第8話 アリッサに告白するライン

「え? 今、なんておっしゃいました? アリッサ嬢がセリーナ嬢より魅力がなかった? 悪い冗談はやめてください。アリッサ嬢のほうが何倍も清楚で上品で綺麗ではありませんか? それに、とても賢い女性だと評判です」


「嘘ですわ。私には女性らしい魅力がないのです。だって、私は『いまひとつ華やかさに欠ける』存在なんですもの」


 アリッサの言葉にラインが顔色を変えた。


「誰がそんなことを言ったのです? まさか、サミー卿ですか?」

「いいえ。私の家族ですわ。お母様やお兄様・・・・・・お父様からも言われます」

「・・・・・・失礼ですが、アリッサ嬢の家族は皆目が相当悪いと思われます。そんな言葉を信じたらいけません。あなたはとても綺麗です。清楚だし上品で美しい・・・・・・なんというのかな・・・・・・高貴な白百合のような存在なのですよ」

「慰めてくださってありがとうございます。少しだけ、元気になれそうですわ」


 アリッサは必死に自分のことを褒めてくれるラインに微笑んだ。


(お世辞よね。でも、悪い気はしないわ。容姿を男性に褒められたことなんてないもの)


「さぁ。大広間のほうに行きましょう。こんなところで白百合がくすぶっていてはいけません。それから、ひとりでこのような隠れた場所に来てはいけませんよ。人目につかない場所で女性がひとりでいたら、なにをされるかわからないからです」


 アリッサはそう言われて、自分の迂闊さを自覚した。確かに、このような場所にいて不埒な男性に見つかったとしたら、とんでもないことに発展しそうな気がした。


「ごめんなさい。これからは気をつけます。ここに来たのがライン卿で幸運でした」

 ラインに手を引かれるまま、アリッサはバルコニーから大広間に戻った。


「せっかくですから、ダンスを一曲、お願いできますか?」

 にっこりと微笑みながら、流れるように曲に合わせて、ラインがアリッサをリードする。アリッサは久しぶりのダンスだったが、ラインの巧みな動きに助けられおおいにダンスを楽しんだ。


(ダンスってこんなに楽しかったかしら?)


「ライン卿はダンスがとても上手なのですね? こんなに楽しく踊れたのは初めてです」

 アリッサは嬉しそうに微笑んだ。





 優雅な音楽が大広間に響き、多くの貴族たちが談笑しながらシャンパンを楽しんでいた。ラインはアリッサが踊りやすいように、注意深くリードする。嬉しそうに微笑んでいる姿が、とても美しいと思いながら。


 しかし、楽しい時間に水を差すように、もっとも嫌いな女性がこちらに向かってくるのを確認すると、ラインは心の中で盛大なため息をついた。

 

「あら、まぁ。アリッサ様とライン卿はとても親しくなったようですわね? こうして見ると、とてもお似合いですわ」


(セリーナ嬢だ。いや、ウィルコックス伯爵夫人と呼ぶべきだな。それにしても、ずいぶんと趣味の悪いドレスだな。ドレス全体に金糸の刺繍がびっしりじゃないか・・・・・・照明にギラギラと光って目障りとしか思えないのだが・・・・・・まるで魚の鱗みたいだ)


「アリッサ嬢。久しぶりだね、元気にしていたかい? もう、ライン卿とそのように親しく話す仲になったのかい?」


 セリーナの隣にいるサミーは、傷ついたような眼差しをアリッサに向けた。


「サミー卿、お久しぶりです。ライン卿とは今日初めてお話しをしました。とても、優しい方ですわ」


「サミー卿とは呼ばないでほしい。私たちは婚約していた仲だよ。前と同じように呼んでくれて構わない。君には幸せになってほしいんだ。本当だよ。嘘偽りのない本心だ」


 ラインはサミーの勝手な言い草に呆れていた。婚約者の友人に乗り換えておきながら、「君には幸せになってほしい」と言えることが信じられない。


「それはできませんわ。だって、サミー卿はセリーナ様の旦那様ですよ。けじめというものがありますので」


「私は心の広い女性ですよ。アリッサ様が私の旦那様をサミー様と呼んでも、まったく構わないです。それより、今から結婚相手を探すのは大変でしょうね。貴族の有望な男性には既に婚約者がいますもの。残っている方は爵位を継げない次男以下の方か、爵位があっても後妻を求める年上の方ばかりだと思いますわ。本当に、お気の毒です」


 セリーナは同情しているような表情を作っていたが、その口角は嬉しそうに微かに上がっていた。それは、抑えきれない満足感が滲み出ているかのようだった。ラインはセリーナの性格の悪さを熟知している。


(アリッサ嬢の婚約者を奪っておいて、さらにこうしておとしめるようなことを話しかけてくるとは・・・・・・浅ましい女性だな)


「ウィルコックス伯爵夫人、そうとも限りませんよ。アリッサ嬢、私と結婚を前提にお付き合いしていただけませんか? ワイマーク伯爵家は昔から医薬品の製造を手がけている家柄です。事業はうまくいっているし、アリッサ嬢に不自由はさせません。今年23歳になるが、私には結婚歴もないし婚約者もいない。いかがでしょう?」


「それはダメだ。ライン卿には浮気癖があるのだろう? セリーナから全て聞いている。婚約破棄された立場で、アリッサに近づくな!」


 サミーがラインを睨みつけると、ラインは不敵な笑いを浮かべたのだった。

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