第3話 消される痕跡

リサ・カーターは、前日の出来事が頭から離れないまま、早朝の街を駆け抜けていた。ジェームズが指定した住所へ向かう前に、まずはウォール街の内部告発者であるマイケル・フォスターのオフィスに向かうことにした。彼は、ブラックロックとバンガードの影響力について詳しい情報を持っているとされ、ジェームズと同じく、リサの調査に協力してくれていた。しかし、数日前から連絡が途絶えている。


オフィスビルに到着し、リサは受付に身分を示し、フォスターのオフィスフロアへと向かった。彼のオフィスのドアは無人の警備により施錠されていたが、内側の明かりが消えているのが窓越しに見えた。リサはドアノブを回し、鍵がかかっていないことを確認すると、そっとドアを押し開けた。


オフィスの中は異様に静かで、重苦しい空気が漂っていた。書類は散乱し、デスクの上に置かれたコンピュータは画面が真っ暗だった。リサは周囲を見渡しながら、何が起こったのか理解しようとした。フォスターの姿はどこにもなかった。まるで彼がここから一瞬で消え去ったかのように、部屋には彼の存在を示す痕跡がほとんど残っていなかった。


リサはデスクの上に散らばる書類の中から、一枚のメモに目を留めた。それは、手書きのメモであり、そこには「彼らの影に触れるな」と書かれていた。メモの文字は急いで書かれたように見え、その筆跡には見覚えがあった。彼女は思い出そうと目を細め、心臓が一瞬止まったように感じた。——この筆跡は、ジェームズのものに酷似している。


「どういうこと……?」リサは混乱し、メモを握りしめたまま、デスクの引き出しを開けた。そこにはファイルフォルダが一つだけ残されており、表紙には赤い印が押されていた。リサは恐る恐るそれを取り出し、中身を確認した。そこにはフォスターが集めた企業の取引記録や、ブラックロックとバンガードの活動を裏付けるデータが含まれていた。しかし、それらのデータは中途半端で、どこかから引き抜かれたような痕跡があった。


その瞬間、オフィスのドアがバタンと閉じる音がした。リサは驚いて振り返るが、そこには誰もいなかった。だが、次の瞬間、彼女のスマートフォンに通知が届き、画面を見ると、「未知のデバイスからアクセスが検出されました」と表示されていた。


「何……?」リサはすぐにスマートフォンのセキュリティログを確認し、誰かが遠隔で彼女のデバイスにアクセスしようとしていることを知った。彼女は急いでスマートフォンをオフにし、ファイルフォルダをバッグに詰め込むと、オフィスを出ようとした。


そのとき、エレベーターの方向から足音が近づいてくるのが聞こえた。リサは冷や汗をかきながら、足音の方向に視線をやる。廊下の向こうから現れたのは、黒いスーツを着た二人の男だった。彼らは無表情のままリサを見つめ、ゆっくりと彼女に向かって歩いてくる。


リサは咄嗟にオフィスのドアを閉め、鍵をかける。彼女はデスクの下に隠れ、呼吸を整えながらバッグの中のファイルを握りしめた。ドアの外で男たちの足音が止まり、ドアノブがカチリと音を立てて回される。しかし、ドアは開かなかった。男たちは少しの間沈黙した後、ドアを強くノックし始めた。


リサは心臓が爆発しそうなほど鼓動しているのを感じた。何が起こっているのか全く理解できなかった。ジェームズは彼女を騙したのか?それとも、彼もまたこの陰謀の犠牲者なのか?


「ここを開けろ、リサ・カーター」男たちの一人がドアの向こうから冷たく言った。その声は淡々としており、恐怖を煽るような響きを持っていた。「君は我々のものを持っている。それを返してもらう。」


リサは息を殺し、彼らが何を求めているのか考えた。——フォスターの集めたデータ、そしてジェームズからの情報。それはブラックロックとバンガードの秘密を暴く鍵だった。しかし、彼らはそれを絶対に世に出したくないのだ。


男たちはドアを蹴り始めた。リサは時間がないことを悟り、デスクの下から這い出ると、窓の方へ向かった。彼女はカーテンを開け、下の階への非常階段があることを確認した。オフィスは7階にあり、無事に逃げ切るのは容易ではなかったが、彼女には他に選択肢がなかった。


リサは窓を開け、身を乗り出して非常階段に手を伸ばした。ドアの後ろで木製のフレームが砕ける音がし、男たちが突入してくるのが感じられた。リサは自分のバッグを非常階段に投げ出し、自らも窓枠を乗り越えて、冷たい金属の階段に降り立った。


「いたぞ!」背後で男たちの声が聞こえた。リサは迷わず非常階段を駆け下りた。風が彼女の顔を切りつけるように吹きつけ、足元は不安定だったが、彼女はバッグを抱え、必死に下へと向かった。


ついに地上に到達したとき、リサは路地へと飛び込んだ。振り返ると、男たちが非常階段の上から彼女を見下ろしていた。その目は冷酷で、彼女を逃すつもりがないことが一目でわかった。


リサは走り続け、数ブロック先のメインストリートに飛び出す。人混みに紛れて足を止めると、息を整えながらバッグの中のファイルを確認した。彼女が手にしているのは、命を懸ける価値のある「真実」だった。そして彼女は、次第にこの闇の深さに引き込まれていることを実感した。


今、リサは二つの謎を抱えていた。フォスターはどこへ消えたのか、そしてジェームズの真意は何なのか。答えを知るためには、この危険なゲームを続けるしかなかった。

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