第11話 月島芽々②

「あらぁ? アナタ、ちょっとそこのアナタ! アタシのことを見ていたわよね?」


 月島が強烈な早歩きで高嶺野の後方へとズイズイ進む。

 そこには電信柱の陰に隠れた中年の男がたたずんでいた。


 月島が近づくと、男は早歩きで逃げ出した。


「ひとまず今日は追い払うことに成功したみたいですね」


 有沢が高嶺野に疲れた笑顔を向けると、高嶺野はひどい顔をしていた。

 どうひどいかというと、まるで電車にかれた死体を目撃した人の顔であった。


「いいえ、永久に退治できそうだけど、ここからはもう関わりたくないわ。申し訳ないのだけれど、あなた一人で顛末てんまつを確認してくださらないかしら……」


「え、ええ。分かりました」


 有沢は高嶺野が何を気にしているのか気がかりだったが、いまは仕事中であり、任務をまっとうするためにはストーカーと月島を見届けなければならない。


「ねえ、待ちなさいよ!」


 男の早歩きがいよいよ速くなり、ついには走り出した。


 しかし月島のほうが早く走りはじめていた。しかも速い。陸上選手でもなければ逃げ切れない。そんな速さだった。


「アナタ、アタシのことを見ていたわよね? 薄情しなさい!」


 月島の手が男の肩を鷲掴みにしている。


 男は観念したのか、月島のほうに向き直った。

 男だから力には自信があるのだろう。月島の腕を払って強気に出た。


「うるせー! おまえなんか見てねーよ! 俺はな、緒花おはなちゃんを見ていたんだよ!」


「まあ! 気持ちが移っちゃったのね?」


「ちげーって! 俺は最初から……」


「ちょっと! アナタ、いま、まさか見栄を張ることなんかのために、このアタシに恥をかかせるようなことを言おうとしたんじゃないでしょうね!?」


「え……」


 月島からとてつもない邪悪なオーラが出ている、ような気がした。それはきっと月島の殺気。


 男もさすがに怖気おじけづいて黙ってしまった。


「なぁに? 違うの?」


「は、はい……」


「そう、ならいいわ。でも、気移りはしたのよね?」


 男はもはや何も答えなかった。


 しかし月島は止まらない。

 相手の返事をもらう前から勝手にその内容を決めつけて話を進めてしまう。


「分かったわ。気移りは目移りが原因よ。私のことだけを見ていればそんなことにはならないわ。ねぇ、よーくアタシを見て」


 男は面倒になった様子で月島に言われるとおり、彼女の顔を見た。


「ぐぁああああああ!」


 月島が人差し指と中指で男の目を突き刺した。深い。目玉が完全に潰されている。


 それを目撃してしまった有沢は思わず吐き気をもよおした。

 どうにかこらえるものの、意識が朦朧もうろうとして足がふらついてしまう。


「ああ、あああ、あああああ! 眼ぇえええええええ!」


「これでアナタは最後に見たアタシの顔しか思い出せない。あら、どこへ行こうというの? まだアタシから遠ざかろうとしてしまうの? 足りないのね? じゃあこうしてあげる」


 月島は血だらけの男の顔を強引に自分の方へ向けた。


 そして接吻せっぷんをした。


「んんっ、んんんんん! えおっ、ごおおおおおおあ!」


 月島の顔が男から離れると、男の口から血が吹き出した。


 月島の口から何かが落ちた。



 舌だった。



「これだけ刺激的なキスをすればもうアタシのことしか考えられないでしょう? だってアタシ以上に刺激のあるキスができる人なんていないもの。これでアナタはアタシのもの」


 男は地に転げ、のたうち回っている。


 有沢はブロック塀に寄りかかった。

 心は崩れ落ちた。

 単なる目撃者なのに、完全に悪夢におちてしまった。


「あ、一つ、大事なことを忘れていたわ」


 月島は屈んでもだえ苦しむ男に笑いかけた。


 男の耳にその声が届いているかどうかは分からない。

 だから月島は男の耳をグイとひっぱり、自分の口元に近づけてから言った。


「アタシ、アナタには微塵みじんも気がないから勘違いしないでよね」

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