第7話 ラインと出会うアリッサ
家族揃っての夕食の席で後妻の話をされたアリッサは、従順な娘らしく父親に答える。
「はい、わかっております。お父様たちの選んでくださった方に嫁ぎますわ」
(きっと、すごく年上の方に嫁がされるのでしょうね。あれほど麗しいサミー様のあとでは、どんな男性も色あせてしまうから、どうでもいいけれど・・・・・・)
アリッサはサミーが恋しかった。綺麗な水色の髪と瞳。彼の優雅な仕草のひとつひとつが、頭に刻み込まれていた・・・・・・とても長い間、婚約者として過ごしてきたのだ。すぐに忘れることなどアリッサにはできなかった。
「大丈夫。きっと、良い方が見つかりますわ。それに、私はこのままアリッサ様がギャロウェイ伯爵家にいてもいいと思います。アリッサ様は商取引や市場の動向を迅速に把握する才に長けていますし、兄妹で協力して領地を治めている貴族だっています」
プレシャスはアリッサを庇ったが、ニッキーは即座に反論する。
「プレシャス! 余計なことを言うなよ。アリッサが嫁にも行かずギャロウェイ伯爵家に居続けるなんて、また社交界でおかしな噂になるだろう? アリッサは父上や私の言うことを聞いて、ギャロウェイ伯爵家の利益となる男に嫁ぐべきなんだ。今度こそ、浮気をされないようアリッサも気をつけるんだぞ。なんなら、その面白みのない髪を金髪に染めたらどうだ?」
ギャロウェイ伯爵家の人々はアリッサを除いて、皆が輝く金髪と青い瞳を持っていた。ゴドルフィン王国では、一般の人々のほとんどが茶色の髪と瞳を持ち、貴族階級においても同様に茶髪茶瞳が多数を占めていた。しかし、ニッキーのような一部の高慢な貴族たちは、自分たちの金髪碧眼を高貴な証と信じ、まるで茶色の髪や瞳が劣っているかのように見なす傾向があった。
実際、ほとんどの貴族たちは金髪碧眼を美しいと感じつつも、髪や瞳の色にさほどの価値を見出してはいない。茶髪茶瞳であっても、品位や血統に変わりはないというのが一般的な考えだった。しかし、特にニッキーは自分たちの特徴を誇りに思い、茶色の髪や瞳をありふれたものとして、どこか軽んじる態度を取っていたのである。
「ニッキー様。アリッサ様に謝ってください。アリッサ様の髪はとても綺麗ですし、染める必要なんてありませんわ。それに、浮気をするほうが悪いのであって、アリッサ様を責めるのは間違っています」
「プレシャスは私の言うことに逆らうな。君はギャロウェイ伯爵家の嫁なんだぞ。妹を庇う暇があったら、早く跡継ぎを生めるように努力しろよ」
「まったくですわ。アリッサのことより、自分の至らなさを反省するべきです。私はギャロウェイ伯爵家に嫁いですぐに妊娠できたのに、プレシャスさんは1年近く経っても、まだ妊娠できない・・・・・・情けないことですよ」
ギャロウェイ伯爵婦人は、心ない言葉をプレシャスに投げかけるのだった。
◆◆
トラスク公爵の舞踏会が開かれる晩のこと。ギャロウェイ伯爵家の居間では、アリッサが母親から説得されていた。
「今回だけは一緒に出席しなければいけませんよ。他の貴族たちが催す小規模な夜会とは違うのです。病気でもないのに欠席することは、トラスク公爵夫妻への不敬になりますからね。トラスク公爵は国王陛下の弟なのですよ? 社交界でも大変影響力がある方です」
「その通りだ。いつまでもサミー卿のことを引きずるな。たっぷりと慰謝料もいただいたし、すでにサミー卿はセリーナ様と結婚している。アリッサも気持ちを切り替えて、次のお相手ぐらい自分で捕まえるような気概を見せなさい」
後妻の話までして親の決めた相手に嫁げと言ったわりには、ギャロウェイ伯爵はアリッサに「自分で捕まえるような気概を見せなさい」とも言う。ただでさえサミーの件の傷が癒えないのに、アリッサはどうすればいいのか混乱してしまうのだった。
「自分で捕まえる? 誰を選んでもいいのですか?」
「おバカさんね。誰でもいいわけはないでしょう? 爵位や財産があって、家柄もギャロウェイ伯爵家と釣り合う方ですよ。ただ、思い当たる方たちは皆婚約者がいるから、それで困っているのよ」
「まぁ、どうしても見つからないのなら、貴族でなくてもいいかもしれないよ。大金持ちの大商人の後妻なんてどうだい? 思いっきり年寄りの大商人がいいよ。亡くなるのを待てば、優雅な未亡人になれるぞ。子供がいたって、遺言書を書かせれば問題ないさ」
「ニッキー様。そのようなことを冗談でもおっしゃってはいけませんわ。アリッサ様、きっと、良い方が現れますわ」
ギャロウェイ伯爵家の会話はだいたいがこんな調子であった。アリッサに優しい言葉をかけてくれるのは、プレシャスだけだったのである。
