第3話 協力
婚約破棄してから一週間。
楓は御三家の蘇芳家以外の二つの家の当主と会っていた。
何故こんなことになったかというと、ここ一週間間、両親、婚約者、婚約者の両親、親族達から鬱陶しいほどの通知がきたからだ。
ずっとくるので充電がすぐなくなる。
使えば誤って開いてしまうこともあり、そのせいでそこから何時間も電話とメッセージが届く。
いい加減我慢の限界で、楓の方から御三家当主の二人に連絡を取り会う約束を取り付けた。
「それで、我々を呼んだ理由はなんだ?」
わかっていて知らないふりをする当主達に「このタヌキジジイ共め」とイラッとくる。
最初に話しかけてきたのは険しい表情で眉間に皺を作っている桐生(きりゅう)家当主だ。
「私の妹と元婚約者の結婚を進める手伝いをして欲しいのです」
「なぜ我々が?何かメリットでもあるなら話しは別だが……」
その声は聞いた感じでは心地よく、口調も柔らかくて上品だ。
しかし、よく聞いてみると声の雰囲気も感情も非常に冷たく、かえって悪意に満ちているように感じる。
見た目の上品さとは裏腹に性格の悪いのが夏梅(なつめ)家当主だ。
元々二人が好感をもって接してくれるとははなから期待してなかった。
いつもなら、この二人が呼びかけに応じるなどあり得ないが、伊織から聞いた情報で今回ばかりは絶対応じるとわかっていた。
当初の予定ではできるだけ二人と対等な取引きをするつもりできたが、二人の対応に少し苛立ち自分有利で進めていくことにした。
「黒百合の呪いを無償で解きましょう」
楓は必要のない世間話をする気はなく本題に入る。
「……!」
二人は黒百合の呪いという言葉が出てきて、何故そのことを知っているのだと冷や汗が流れる。
「隠さなくて大丈夫ですよ」
右手で口元を隠しながら、フフッと悪戯っぽく笑う。
「黒百合の呪いを受けたのはお二方の家族ですよね。ここはお互い助け合いませんか?」
黒百合の呪いを解けるのはこの世界でただ一人、楓だけ。
黒百合の呪い。
それはこの世で最も残酷で美しい呪い。
体の一部に黒い模様が現れ全身に回ると、心臓に黒い百合の花が咲く。
話だけ聞けばなんと残酷で恐ろしい呪いだと思うが、見れば美しい感じる。
生きているときには感じられない美しさがあるため、呪いなのに見るものを魅了してしまう。
陰陽師の中でも上位の者達でなければ魅了され、もう一度見ようと自らの命を対価として呪いをかけてしまう者達も現れる。
かけるのは簡単だが、解くのは難しい。
それが黒百合の呪い。
「……わかった。協力する」
桐生当主が言うと、夏梅当主もそれしかないと思い「わかった」と頷く。
「ありがとうございます。これで私達は仲間ですね」
「一時的だ」
桐生は吐き捨てるように言う。
「もちろん。わかっています。では、用は済みましたので私はこれで失礼します。準備が整いましたら、教えてくださいね」
私は二人の返事を待たずに部屋から出る。
「気は進まないが仕方ないな」
夏梅は私の気配を感じなくなるとそう呟く。
「ああ。小娘にいいようにしてやられるのはな。だが、選択肢はない。息子の命がかかっているのだからな」
桐生も同意するが、嫌でもやるしかない。
「そうだな。蘇芳家も馬鹿だな。姉の方も大事にしとけば、こんなことにはならなかっただろうに」
「全く。その通りだ。これは蘇芳家の自業自得。式と人はこちらで手配しよう。説得は任せても良いか?」
「ああ。問題ない」
「では、私はこれで失礼する」
桐生はそう言うと部屋から出ていく。
夏梅は一緒に出たくなかったので、少し待ってから部屋から出た。
※※※
1ヶ月後。
「どうして、こんなことに……」
婚約者の茜春樹(あかねはるき)は項垂れる。
楓を裏切っていなければ、今頃、茜家は健在だと周囲に知らしめることができた。
同じ御三家の桐生家と夏梅家にも馬鹿にされることはなかった。
それなのに、どうしてこんなるんだ。
