏み入れる。


楓が入るとすぐに女将がきて当主達の元へと案内してくれた。


「きたか」


楓が中に入ると桐生がそう呟いた。


女将は楓達に一礼するとその場から離れていく。


さすが、陰陽師関連が泊まる旅館の女将だけあるなと感心する。


「はい」


「治せるんだろうな」


今度は夏梅が話しかけてくる。


「もちろんです。私は自分の言った言葉にはちゃんと責任を持ちます」


「そうか」


夏梅はホッとし息を吐く。


「それにしてもお二方の状態はよくありませんね。特にこちらの方は。このまま放置していたら後一週間で死んでましたよ」


「いっ、一週間!?冗談はよしてくれ!医者達は後、半年は大丈夫だと言っていた!」


夏梅は驚きのあまり大きな声を出す。


楓が見ていた男は夏梅の息子だったみたいだ。


会ったことがないので知らなかった。


悪いことしたな、と思いながら話を続ける。


「私に嘘を吐くメリットはありませんよ。考えられるのは二つ。一つはその医者達が無能ということ。もう一つは、当主であるあなたに嘘をつくというリスクを冒してでも何かしなくてはならないことがあったのでしょう。理由はわかりませんが……」


興味はないからどうでもいいので理由は考えない。


それを考えなければ夏梅だ。


そう思いこれ以上余計な詮索をしないよう話を切り上げた。


「……治せるんだろうな」


残り一週間の命なら死は確実。


呪いは成功したも同然。


本当に大丈夫なのかと心配になる。


「先程も言いましたが、私は自分の言葉に責任をもちます。あなたのご子息を見たあとで治せると私は言いました。私は残酷な人間ではありません。できないのなら、できないとはっきり申し上げます」


「……すまない。失礼なことを言った。許してくれ」


夏梅は頭を下げて謝罪する。


「謝らなくていいですよ。気にしてませんから」


楓は淡々と言い放つ。


信じてもらえないのはいつものこと。


どうってことない。


「では、そろそろ始めても宜しいですか?」


「ああ。頼む」


桐生が言う。


夏梅は静かに頷く。


「わかりました。はじめます」


楓はそう言うとパンッと手を叩く。


そうして両手に霊力を込める。


両手から金の光が輝く。


私はゆっくりと手を広げ花を形成する。


'これが、噂の金の花か'


桐生は私の手の平の上にある花を見て驚嘆する。


噂に聞いてはいたが、実際に見るのは初めて。


これほど美しいものだとは想像もしなかった。


金の花は神々しく輝き、部屋全体が黄金色になっているように見えるほどだ。


夏梅も同じ考えで、金の花に目を奪われ瞬きすらできなくなる。


楓は金の花を両手で支え口元まで持ってくる。


フゥーーッ。


金の花に向かって息を吐く。


楓の息で金の花びらは散っていく。


そして、無数の花びらとなり部屋中を舞う。


花びらは床に落ちることなくずっと舞い続ける。


'これは夢か……'


二人はあまりにも幻想的な光景に魅入ってしまう。


美しい。


その言葉以外思い浮かばないほど、この空間は美しい世界だった。


呪われた息子を助けてもらうためだと言うのに、そんなことを忘れてしまうほど二人はこの世界がずっと続けばいいのにと願ってしまう。


パンッ!


その音で二人は我に返る。


音のせいか金の花びら達は消え、元の世界に戻り夢の世界は終わってしまったことに二人は落胆してしまう。

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