第12話 月島芽々③

 有沢は最後まで見届けたと確信した。

 そう思うと張り詰めた気が緩み、意識が遠退いていく。

 ブロック塀を背中がすべり、地に崩れ落ちそうになる。


「おっと」


 有沢の肩を支える温かい手。

 阿木館だった。


「阿木館さん?」


「ご苦労様。ちょっと心配になって様子を見に来たんだ」


「私……もう嫌です……」


「とにかく帰ろう」


 阿木館が有沢の腕を自分の肩に回し、おぼつかない足取りの彼女を支えた。


 しかし、そのとき、それは起こった。


「あら、アナタ、そこのアナタ。アタシと顔見知りのその娘をどこへ連れていこうとしているの?」


 月島が阿木館の存在に気がついてしまった。


 阿木館は月島のことをよく知っている。

 だから戦慄せんりつする。


「有沢、振り向くな。何も聞くな」


 阿木館は月島の声が聞こえないフリをして無言で去ろうとする。

 有沢を抱えていて走れない。

 一人で走ったとしてもおそらく逃げ切れない。


「分かったわ。アタシと顔見知りのその娘にアタシのことをいろいろと聞きだそうとしているのね? そんなまわりくどいことをしないでアタシに直接訊きなさいよ。あ、見えたわ、アナタの魂胆が。アナタ、あわよくばその娘とも仲良くなろうと考えているのね!?」


 ヤバイ。


 阿木館の鼓動が有沢に筒抜けになるほど早くなった。心臓がいまにも爆発しそうなほどバクバクしている。


 口に出さずとも分かる。「殺される」と心が連呼している。


 阿木館は急いだ。急いで有沢を引きずり、急いで角を曲がった。


「あいたっ!」


 誰かにぶつかった。


「あ、将ちゃん!」


 阿木館がぶつかったのは将ちゃんだった。


 有沢はヘタッと地べたに崩れ落ちた。すべてが終わったとばかりに。


 しかし阿木館は将ちゃんのことをよく知っている。

 正しく対処すれば死にはしない。


「ごめん、将ちゃん」


「報復するまで許さないよ」


「分かっている」


 阿木館は膝を着いて両手を後ろに組み、どこからでも報復してくれという状態を作った。

 報復を素直に受け入れれば問題はないのだ。


 報復から逃れようとしたら報復は倍になる。

 将ちゃんの報復に対して仕返しをしようものなら、それは死に直結する。

 報復を邪魔したら拷問の後に殺される。


 将ちゃんは素直に報復を受け入れようとしている阿木館の胸を蹴り飛ばす。


 いや、蹴り飛ばそうとしたが、外れた。


「ちょっと、聞こえないならアナタの鼓膜に直接刻み込んでやろうかしら?」


 将ちゃんの蹴りが外れたのは、月島が阿木館の耳を強引にひっぱったからだった。

 とてつもない力でひっぱられ、阿木館の体は一瞬浮いていた。


「あ……」


 月島は固まった。

 将ちゃんと視線が合っている。


 にらみ合い、というほどのものではない。


「ねえ、お姉さん。報復を邪魔した?」


「そんなつもりはなかったの。でも、アタシが先にこの人とお取り込み中だったのよ。でもでも、アタシは手を引いてあげるから、これでおあいこってことで、許してちょうだい」


「ねえ、お姉さん。それは報復の邪魔をしたことを認めるってことでいいんだよね?」


「だから、おあいこ!」


 月島は阿木館を離して逃げた。

 陸上選手でもなければ追いつけないスピードで逃げていった。


 将ちゃんは舌打ちした。

 不機嫌な様子である。


 だが、阿木館に対しては蹴りを一発入れるだけで去っていった。


 将ちゃんは去り際に一言残した。


「気をつけてよね。アキカンの何でも屋さんは頼りにしているんだから」


 有沢は今日、多くのことを学んだ。


 枕木町の危険人物たちは一人ひとりがむやみやたらに暴走しているわけじゃない。

 ちゃんとお互いのことを理解していて、格上だとか、自分より危険だと思う相手には手を出さない。


「阿木館さん。私やっぱり、助手を続けます。このおもしろい町について、もう少し学んでみたくなりました」

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