春樹は楓の妹に唆されつい、体の関係を持ってしまったが結婚するつもりはなかった。
あくまで大人の関係を楽しむだけのつもりだった。
楓が一切相手にしてくれないから、ただの暇つぶしのつもりだったのに。
婚約者がいるのに不貞を働いたことがバレ、何故か他の御三家が圧力をかけてきて妹と結婚する羽目になった。
同じ御三家だとしても名だけの茜家に逆らえるはずもない。
陰陽蓮に助けを求めても無駄だった。
楓と桐生家と夏梅家を敵にまわしてまで助けるわけはない。
諦めて結婚するしかないと春樹もわかっていたが、どうしても諦めきれない。
馬鹿なことさえしなければ、今頃、他の御三家に怯えることなく堂々と対等に話ができたのに。
春樹は自分の愚かな行為を心から効果していたがもう遅い。
「春樹さん。ようやく結婚できるね。これからは私が春樹さんを支えるわ。幸せになりましょう」
妹は未だにこの状況をきちんと把握できていない。
春樹と関係を持っていたことをバレたときは、それは物凄く怒られたが、結婚できるとわかった途端両親はよくやったと褒めてくれた。
両親にとって茜家と関わりが持てるなら別に妹の方でもよかったからだ。
御三家の一員にさえなれるなら。
そんなこともきちんと把握できない妹は姉から全てを奪えたことを喜んでいた。
「触るな!」
春樹は腕に抱きつこうとした妹を払いのける。
「え……?」
妹は何をされたか理解できず間抜けな声を出す。
「幸せになろう?ふざけているのか?お前のせいで俺はもうお終いなんだ!クソッ!こんなことになるとわかってたら、お前みたいな女相手にしなかったのに!」
「え……?」
妹は春樹の発言に言葉を失う。
冗談だよね、そう思い春樹を見るが今まで見たことのない憎しみの籠った目を向けられ本当なんだと実感する。
「え?ってなんだ?えって。まさか、俺が本気でお前を好きになったと思ってたのか?お前みたいな自分が一番可愛いと思ってる馬鹿女はな、遊ぶのには丁度いいが、付き合うとなれば話は変わるんだよ。誰がお前みたいなアバズレ女好きになるかよ」
春樹は鼻でフッと笑い馬鹿にする。
「ひ、ひどい……そこまで言わなくても……」
妹は涙を流す。
「ひどい?ハッ。よく言えるな。お前みたいないかにも無害です、ってやつが一番タチが悪いんだよな。いいか。確かに俺は最低だ。それは認める。だから、お前との結婚にも素直に従ってるんだ。でもな、一番最低なのはお前なんだよ!」
「……どうして?」
妹は首を傾げる。
言っていることが理解できない。
何故春樹からこんなに罵倒されるのか、妹には心当たりがないからわからなかった。
「どうして?お前本気で言ってるのか?」
春樹は妹のきょとんとした顔を見て頬を引き攣らせる。
「ハッ。とんだサイコパスじゃねーか」
春樹は髪をグシャと掴む。
気が狂いそうになる。
こんな女と関係を持ったことを心底後悔する。
「好きな人と結ばれたいと思うことのどこが悪いのですか?私以外にも同じことをしている人達は沢山いるじゃないですか?何故私だけ怒られるのですか?」
「だから、自分は悪くないと?幸せになれると?そう思っているのか?」
春樹は妹の言葉を聞いて「俺はこんなイかれた女と結婚しないもいけないのか」と知り、ハハッと乾いた笑い声を溢す。
「どこまでおめでたい頭をしてるんだ」
春樹はこれ以上妹と話していると本当に頭がおかしくなりそうだった。
同じ空気を吸うのも耐えられず部屋から出ていく。
「あ、待ってく……」
ださい、と言おうとしたのに春樹は最後まで聞かず、バンッと大きな音を立てて障子を開ける。
「……どうして?私の方がお姉ちゃんより可愛いくて、愛されてきたのに。どうして幸せになれないの?」
妹は部屋から出ていった春樹を追いかけることなく、戻ってくるのをただ待っていた。
だが、どれだけ待っても春樹が戻ってくることはなかった。
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