第32話 黒箱災禍③

「あなたの目的は何なんですか? 危険人物たちを全員殺そうとしているんですか?」


 その有沢の問いに、男ははばかることなく答えた。


「そんなわけない。少なくともあの最強がいる限りそれは不可能。俺の目的は、この枕木町の支配。危険人物たちを自在に操り利用する。ただし、俺の計画に干渉して邪魔になる危険人物、そういう単純でない危険人物は邪魔だからいずれ殺そうと思っている。しかし、いまいちばん邪魔なのはおまえだ、有沢ありさわ彩嘉さいか。俺のことを知りすぎた」


「あなたが包み隠さずすべてをしゃべったからでしょう? 勝手に話しておいて知りすぎただなんて、私を責めるのはお門違いだわ」


「おまえは俺に訊いたではないか。訊いたら俺が素直に答えて知ってはいけない秘密を知ってしまう可能性に気づかなかったのか?」


「それ、私に責任があるんですか? そんなのおかしいです。知られたくないことはあなたが口にすべきではないです」


「それは違う。俺のことを知っている可能性があるだけのおまえが確実に俺のことを知ることで、俺がおまえを殺したほうがいいのかどうかと悩む必要性をなくす。俺の迷いは消え、おまえを殺すという確固たる意志へと変わるのだ」


「迷惑すぎる!」


「さて、おまえは誰に殺されたい?」


 有沢はハッとした。

 もしかしたら、こいつには自分の手で誰かを殺すという発想がないのかもしれない。必ず危険人物の誰かを利用するというポリシーがあるのか、あるいはそういう発想にしか至らないのか。

 きっと自分がこいつに殺されるとしても、それはいまではない。


 だったら、多少強気に出ても大丈夫かもしれない。


「あら、選べるのなら選ばせてもらうわ。ズバリ将ちゃんよ! でも私はもうあのときの私とは違う。手を出さない限り将ちゃんは手を出してこない。危険因子が報復のみの将ちゃんにどう私を殺させるのかしら?」


「それを言うわけがないだろう」


「え? いままで全部素直にぶっちゃけていたのに」


「手段はこれから考えるのだ。そして手段が思いついたとして、楽しみを削るような真似はしない。俺はぶち壊し大魔神ではないのだからな」


「はあ、そうですか」


 有沢は男に名前を訊いた。

 名前は素直に教えてくれた。


 黒箱災禍。姓がクロハコ、名がサイカ。


 名前が自分と被っていることは少々しゃくではあったが、有沢は嬉しくなった。阿木館でも掴めていない危険人物の正体を自分が突きとめたのだ。


 お手柄だ。大手柄だ。


「では私も宣言します。あなたの存在を危険人物たちに知らしめます。ただし、それは言いふらして広めるのではなく、あなたの悪い罠を露見させて危険人物たち本人が自分で気づくように仕向けてみせます」


 そうすれば、黒箱は危険人物たちを利用しがたくなる。


 特に報復兄弟には手が出しにくくなるだろう。彼らは間接的にでも手を出していると知ったら必ず報復にやってくる。


「ほう、おもしろい! おまえこそとんだ危険人物だな。こいつは化けるかもしれん。もしおまえが俺を倒すような時がくれば、おまえはおそらくこの枕木町で最も危険な存在になっていることだろう。ま、そんな時がくるとは思えんがな!」


「そんな時はきません。私があなたを倒したところで、私は危険どころかむしろ善良な一町民ですよ」


 有沢はその後、阿木館にエックスの正体を報告しようと急いで何でも屋の事務所に帰った。


「阿木館さん!」


 阿木館は驚いていた。


「どうしたんだ、有沢君!」


 そんなに急いで? それは大スクープだからですよ! などと有沢は満面の笑顔で言おうとしたが、「どうした」の続きは違っていた。


「そんな髭を付けて」


「え?」


 有沢は顎に手を伸ばす。モサっとした白い髭が生えていた。

 顎からそれをペリペリと剥がす。


 黒箱が変装に使っていた髭だった。


「やられた! いつの間に……」


 お手柄の報告だったはずなのに、さっそくの敗北報告となってしまった。

 阿木館から手柄をたたえられるはずだったのに、ねぎらいの言葉をもらう羽目になってしまったのだった。

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