第22話 煙蛾諜祐②
※今話は過激 (グロ)な表現が含まれます。苦手な方はお読み飛ばしください。
「移動ターイム」
私はあえて将ちゃんの足を持ち、引きずっていきます。
将ちゃんは両手を縛られているので、必然的に顔面を地面に擦ることになりました。
将ちゃんはもがいていましたが、私がガッチリと足を掴んでいて九十度以上は体の向きを捻れません。
だからどうしても顔面を擦ることになっていました。
側頭部は耳が切られていて痛いですからね。将ちゃんは顔面を地につけて引きずられていましたよ。
「到着。お風呂の時間!」
当然、ただの風呂ではありません。
熱湯。熱湯風呂です。
それもただの熱湯ではありませんよ。
濃硫酸。熱濃硫酸風呂なのですよ。
「顔が血だらけ。服も血で汚れているし、洗おうね」
私は将ちゃんの胴を掴んで熱濃硫酸の入ったドラム缶に頭から突っ込み、足を上げ下げして全身をジャブジャブやってあげました。
「ふいー、いい気持ち! てなった?」
私は将ちゃんを引き上げて感想を求めました。
「これ、水じゃない」
「そりゃあ、お湯だよ。だって風呂だもの」
「ただのお湯じゃない。これ、頭から浸かったら失明する」
将ちゃんが大胆にも両手をドラム缶に突っ込みました。
将ちゃんの手を縛っていたロープが切れました。
さっきも浸かっていたので切れるのはあっという間でした。
それから将ちゃんは足のロープを力ずくで引き千切りました。
「あれ? あれれ?」
将ちゃんには耳が付いていました。切ったはずの耳が。
将ちゃんには歯が生えていました。飛んだはずの歯が。
将ちゃんには髪が伸びていました。抜いたはずの髪が。
「あれぇー、もしかして、将ちゃんじゃ、ない!?」
そこにいたのはなんと、厳兄さんでした。
「入れ替わったんだ。一度きりの将の切り札。兄と弟の入れ替わり」
いつから入れ替わっていたのでしょう。
足を引いて引きずっていたところまでは間違いなく将ちゃんでした。
「硫酸も平気なんだぁ……」
「やっぱり硫酸なんだな。硫酸で眼を洗ったら失明するよな」
厳兄さんは私の両目を人差し指と中指で突き刺しました。
さらに抉って、抉り倒してきます。
眼球を納めていた奥の、いわば体内をガスガスと突きまわされました。
「だぁあああああああっ!」
悶え苦しむ私。
厳兄さんの手が引いたので、私は両手で眼を押さえました。いまは無き眼を。
「ところが私もワンチャーンス!」
私が両手を外すと、そこにはしっかりと二つの目玉が納まっているのです。
「私のワンチャンスは事象の否定。いまのは無しってこと」
ワンチャンスだから、使えるのは一回こっきりです。
***
男の語りはまだ終わらない。
「さーてさてさて」
語り部は手拍子を始めた。
煙蛾と厳兄さんとの一騎打ちを呈する物語の進行。
休憩とばかりに語り部は口を止めて手を動かす。
聴衆も雰囲気作りをしなければ続きが聞けないのかと、相槌を打つかのように手拍子を始める。
「さーてさてさて、私、煙蛾はここに五体満足で立っております。語っております。さぁて、私がここにいるということは、この後どうなったか。何が起こったか。私が厳兄さんをどうしたか。最強と謳われる厳兄さんはどうなったか。お分かりに、なりますかなぁ?」
もったいぶる語り部の煙蛾に苦笑する者、多数。
しかし物語の展開を楽しみに目を輝かせる少年たちも確かにいる。
そんな中の一人が手を挙げてクイズに参戦した。
「厳兄さんをやっつけたんでしょー? お兄さん、ぶち壊し大魔神だよね。厳兄さんをぶち壊しちゃったの?」
少年の次に、冷めた大人も冷ややかに参戦する。
「どうせ報復は眼を抉って終わりだから助かったんだろ? 将ちゃんが厳兄さんに入れ替わってからは硫酸ジャブジャブしかやってないから眼だけで済んだってオチなんだろ。いまのおまえの眼は義眼だな?」
煙蛾や手を叩いて笑った。
大口を開けているのに声が出ないようなかすれた笑い方でハハハハハと笑う。
「ぶっぶー。全員ハズレ。ぜんぜん違う。お門違い、見当ハズレもいいトコ」
「なんだよ、そこまで言わなくたっていいだろ!」
「で、正解は何なんだよ。正解っていうか、さっきの話の続きは?」
シラけながらも皆が煙蛾と厳兄さんの勝負の行く末の開示を待っていた。
煙蛾は厳兄さんから逃れられたのか、そして将ちゃんが報復にやってくる前に五百人もの人を殺したのか。
「正解を言っちゃいまーす。正解は、ぜーんぶ嘘でしたぁ! プッ、ばっかばかしーっ! ワンチャンスって何だよ。報復兄弟に手を出して無事でいられるわけないっつーの。グロすぎて吐くわ、ボケ! 全部嘘に決まってんだろ、バーカ」
煙蛾は早足スキップでとんずらしてしまった。
聴衆たちはクッソしょうもないオチに呆然と立ち尽くす。
あるいは座ったまま固まっていた。
怒りが込み上げてくるのはこの後のことで、聴衆同士数名の殴り合いにまで発展した。
一方で「でもやっぱ続きが気になるー」という輩も出てくる始末であった。
煙蛾諜祐は物語と聴衆の期待をぶち壊していった。
これは煙蛾が推理映画の犯人を上映開始直後に叫んで回ることに飽きたころの話である。
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