第8話:村での生活とフィンの存在感

 フィンとの新しい日常が始まってからしばらくが経った。彼はすっかり元気を取り戻し、今では家の中だけでなく、村に出かける際にも俺と一緒に来るようになった。彼が常に俺のそばにいることで、家の中だけでなく、外でも不思議な安心感が広がっていくのを感じる。


 ある日、俺はフィンを連れて、村の市場へ向かうことにした。村の生活に必要な食料や道具を買い揃えるため、月に何度か市場を訪れるのが習慣になっている。これまではフィンを家に残していたが、彼が俺と一緒に来たがっているように感じたので、今回は彼を連れて行くことにした。


 市場に向かう途中、村の道を歩いていると、村人たちが俺たちをじっと見つめているのがわかった。フィンの姿に驚いたのだろう。彼の白い毛並みと体に刻まれたルーンのような模様が、異世界の住民であることを一目で示している。その上、普通の犬よりも少し大きめで、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。


「レオさん、その子……犬ですか? ちょっと不思議な見た目ですね」


 声をかけてきたのは、村の農夫のバートだった。彼はフィンの姿を不思議そうに見つめながら、少し戸惑ったような表情をしている。


「こいつはフィンっていうんだ。森で傷ついていたところを助けたんだが、今じゃすっかり元気になって、こうして俺と一緒にいるんだ」


 俺がそう説明すると、バートは興味深そうにフィンに近づいた。フィンは少しだけ耳を動かし、警戒心を示しているようだったが、特に吠えたり威嚇したりすることはなかった。


「ふーん……犬っぽいけど、ただの犬じゃなさそうだな。体にあるその模様、なんか不思議な感じだし」


「まぁ、ただの犬じゃないんだろうな。俺も詳しいことはわからないけど、こいつは魔獣の一種だと思う」


 バートは驚いた顔をして俺とフィンを交互に見つめた。


「魔獣? でも、なんか大人しいですね。普通、魔獣ってもっと危険な存在って聞きますけど……」


「そうだな、フィンはおとなしいし、俺と一緒にいる時は特に問題ないさ。村のみんなに迷惑をかけるようなことはしないから、安心してくれ」


 フィンが静かに俺の横に座り、じっとバートを見つめる。その落ち着いた態度が、バートの不安を少し和らげたようだった。


「そっか……それなら、まぁ問題ないか。レオさんが一緒なら信用できるし、フィンもきっと大丈夫だな」


 バートが笑顔でフィンに手を差し出すと、フィンは軽く鼻を鳴らし、彼の手に鼻先を近づけた。その仕草にバートは驚き、少し後ずさりしたが、すぐにフィンが友好的なことに気づき、彼の頭を軽く撫でた。


「いい子だなぁ。魔獣でもこんなにおとなしいなんて、驚きだよ」


 フィンはバートの手に身を委ねるようにして、大人しく撫でられている。その姿を見て、俺も安心した。村人たちがフィンを受け入れ始めてくれるのは、俺にとっても嬉しいことだった。


 市場に到着すると、他の村人たちもフィンに注目し始めた。多くの人が彼の姿に興味を示し、話しかけてくる。最初は少し距離を置いていた人々も、フィンが俺と一緒にいる姿を見て、次第に警戒心を解き始めた。


「レオさん、その子は犬かい?」


「いや、魔獣の一種らしいんだ。でも、すごくおとなしいんだよ。森で傷ついてたのを助けたんだ」


 市場の露店で野菜を売っている女性が、フィンに興味を示して話しかけてきた。彼女も最初は少し驚いた様子だったが、フィンが静かに佇んでいる姿を見て安心したのか、笑顔を見せてくれた。


「まぁ、魔獣ってもっと怖いものだと思ってたけど、この子は違うみたいね。名前はなんていうの?」


「フィンだ。今は一緒に住んでるんだよ」


「フィンね。いい名前だわ。レオさんが連れてるなら、きっと大丈夫ね」


 彼女はそう言って、フィンの頭を軽く撫でた。フィンはまたもや尻尾を軽く振り、優しく応えるように目を閉じた。村の人々がフィンを受け入れてくれるのを感じ、俺の胸には安心感が広がっていった。


 その日の午後、俺はフィンと一緒に鍛冶場に戻り、再び作業に取りかかった。鍛冶場での仕事は、村人たちにとって必要不可欠なものだ。フィンもまた、その役割を理解しているのか、いつものように俺の仕事を静かに見守っている。


「今日は頼まれていた斧の修理があるんだ」


 俺がそう呟くと、フィンはいつものように炉の近くに座り込み、じっとその様子を見つめる。彼の存在がここにあることが、俺にとっての心の支えになっているのは間違いない。


 鉄を熱し、金槌で叩きながら、俺はふとフィンの方に目をやった。彼の目は鋭く光っている。まるで、作業の進行状況を見定めているかのように、集中して俺の動きを追っている。


「お前、本当に仕事熱心だな」


 冗談めかしてそう言うと、フィンは軽く鼻を鳴らして返事をする。まるで「当然だ」と言わんばかりの態度だ。俺は苦笑しながら再び作業に戻った。


 斧の修理が終わり、仕上げの確認をしていると、ふとフィンが炉の前に立ち上がった。彼の体から微かに魔力を感じる。フィンが魔力を使って何かを感じ取っているのだろうか。俺は作業を止めて、彼の様子を観察した。


 フィンはそのまま炉の前で動かず、じっと火を見つめている。そして、まるで何かを察知したかのように、軽く頭を振った。


「何か問題でもあるのか?」


 俺がそう尋ねると、フィンは再び鼻を鳴らして答える。その動作があまりに自然だったため、俺は不思議な感覚に包まれた。フィンが何かを感じ取っているのは間違いない。彼の魔力感知能力が、俺の鍛冶仕事に役立つのではないかという考えが頭に浮かんだ。


「なるほど……お前、もしかして火の加減を教えてくれているのか?」


 フィンは再び炉を見つめ、鼻を鳴らす。俺はその動作が確信に変わり、フィンの示す通りに火の調整を行った。すると、いつもよりも鉄の温度が均一に保たれ、斧の仕上がりが完璧になった。


「ありがとう、フィン。お前、すごいな」


 フィンは得意げに尻尾を振り、俺のそばに寄り添った。その瞬間、俺は彼がただの家族以上の存在だと感じた。彼は俺の仕事のパートナーであり、共に生きる仲間だった。


 夕方になり、鍛冶場の仕事が終わると、俺たちは再び村に向かった。フィンと一緒に歩くと、村人たちが次々と声をかけてくる。


「フィン、今日は元気かい?」


「魔獣だって聞いてたけど、本当におとなしい子だね」


「この子がいるなら、レオさんも心強いだろうな」


 フィンが村人たちに少しずつ受け入れられていくのを感じ、俺は心から嬉しく思った。彼がただの魔獣ではなく、村の生活に欠かせない存在になっていることが、次第に明らかになってきた。


 夜が更け、俺たちは家に戻った。フィンは俺の足元に寄り添い、静かに目を閉じた。彼の温もりが伝わり、俺は心地よい眠気に包まれた。


「これからも、一緒に頑張ろうな、フィン」


 フィンは静かに鼻を鳴らし、返事をするように体を寄せてきた。俺たちの生活は、これからも続いていく。そして、その日常が、より豊かで温かいものになっていくことを俺は確信していた。



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 本日、第1章完結まで更新していきます。


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