第10話 月島芽々①

 後日。


 阿木館あきだての元に高嶺野たかねのから電話が入った。

 いま現在ストーカーに尾行されているからすぐに対処してくれというものだった。


「それでは、行ってきます」


 有沢ありさわは敬礼のポーズをして事務所を出ていった。

 阿木館は敬礼で返事をした。


 月島つきしま芽々めめを利用する方法は初の試みなので、阿木館にもいろいろと思うところはあったが、有沢を不安にさせまいとマイナス思考からくる言葉は口から出さなかった。

 それが単なる無責任であることは承知している。しかし阿木館は貴重な保険を消費して有沢を守ったのだから、それくらいは許されるはずだ。そういう勘定をするのが阿木館である。


「お待たせしました。それでは行きましょう」


 有沢は高嶺野と合流すると、女子二人でショッピングを装い目的地へ向かった。


 いまにも空が泣き出しそうだが、予報では雨は降らないと言っていた。

 正確には「降らないでしょう」と言っていた。


 有沢と高嶺野はお互いの素性について質問しながら歩いた。

 二人並んで歩く姿はまるで姉妹。大人っぽい高嶺野と歩く女性はたいていが妹に見える。


 高嶺野は青いロングスカートに白いブラウス。

 以前事務所に来たときの高嶺野もその格好だった。よほどそのコーディネートが気に入っているのだろうと、有沢は勝手に納得した。


 一方の有沢はタイトなデニムのスカートに緑色のワンピースを腰の辺りで破いたようなオシャレを決めていた。

 さすが女子高生。ヒップラインを強調したり露出を高めにしたりすることでストーカーを自分のほうに惹きつけ、その後に退治するものだと高嶺野は勝手に思い込んでいた。


 だから有沢が月島芽々に声をかけたときにはしこたま驚いた。

 高嶺野は阿木館と有沢の作戦相談を聞いていないのだ。


「こんにちは、月島さん」


「あんた、誰?」


 振り向き様にぶっきらぼうな対応をする月島芽々。


 彼女は毛皮に覆われていた。

 何の動物か分からないが、グレーの毛皮と白の毛皮と黄色の毛皮と黒の毛皮が上下の服と鞄で入り混じっていた。

 その格好だけでも動物を虐待していそうなサディスト感が漂ってくる。


 有沢は阿木館に見せられた写真で彼女の顔を知っていたが、きっと写真がなくても分かっただろう。


 月島は有沢のことをまったく知らないが、意外なことに月島と高嶺野は顔見知りであった。


「あらぁ、あなた、高嶺野さんじゃなぁい? ちょっと美人だからってお高くとまっていらっしゃる、あの高嶺野さんよねぇ?」


 有沢は一瞬で月島という女の性質を理解した。


 絶対友達になりたくないタイプ。

 いや、名前すら知られたくない手合いである。


「あの、月島さん。いつも言うけれど、べつに私はそんなに自意識過剰ではありません」


「はんっ! なによ、その敬語。同級生に対して敬語を使って、それでおしとやかな女をよそおえるとでも思っているの?」


 あとで高嶺野から聞いた話では、高嶺野と月島は高校生のときに同級生だったらしい。

 ただし、同級生というだけで友達などではなく、ろくに話をしたこともなかった。


 それは高嶺野に限った話ではない。皆が月島を避けていた。

 月島の性格を考えれば当然のことだろう。


 その月島の性格はいまも高校生のころからまったく変わっていない。


「それとそこのあなた」


「え、私?」


 月島の人指し指が有沢の鼻頭に突き刺さる。


 有沢は顔を仰け反らせながらハエを追い払うように右手で無礼な指を払うが、形状記憶合金の如くピタッと元の位置に戻ってくる。

 強く叩いて月島の肌に傷をつけたら殺されかねないので、有沢は二度目以降の指差しに関してはあきらめることにした。


「あなたはいくつなの?」


「えっと、十七歳ですけど……」


「かーっ! 十七!? あなた、十七歳なの!? たった二歳しか変わらないのに、そんなにもアタシを見上げて年下の若い娘を気取っているのね? なんて下劣な娘なの!?」


「そんな! 二歳上ならあなたもまだ十代でしょう? そんなに若さを気にする歳じゃないじゃないですか! それに見上げているのは単に背が低いからです!」


「もうすぐ二十になるのよ! 二十になって切り上げしたら三十路なのよ!」


「切り上げって……。四捨五入ならあなたも私も二十歳でしょ。年齢を四捨五入するとか変な話ですけど」


 有沢はとにかく月島のことを面倒臭いと思った。


 切り上げなどと言いだすなんて、この人は馬鹿だとしか考えられない。

 その表情を読み取られたのか、あるいはそんなことお構いなしなのか、月島はいっそう有沢に突っかかろうとした。


 有沢は面倒臭くなって耳をふさいで目を逸らした。

 月島はそんな有沢の態度すらも正そうとする。


 しかしそのとき、月島があることに気がついて矛先を変えた。

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