第三章 嫉妬の月島さん
第8話 有沢彩嘉と阿木館新
有沢彩嘉、十七歳。
姓は間違う余地なくアリサワだが、名はアヤカではなくサイカである。
彼女は冒険が好きだ。今日も危険人物がたくさんいるこの町、枕木町へとやってきている。高校から直行してのブレザー姿。
彼女は枕木町の危険人物たちを聞き知っている。しかし、実際に会ったことはない。
そういう半端な状態は非常に危険であり、やはり彼女もやらかしてしまう。
「ん? こんな所に空き缶?」
道のど真ん中に空き缶がポツンと立っている。
邪魔というほどのものでもないが、非常に目障りである。無性に蹴りたくなる。殺意すら感じる陽射しも背中を押している。
「誰よ、まったく……。えい!」
有沢は空き缶を思いっきり蹴っ飛ばした。前には誰もいない。
いや、建物の陰から人が現れた。有沢と同程度の歳頃の少年。
「イタッ」
空き缶は少年の頭に直撃した。
有沢は
有沢は直感した。あの少年こそが噂に名高い将ちゃんなのだと。
有沢は逃げた。謝るべきだったかもしれないと思いつつも、必死で逃げた。
少年はどこまでも追いかけてくる。怖い。かなり怖い。滅茶苦茶怖い。追いつかれたらきっと殺される。
有沢は少年をまこうと建物の角をクイッと曲がった。T字路で右からはおじいさんが杖をついて歩いてきたので左に曲がった。
少年の視界から消えている間にどこか物陰へと隠れよう、そう思っていた。
しかし、急に角を曲がったために人にぶつかってしまった。お互いに尻餅をつく。
だが有沢は尻を地に着けている場合ではない。追いつかれたらきっと殺される。
しかし追いつかれた。有沢は思わずぶつかった相手の男の背中に隠れた。
ぶつかった男は枕木町に合わないスーツ姿である。スーツ姿だから真っ当な人であることはほぼ間違いない。
少年がにじり寄ってくる。
「将ちゃんか! 君、将ちゃんに何をした!?」
男も将ちゃんを知っていた。
男は有沢を将ちゃんに差し出そうとはしていない。しかし、将ちゃん相手に助けてもらえるとはとうてい思えない。手を出せばその人が徹底的に報復されるのである。
「いや、あの、ちょっと空き缶を……」
「アキカン!?」
そんなに驚くことか、と思いながら有沢は最後まで説明した。
「空き缶を蹴ったらあの人の頭に命中しちゃったんです。怖くて逃げてきちゃいました」
将ちゃんは男の真正面に立った。右か左かと、どちらから有沢を追い詰めようか模索している様子。
「将ちゃん、これ」
男が何か紙切れを取り出し、それを将ちゃんに見せた。
将ちゃんの視線はその紙切れに釘付けになった。
「駄目。他人に使うなら二枚」
将ちゃんのムッとした顔に荒いため息をついて、男はもう一枚同じ紙を取り出した。
「二枚だ。これでいいだろう?」
将ちゃんは舌打ちしてその二枚の紙切れを男から
二つのため息が同時にこぼれ落ちる。
「あの、ありがとうございます。えっと、いまのは何ですか?」
「報復我慢券。将ちゃんに粗相をしでかしても、あれ一枚と引き換えに報復を我慢してくれるんだ。すごく貴重な紙さ。きっと一万円札よりもよっぽど貴重な紙だよ。そうそう手に入らないのに、すべて使ってしまった」
男はとても残念そうにしていた。
有沢はとてつもなく申し訳なくなった。
「すみません。そんな大事なものを……。私、お礼に何でもします。何をすればいいですか?」
男は困った様子で頭をかき毟った。
あまり期待はしていない様子で彼は言った。
「じゃあ私の助手になってくれ」
「助手?」
「ああ。私は何でも屋をやっている阿木館新という者だ。苗字はアキダテ。決してアキカンではないからね。間違えないように。名前のほうはアラタ。シンではないからこれも間違えないように。あと、アキカン、アラッタ? みたいなジョークも言わないように」
「そんなナンセンスなジョークは言いません」
「そうか……」
かくして有沢彩嘉は何でも屋の阿木館新の助手として、この枕木町で働くこととなった。
ちなみに、阿木館は将ちゃんからはアキカンと呼ばれているらしい。
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