第3話:村での鍛冶屋生活と何者かの気配

 異世界での生活が少しずつ安定してきた。村人たちとの信頼も築かれ、鍛冶師としての仕事にも手応えを感じる。鉄を叩く音が村の生活の一部になりつつある日々は、かつての自分には考えられなかったほど充実していた。


 今日も朝早く、鍛冶場の炉に火を入れる。炭がじりじりと燃え始め、やがて赤々とした炎が勢いを増していく。その火の温かさに、少しだけ顔を近づけてから作業に取りかかる。村人たちのために新しい鍬を打ち直すことになっていた。


「……よし、今日も頑張るか」


 火花を散らしながら、金槌を振り下ろすたびに響く鋼の音は、どこか心地よくもあった。この作業は単調ではあるが、それでも俺にとっては喜びそのものだ。前の世界では、この感覚を失いかけていた。鍛冶屋として生きることへの情熱を、いつの間にか手放してしまっていたのかもしれない。


 けれど、今は違う。この異世界で、再び火と鉄に向き合うことができている。それだけで俺は満たされていた。


「レオさん、頼んでた鍬の具合はどうですか?」


 声をかけてきたのは、村の農夫であるマットだ。彼の依頼で、新しく作った鍬をさらに改良している最中だった。


「もう少しで仕上がる。鍛え直した部分を強化しているところだ。前よりも耐久性は上がってるはずだよ」


 俺は鍬を手に取り、最終的な調整に入る。金属の冷たい感触が手に伝わるが、これが仕事の完成を示すサインでもある。マットは俺の手元を興味深そうに見つめていた。


「毎度思うんですけど、レオさんの道具って、やっぱり他とは違うんですよね。なんか、しっくりくるというか……」


「慣れだよ。時間をかけて作っているからな」


「それにしても、この村には鍛冶師がいなくて本当に困ってました。前は隣の村から道具を仕入れてたんですけど、やっぱりレオさんがいるおかげで助かってます」


 俺は照れくさそうに笑ってみせた。鍛冶屋として認められていることは、何よりもうれしいことだ。この村に来た当初はどうなるか分からなかったが、今は仕事が人々の役に立っていることを実感している。


「それなら、これで完成だ。使ってみて、何か問題があったらすぐに言ってくれ」


 マットに鍬を手渡すと、彼は笑顔で受け取って礼を言ってくれた。鍛冶屋として仕事をすることで、この村に少しでも貢献できているなら、それが俺にとっての生きがいになる。やっと、この異世界で自分の居場所を見つけられたのだと感じる。


 村での生活は穏やかだった。鍛冶場での仕事を終えた後は、村を散策することが日課になっていた。季節が進み、村は収穫の時期を迎えつつある。畑には黄金色の穂が揺れており、村人たちは忙しそうに働いている。


「レオさん、いつもありがとうね!」


 道を歩いていると、村の女性たちが声をかけてくれる。皆、笑顔で挨拶をしてくれるようになった。最初は警戒されていたが、今ではすっかり村の一員として受け入れられている。俺が鍛えた農具が彼女たちの仕事を助けているのだと思うと、少し誇らしく感じる。


「こちらこそ、いつも仕事を頼んでくれてありがとう」


 村の祭りももうすぐだと聞いていた。村長から、祭りではたくさんの人が集まり、賑やかな行事が行われると言われていた。村の文化や伝統に触れることができるのは楽しみだ。この世界での新しい生活を感じ取るチャンスでもある。


 その日の午後、村長が鍛冶場に顔を出した。彼は俺の仕事に満足そうな表情を浮かべていた。


「レオ、お前がこの村に来てくれて、本当に助かっているよ。村人たちも、皆お前の仕事を信頼している」


「そう言ってもらえるのはうれしいです。自分にできることをやっているだけですが」


「それが大事なんだ。村の者たちにとって、お前の存在はもう欠かせないものになっている。これからもよろしく頼むよ」


 村長はそう言って、俺の肩を軽く叩いてくれた。その重みは、信頼と感謝の表れだと感じた。ここでの生活は、自分が思っていたよりもずっと温かい。村の人々が俺を受け入れ、信頼してくれている。それが、今の俺にとっての救いだった。


 だが、その平穏な日々に、少しずつ違和感を感じるようになったのは、数日後のことだった。


 ある晩、鍛冶場での仕事を終えて帰る途中、ふと視線を感じた。最初は気のせいかと思ったが、それが何度も続くと、やはり無視できなくなってきた。


「……誰か、いるのか?」


 俺は立ち止まり、あたりを見回した。暗がりの中で風が静かに木々を揺らし、虫の音が響くばかりで、人影は見当たらない。しかし、その視線は確かに存在しているような気がしてならなかった。


 それから数日間、同じような感覚が続いた。夜になると、何かが近くにいるような気配を感じる。だが、決して姿を現すことはなく、俺が気にしていると、いつの間にかその気配は消えてしまう。


 ある日、バートが鍛冶場にやってきたときに、俺はふと思い出して尋ねてみた。


「バート、最近、村の外で何か変わったことはないか? 夜になると、妙な気配を感じることがあるんだが」


「え? 特に何も聞いてないけど……村の外って、森のことですか?」


「ああ、森の方だな。夜に、何かが俺を見ているような気がしてならないんだ」


 バートは少し考え込んでから、首を振った。


「特に何か聞いたことはないですけど、森には色んな動物がいるって話はよく聞きます。もしかしたら、その辺の動物が近づいてきているのかもしれませんね」


「……かもしれないな」


 俺はその言葉を信じることにしたが、心の中では何か別のものが森の奥に潜んでいるような気がしてならなかった。


 その晩、また同じ視線を感じた。村の外れ、森の方からだ。今度こそ、何かが確かに俺を見ている。俺は意を決して、その方向へと歩き出した。


 森の入口に近づくと、風が冷たくなったように感じた。木々の間から月明かりが漏れ、かすかな明かりが地面を照らしている。そして、その時だった。


「……!」


 茂みの中で何かが動いた。俺は足を止め、息を呑んだ。茂みの奥に、光る瞳が見えた。普通の動物の目とは違う、何か鋭い視線が俺を捉えている。


「誰だ……?」


 俺がそう呟いた瞬間、その瞳はふっと消えた。気配も一瞬で消え去り、ただ静かな森の音だけが残った。


 俺はしばらくその場に立ち尽くしていたが、結局何も現れないまま、鍛冶場に戻ることにした。しかし、あの光る瞳が何であったのか、そしてなぜ俺を見ていたのかが気になって仕方がなかった。


 翌朝、俺は村長に相談することにした。森で感じた異様な気配について、彼に話をしてみたが、村長は静かに頷いただけだった。


「森には、時折不思議なものが現れることがある。だが、それが人に害を及ぼすことは滅多にない。何かが気になるのなら、しばらく様子を見ておいた方がいいだろう」


 村長の言葉に従い、俺はしばらくその気配に注意しながら生活することにした。しかし、あの瞳は俺に何かを伝えようとしているのではないかという予感が拭えなかった。


 俺がその正体に気づくのは、もう少し先のことになる。あの瞳の持ち主――それが、俺の新しい家族になるフィンとの出会いの始まりだった。



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 本日、第1章完結まで更新していきます。


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