第7話 丘南杉厳とフィン

 足を槍で貫かれた兵士は将ちゃんの家に最後に辿り着いた。急いで同僚の後を追う。

 彼はフィンという名前であったが、主はもちろん、同僚からも名前で呼ばれたことはなかった。

 彼らは天の御人が同僚に制裁を加えさせることを知っているから、怨恨がより深まらないようにするため、初めから仲良くしないと割り切っていた。


 兵士たちは全力で将ちゃんを追いかけたが、当然ながら彼らがおこなっていることが外道だということは自覚している。

 しかし従わなければ自分が処刑される。だから仕方がないのだ。

 すべて割り切るしかなかった。


 将ちゃんは居間へと逃げ込んだ。

 フィンは将ちゃんが家に逃げ込んだことで、その家族にまで被害が及ぶことを嘆かわしく思った。

 せめて殺すのは将ちゃんだけにして、天の御人には任務完了したと報告したい。


 居間には将ちゃんと高嶺野のほかにもう一人、少年がいた。

 将ちゃんと似ていて、将ちゃんより少しだけ背が高い少年。服のセンスなんかは将ちゃんとほぼ同じと言っていい。彼もまた質素なナリをしていた。


「将、変なの連れてくるな」


「ごめん、ごん兄さん。でも、危ない人たちだから僕だけじゃ報復できない。力を貸してよ、厳兄さん」


「駄目」


 厳兄さんは将ちゃんの頼みを即断で拒否した。


 高嶺野は将ちゃんの陰に隠れている。

 誰から? それは将ちゃんの兄、厳兄さんからである。


「偉いよ、ゴン君。将ちゃんも復讐とかしちゃ駄目なんだよ」


 高嶺野は厳兄さんを恐れていた。

 将ちゃんから聞いて知っている。厳兄さんが普通ではないということを。


「分かってる。でも力を借りるよ、厳兄さん」


 将ちゃんは厳兄さんの後ろに隠れた。

 高嶺野が将ちゃんの後ろに隠れている。


 兵士たちがドドドドッと入ってきたとき、将ちゃんたち三人は一列に並んでいた。

 兵士の視界に入るのはまず厳兄さんだった。

 その厳兄さんが一言だけ放つ。


「帰れ」


「任務遂行だ!」


 兵士は三人ひとまとめに串刺しにしてやろうと、厳兄さんの腹に槍を突き刺した。突き刺すという行為をした。

 しかし、槍は厳兄さんの腹に刺さらなかった。まるで岩石に槍を突き立てたかのように硬く、銀色の切っ先は標的の皮膚一枚にすら侵入することが許されなかった。


「刺したね」


 厳兄さんは将ちゃんの兄。彼らはこの町で最も恐れられている兄弟。報復兄弟と呼ばれている。


 やられたらやり返す。報復は絶対。

 その報復は、結果から起こるものではなく、未遂だろうが何だろうが行為そのものに対して起こされる。


 ゆえに、兵士は厳兄さんに槍を奪われ、腹を突き刺された。


「殺そうと、したんだよね?」


 厳兄さんは槍を一度引き抜いて、再び兵士に突き刺す。今度は心臓を直撃。

 すべては厳兄さんの棒立ち状態のもとでおこなわれ、厳兄さんは右手のみを動かして作業のように報復を実行した。


「お、おい、こいつおかしいぞ! 槍が通らない」


「防弾具でも着用してたんだろ。露出した首や頭を狙え。早くしないと天の御人が怒るぞ」


 その結果、将ちゃんの家には八つの生首が転がることになった。一人だけ首が体につながったまま死んでいる。


 ただ一人だけ、まだ生きている。


 彼がフィンであった。

 足の負傷で出遅れた兵士。最後の一人。


 もちろん、彼は一部始終を目撃していた。

 厳兄さんの皮膚はどの部位だろうと槍で貫くことができなかった。眼球さえも鉄以上の強度を誇っていた。

 彼は最強だった。

 誰も彼を侵略できない。


 フィンは血をしたたらせながらきびすを返した。

 自分は最後の護衛。結果を報告することが正解だと判断した。


 天の御人は将ちゃんの家の近くまで来ていた。兵士たちの帰還が遅いため様子を見に来たのだ。

 フィンの正面には天の御人、背後には厳兄さんと将ちゃん。ついでに高嶺野。


「申し訳ございません、天の御人よ。死者九名、私だけが残っております」


 天の御人は顔を真っ赤にしていた。激昂している。

 激昂のあまり、言葉が出てこない。


「厳兄さん、あの人が僕たちを殺せと命じたんだ。あの人には絶対に報復しなければならないよ」


「俺は何もされていない」


 厳兄さんは自分が攻撃を受けなければ決して手は出さない。


「あ、そうだった。僕の報復をやっていない。僕がやらなきゃね」


 将ちゃんが厳兄さんの前に出た。


 眼には眼を、歯に歯を。


「そこの人、あいつを殺せ」


 将ちゃんがフィンに向かって言った。天の御人を指さしている。


「何をしている! そこのガキを殺せ! ゴミだ、ゴミを排除しろぉおおお! この土地の者は皆殺しの焼却処分じゃぁあああ!」


 天の御人はトマトのように顔を真っ赤に膨らませて怒鳴り散らした。


「ゴミはおまえだ。塵以下の産業廃棄物め!」


 フィンの槍は天の御人の胸を貫いた。心臓は避け、あえて肺に穴を開けた。

 フィンが槍を引き抜き、天の御人はひっぱられるように馬から転げ落ちた。充血した目でフィンを睨み上げる。

 フィンは白い目でそれを見下ろした。


「あと、こちらはわたくしめからの贈り物にございます。どうぞお受け取りを、天の御人よ」


 フィンは渾身の力を込め、天の御人の太腿ふとももに槍を突き刺した。

 その後、フィンは天の御人の様子などどうでもいいかのように一度も振り返らず去っていった。


 天の御人は肺から漏れ出る空気を補おうと一生懸命に呼吸をしている。地上に跳ね上げられた魚のようだった。


「僕たちはゴミ? おまえのモシャモシャの髪のほうがよっぽど汚いよ」


 将ちゃんは天の御人の髪の毛を引き千切ってはその口に押し込み、引き千切っては押し込みを繰り返した。

 さすがの高嶺野も、もはや彼を止めるどころか何も見る気にならなかった。

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