第2話 ウォール街の影

翌朝、リサ・カーターはニューヨーク・タイムズの記者席に座り、コーヒーを飲みながら、ウォール街のアナリストであるジェームズ・オコナーとの約束を頭に思い巡らせていた。ジェームズはウォール街の内部事情に精通し、ブラックロックとバンガードの動きを長年追い続けてきた人物だった。彼からの情報提供は、リサの調査にとって欠かせないものだった。


リサは時間を見て、急いで地下鉄に乗りウォール街へと向かった。金融街のど真ん中にあるカフェに到着すると、既に店内で待っていたジェームズが彼女を見て手を振った。彼はスーツ姿で、一見するとどこにでもいるエリートアナリストに見えるが、その眼差しには緊張感と鋭さが宿っていた。


リサが席につくと、ジェームズは周囲を警戒するように見渡し、声を低くして話し始めた。「君が追っているものは、ただの陰謀論じゃない。本物の闇だ。」


リサはジェームズの口調にただならぬものを感じた。「具体的にはどういうこと?」と彼女が尋ねると、ジェームズはバッグから厚い書類を取り出し、彼女の前に置いた。その書類には、複数の企業の株価変動、資金移動の詳細、そして国家規模の経済戦略が時系列で記録されていた。


「見てくれ、これが彼らの手口だ」とジェームズは語る。「ブラックロックとバンガードは、表向きはただの資産運用会社だが、実際には世界中の企業に投資し、株主として企業の動向に影響を与えている。そして彼らは、それを用いて市場を操作し、経済政策を左右しているんだ。」


リサは資料を目で追いながら、次々と驚愕の事実が明らかになるのを感じた。「彼らはどれだけの規模でそれをやっているの?」


「全ての企業に関与しているわけではない。しかし、重要な企業や産業分野においては、彼らの意向が無視できないほどの影響力を持っている。彼らの動きを誰も止められないんだ」とジェームズは言葉を続けた。


リサは、彼の言葉に背筋が寒くなるのを感じた。しかし、疑問が湧き上がる。「でも、こんなことをどうやって隠し通すことができるの?」


ジェームズは少し黙った後、周囲に再度目を配った。そして、口を開く。「それには秘密組織が関与している。『コンサルタント』という名前を聞いたことがあるか?」


リサは首を振った。「それが何なの?」


「『コンサルタント』は、ブラックロックとバンガードの中枢に存在する秘密組織だ。彼らは表向きの活動を隠蔽し、情報操作や政治工作を行うために動いている。ウォール街の中でも、この名前を知っている者は少ないが、彼らが動くときには必ず赤いバッジが現れると言われている。」


「赤いバッジ……」リサは、クーパー編集長が見せた赤い印を思い出し、鳥肌が立った。「彼らのシンボルってこと?」


ジェームズは小さく頷いた。「そうだ。それが彼らの監視の目を意味する。彼らが誰かをターゲットにすると、その印が現れる。そして、その者はどこかで必ず排除される。」


リサは緊張しながら資料を見直した。そこには、いくつかの企業や個人の名前がリストアップされていたが、その横には赤い印がついているものがいくつもあった。彼女はその印の恐怖を理解し始めた。「彼らは一体何を目指しているの?」


「彼らの最終目的は、世界の経済支配だ。だが、彼らはそれをただの金儲けのためにやっているわけではない。もっと大きなビジョンを持っている。その詳細は、まだ誰にも分からないが……」ジェームズの言葉が途切れた瞬間、彼の目がカフェの外に向けられた。


リサもその視線を追うと、カフェの外に立つ黒いスーツの男たちが目に入った。彼らはカフェの中を見つめており、その視線がリサとジェームズに向けられているのは明らかだった。


「彼らだ……」ジェームズは声を潜めた。「我々の動きを見ている。」


リサの心臓が一気に早鐘を打ち始めた。「今、どうすればいい?」


ジェームズはすぐに立ち上がり、「ここから出よう。私たちの話は聞かれている。場所を変える必要がある」とリサの腕を引いた。リサは急いで資料をまとめ、ジェームズとともにカフェを出た。黒いスーツの男たちの視線が彼らを追うのを感じながら、リサは自分が想像を超える何かに足を踏み入れてしまったことを理解した。


カフェの外に出ると、ジェームズは彼女を路地裏へと導いた。「今はこれ以上話せない。しかし、君が本当に知りたいなら、明日この場所に来てくれ。」そう言って、彼はリサに小さな紙片を手渡した。それには住所と時刻だけが記されていた。


「わかった。でも、彼らは……」リサが言いかけたとき、背後から車のクラクションが鳴り響いた。振り向くと、彼らが出てきたカフェの前に、黒いSUVが停まり、数人の男たちが車から降りてくるのが見えた。


「行くんだ、今すぐ!」ジェームズはリサを路地の奥へと押し出した。リサは必死に走りながら、振り返ることなく路地を抜け、心臓の高鳴りを抑えられなかった。彼女の中で、好奇心と恐怖がせめぎ合い、全てが静まり返った街の中で彼女の足音だけが響いていた。


彼女はすでに、巨大な陰謀の渦に巻き込まれている。そして、これが始まりに過ぎないことをリサは直感的に理解していた。

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