(私の家族は私よりお金が大事な人たちなのだわ)
昔は家族に対して不満に思うことはそれほどなかった。しかし、今回のように大金が絡んで婚約解消を受け入れた両親や兄に、アリッサは日に日に不信感が募っていくのだった。
トラスク公爵家主催の舞踏会は豪華さと壮麗さが漂う大広間で催された。絢爛たるシャンデリアが高く吊るされ、無数の蝋燭が暖かな輝きを放っている。壁には巨匠と呼ばれるリサベス・アーストリアの絵画が飾られ、重厚なカーテンがその荘厳さを一層引き立てていた。
豪華なドレスをまとった女性たちは、宝石のように煌めく笑顔を浮かべ、男性たちは洒落た装いで貴婦人たちにエスコートを申し出ている。トラスク公爵夫妻はその中央に立ち、集まった貴族たちと和やかに言葉を交わしていた。
いつも穏やかな笑みを浮かべ、周囲に人当たりの良い印象を与えるトラスク公爵は国王の弟である。誰と接しても謙虚で控えめな姿勢を見せ、言葉遣いも丁寧で気品がある彼は、貴族たちからとても尊敬され好かれていた。
アリッサも両親と一緒にトラスク公爵の元に行き丁寧に挨拶をしたが、すぐにその場を離れ、隠れていられる場所を探した。
(あそこがいいわ)
大広間の片隅にひっそりと存在するそのバルコニーは、重厚な柱の陰に隠れており、派手な装飾に彩られた他のバルコニーとは対照的に、まるで忘れ去られたかのように目立たない場所にある。周囲に気を遣いながら、少しずつその場所に移動していく。
こんな時、アリッサは自分があまり目立たない存在であることを感謝した。アリッサはそこで、ただ時間が過ぎていくのを待っていた。大広間の華やかさとは隔絶された世界で、時間すらもそこでは止まっているかのように感じる。
「初めてお目にかかります。私はライン・ワイマークと申します。あなたはアリッサ・ギャロウェイ伯爵令嬢ですよね?」
低めで深みがあり、聞くだけで知性が感じられる声だった。誰も来ないと思っていたアリッサは、突然声をかけられてビクリと身体を震わせた。
「ライン・ワイマーク? ・・・・・・セリーナ様の婚約者だった方ですわよね。あなたが浮気をしたせいで、セリーナ様はサミー様を誘惑したのですよ? 酷い方ね。私は婚約者を失って、おかしな噂まで流されています。こうなったのも、全部あなたのせいです。あなたがセリーナ様をしっかり捕まえておかないから・・・・・・」
アリッサはサミーを奪われた悲しみを、ラインを責めることで紛らわせようとした。もちろん、アリッサにも理不尽なことを言っている自覚はあった。なので、このような言葉をラインにぶつけたことをすぐに後悔したけれど、言ってしまった言葉は取り消すことができない。
(非常識な女性だと思われたわよね。恥ずかしいわ、どうしよう)
「なんてことだ! 私が浮気をしたことにされているのですか? それは大きな間違いですよ。浮気をしたのはセリーナ嬢のほうで私ではありません。あぁ、今ではセリーナ嬢をウィルコックス伯爵夫人とお呼びしたほうがいいですね。ウィルコックス伯爵夫人は麗しい殿方が好きなのですよ。ご覧の通り、私は並みの容姿なのでお気に召さなかったらしいです」
自嘲気味に言ったラインの姿は、決して並みの容姿ではない。ラインの顔立ちは整っていたし、凛々しく男性らしい魅力が備わっていた。茶色の髪と瞳に特別な華やかさはないけれど、その平凡な色がかえって精悍な印象を強調していた。背が高く筋肉質でがっしりとした体つきが彼の存在感をさらに際立たせ、言葉少なに立っているだけでも、周囲に確固たる威圧感を漂わせていたのだ。
「ごめんなさい。私、ライン卿にやつ当たりをしてしまったようです。それにしても、セリーナ様は嘘つきですわね。私やサミー卿には、自分が浮気をされて彼女のほうから婚約破棄をした、とはっきりおっしゃっていました」
「逆ですよ。今回のことを考えればわかるでしょう? ウィルコックス伯爵夫人は平気で友人の婚約者に色目を使う。そのような女性の習性は変わることがないのです。それより、ずっとここにいるおつもりですか? 私と一緒に大広間に戻りましょう。こんなところに隠れていたら、くだらない噂を認めることになります」
「私がなにか不祥事を起こした、という噂でしょう? 私はなにもしておりませんわ。私に罪があるとしたら、セリーナ様より魅力がなかっただけです」
アリッサが悲しい面持ちでつぶやくと、ラインは心底びっくりしたような顔をした。そして、次の瞬間、お腹を抱えて笑い出したのだった。
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