第31話 黒箱災禍②

「はあ、ツイてないわ……」


 それを独り言として口から出すところまでいったが、有沢に凶悪な頭の冴えが芽生えた。

 有沢の脳に何かが働きかけているような感覚。

 それは妄想かもしれない。しかし、ふつふつと浮かぶ可能性、その閃き。


「もしかして……」


 阿木館が以前言っていた。空き缶は仕組まれたものではないかと。


 もしそれを仕組んだ奴がいるとしたら、きっとそう、あのときにもすれ違ったあの老人。さっき自分を不必要に叩きまくったあの老人。あいつがそうなのかもしれない。


 有沢は来た道を戻り、走った。

 老人を探した。


 しかし老人の姿はない。普通の老人の歩くスピードならそんなに遠くに行けるはずがないのに。


「あ……」


 しかし見つけた。凶悪な勘の鋭さで視線を走らせていると、あの老人の姿を見つけた。ビルの陰に隠れている姿が、向かいのビルのガラスに反射して映っているのを見つけた。


 有沢はダッシュした。


 老人は反射するガラスを通して有沢に気がつき逃げようとする。

 しかし、有沢のほうが速かった。有沢は追いついて、老人の肩をギュッと握った。パシッと杖で叩かれてすぐに離してしまう。だが、もう老人が逃げる様子はない。


「え……」


 海老のようにうねった老人の猫背がグインと伸び、まっすぐな直立姿勢へと変貌する。

 モシャモシャの白い髭が取れ、ボウボウの白髪がバシバシと引き抜かれる。


 そこに立っているのは、老人ではなく黒髪の青年であった。

 ただし、前にも増して醜悪な表情をしている。


 有沢はヤバイかもと思った。

 相手が老人なら力は自分のほうが上だろうから不安なく責められる。だが、若い男を相手にすると力で捻じ伏せられるかもしれない。


「俺の存在に気がついたのか。なぜ分かった?」


「えっと、その……」


 有沢は男の張った罠を責めるどころか、男の詰問にたじろいでしまった。

 秘密を知った自分は殺されるかもしれない、などと不穏な思考が巡る。


「あいつか。あいつが俺の存在に気がついていて、おまえはそれをあいつから聞かされていたな? 阿木館あきだてあらた。やはりあいつはあなどれん。あのとき、奴の邪魔さえ入らなければ俺の存在を知る者はすべて消せていただろうが、深追いはよそうという俺の判断は間違っていたようだ。どうしたものか」


「あのとき?」


「女二人をたきつけて厳兄さんと環斗君をぶつけたところにおまえたち二人を急行させた。そう仕組んだ。おまえたち二人は環斗君自身の願いの代償になるはずだった。その計画をぶち壊し大魔神がぶち壊してしまった。奴が俺の存在に気づいていたとは思えないが、奴は空気を読まないだけでなく読めない奴でもあるから、意図せずとも何かをぶち壊してしまう。やはり奴から始末すべきだったか」


 男の思考はすべて口に出されていた。覆い隠す気はないのか。危険人物たちを陰で操ったり利用したりしているのは一目瞭然。


 こいつは超危険人物、いや、大悪党だ。


 この男は意図していなかっただろうが、あのとき、危うく世界崩壊への戦争が始まるところだった。

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