#2

「仕事は選んだ方がいいぜ」


 長身で筋骨隆々の霧島とは違い、グエンは華奢で小柄な男だ。彼は皮肉めいた笑みのまま首を振った。


「消えた母親探しを頼まれた。それを手伝ってほしい」

「賭けてもいい。十中八九だまされてるぜ。もしそうじゃないならなおのこと手を引くべきだ。どう見てもやばすぎる」


 霧島は時おりグエンのもとを訪ねては仕事を手伝ってもらっている。グエンが相場よりもはるかに高い報酬に警戒するのはその経験からだろう。


 だが、そう言われることは想定内だった。むしろ霧島とて、その程度の案件ならグエンを頼るまでもない。霧島は乾いた唇をなめて口を開く。


「シャドウタウンで同様のことが何件も起きているとしたらどうだ」


 グエンの目がすっと細められた。


 霧島が聞きこみをした結果、消えた住人はハナだけではないことが判明した。霧島が把握しただけでその数四件。天涯孤独で仲間もいないような人間は消えたことすら認識されない。広大かつ入り組んだシャドウタウン全域では、さらに多くの人間が行方をくらましていると考えるのが妥当だろう。


「消えた人物に共通する特徴は」


 グエンの声に、霧島を揶揄やゆする色はすでになかった。頬杖をついてもう片方の指先で机を軽く叩くのは、真剣なときの彼の癖だ。


「性別、年齢、職業、居住地。すべてに共通項は見られなかった。だが一つだけ、消える前の様子に共通点があった。その全員が体調を崩していたらしい」

「体調不良? この時期だ。その辺で野垂れ死にしているんだろうよ」


 眉を寄せたグエンの反応は当然のものだろう。寒さの厳しいシャドウタウンにおいて、冬は最も過酷な季節だ。インフラ整備のなされた都市部とは違い、ガスや電気は住人が簡単に使えるようなものではない。定住地を持たず路上で生活をしている人間が、次の日の朝を迎えられずに凍死することは珍しくない。そんな劣悪な環境で体調を崩せば、文字通り命取りになる。


「行方不明なのはホームレスだけじゃないからな。実際、カイも母親とともにそれなりに良い生活をしていたようだ」


 シャドウタウンの中でも都市部に近づくほど生活水準は上がる。ハナたちは雨風をしのぐ部屋を持っているだけまだ良い方だ。


「それなり、ね」


 グエンは含みを持たせた口調で片方だけ口角を上げ、頬杖をついたまま霧島へ目を向ける。口元は笑っているものの、目は全く笑っていない。グエンはしばらく宙を見つめた後、急に椅子を回転させコンピューターを操作し始めた。


「えらくやる気になったんだな」


 先ほどとは打って変わった様子に感心していると、グエンは鼻を鳴らして答える。


「そういえば、シティのど真ん中で良い生活をして連中も行方不明者が続出しているらしいぜ。……出た、これだ」


 グエンは真ん中の大きなディスプレイに向けて顎をしゃくった。行方不明者のリストらしい。ここに掲載されているのは、行政から市民と認められ、かつ捜索届が出されている者に限られる。グエンの言う通り、行政の庇護下にある彼らはシャドウタウンの住人よりははるかに良い暮らしをしているはずだ。


 名前、個人番号、性別、職業、そして行方不明になった時期。それらが列挙された表を眺め、霧島は口を開いた。


「会社員や公務員もいるが、ジャーナリストや動画配信者がやけに多いな。それもフリーのやつが多い。後ろ盾が無さそうだ」

「面白いことに、そいつらは揃いも揃って現市長に批判的な連中だな。消えた時期はここ二年以内に集中している」


 シャドウタウンの病人。消えたジャーナリストたち。二年という期間。それらの情報を繋ぎ合わせ、霧島とグエンが辿り着いた結論は同じだった。


「慈善事業のアレか」


 指をパチリと鳴らしたグエンに対し、霧島は「おそらく」とうなずいた。


 シャドウタウンにも無許可の闇病院は存在したが、支払い能力のない貧しい人間は適切な医療を受けることができなかった。その結果、ネオンシティの住人であれば数日で治るような病気で命を落とす者も多い。


 そこで立ち上がったのが、四年前の市長選で初当選した三田村だ。三田村は慈善事業の一つとしてシャドウタウンに公立病院を設置した。住民は戸籍の有無や滞在の合法性にかかわらず、無料で医療を受けることができる。そしてその病院が開かれたのがちょうど二年前のことだ。


「病人や消えたライターたちは何か都合の悪い情報を掴んでしまった。その結果、ネオンシティに消されたという可能性もある」

「つくづく思うが、クソみたいな都市だな。もしそうだとすれば、あの少年の母親も生きてるか怪しいぜ」

「他の患者が目撃していて、その後の足取りがわかるかもしれない。当然調べるさ」


 グエンは呆れたようにため息をつき、「何を無駄なことを」と吐き捨てた。口ではそう言いつつも、彼はコンピューターを操作し地図を表示する。赤く光っている点が件の病院だ。


「でも調べるって言ったってどうするんだ。おまえは健康に足が生えたようなもんだし、殺してもくたばりそうもないけどな。……まさか」

「そのまさかだ。仮病を使って正面から乗りこむ」

「ここまで筋金入りの馬鹿なお人よしだとは思わなかった。たかが人探しのためだけにそこまでやるのかよ」


 グエンはモニターの前で頭を抱えている。霧島はその肩に手を置いた。


「俺が潜入しやすいようにサポートしてほしい。グエンならそれくらいできるだろう」


 病院はシャドウタウンに位置するとはいえ、それを運営しているのはネオンシティの中枢だ。セキュリティを突破することは容易ではなく、当然ながら違法だ。


「人を便利屋みたいに使いやがって」


 グエンはそう言いながら肩に乗った霧島の手を振り払う。


「それにしてもよくこんなの閲覧できるな。機密情報じゃないのか」


 市民の情報は行政サービスを充実させるために集められている。と言えば聞こえは良いが、その目的は市民の行動を把握することにある。戦後その傾向はさらに強まり、個人情報は厳重に管理されているはずだ。ましてや、行方不明になった人間がいるなど、シティにとってはいわば汚点だ。このような情報は表に出るものではない。


 霧島が心底感心してうなずくと、グエンは吐き捨てるように言った。


「朝飯前だね、これくらい」

「心強いな」


 口は悪いが仕事はできる。霧島がグエンについて知っていることはそれくらいだ。これだけの能力を持つグエンが、なぜシャドウタウンの地下で暮らしているのか尋ねたことはない。ここではお互いのことは聞かないのが暗黙のルールだ。互いの情報はいとも簡単にやり取りされ、それが命取りになることもあるからだ。知らない方が良いこともあると、霧島はこれまでの経験から知っている。


「霧島?」呼びかけられて気がつくと、グエンが怪訝そうに見上げている。


「なんでもない。詳しくは追って連絡する」


 霧島が首を横に振って返事をすると、グエンは心底嫌そうに舌打ちした。

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