02

「今日は長村家にやって来た」


 実家と比べれば同じぐらいだけどあの家と比べればかなり大きい部類になる。

 リビングなんかも大きなソファと大きなテーブルがあっても狭く感じない、そしてなによりテレビが大きくて少し羨ましくなった。


「風美がいなくて悪いな」

「そんなの気にならない、それに友達に誘われたんだから仕方がない」

「じゃ、これお茶な。菓子は悪い、我慢をしてくれ」

「あんまりそういうのは食べないから気にしなくていい」


 なんとなくだけど彼は基本的にここで過ごしていそうだった。

 部屋があるのにいかなくていいのかと聞いてみても「部屋は寝るときにいけばいい」と答えそう。


「文平、今日はなにか食べにいこ、それかもしくは僕の家で一緒に食べて」


 一人でもしゃもしゃ食べるのも悪くはないけどどこか物足りないところもある。

 かといって、なんてことない平日に実家に帰ろうとしても入れてもらえないから友達を頼るしかない。


「お、それなら食べにいこうぜ、俺も最近は外で食べることをあんまりしていないからありがたいよ。一人でいっても寂しいだけだしな」

「ん、いこう。その前に」

「ははっ、いい飲みっぷりだ」

「貰った物は残さない」


 沢山使うわけにもいかないので近所のファミレスにいくことになった。

 ここならこれという料理もないためまあ当たり前の選択をして運ばれてくるのを待つ。


「今度の土曜日は文平でも風美でもいいから来てほしい」

「土曜日か、俺は特に予定はないけど上がらせてもらうのはな」

「気にしなくていい」


 家に来てもらおうとする度にこのやり取りを何回もしなければならないのは大変だ。

 こんなに気にする子は初めてだった、身長と同じぐらいとまではいかなくてももっと気にしないでいられるようにならないだろうか。


「えっとさ、俺だけじゃないんだよな?」

「ん?」

「だ、だから、俺のことを気に入っているから上がらせようとしているわけじゃないんだよな?」

「文平のことは気に入っているけど」


 少なくとも興味を持っていなければ僕でも誘ったりはしない。

 というか、基本的にみんなそんな感じではないだろうか。


「ま、まあ、風美にも話しておくわ」

「ん」


 そんな会話をしている内に出来立ての料理が運ばれてきてちびちびと食べ始める。

 彼はステーキセットを頼んだからジュージューいい音が聞こえてきて流されかけたけどなんとか抑えた。


「あ、ついてるぞ、じっとしていろ」

「ん」

「はは、小さい頃の風美みたいだ――取れたぞ」

「ありがと。小さい頃はどんな感じだった?」


 いつでもなんでも本人に直接聞けばいいというわけではない、特に風美みたいなタイプはずっと教えてくれないなんて可能性も高いから周りを使うのだ。


「実はな、ずっと俺の後ろに隠れているぐらいだったんだ。だからやりたくてもやりたいと言えずに我慢をすることも多くてなあ」

「優しい顔をしている」


 僕にも妹か弟がいれば同じような顔で同じように語っていたのだろうか。

 妄想は自由だけどどんなに妄想しようと一人っ子だからどうしようもないけど。


「本人にとってはいいことじゃないけどああいうタイプだったからこそいまでも仲良くやれていると思うからさ」

「可愛い」

「はは、男に言うことじゃないだろ」


 男の子にだって可愛いときがあるのだから別に悪くないと思う。

 でも、どういうつもりで言っているのかは相手にとって分からないわけだからそういう反応になってもおかしくないか。


「優しくできていて偉いから僕がジュースを注いできてあげる」

「一緒にいくよ、別行動をする意味がないからな」

「そんなに僕といたい?」

「そりゃ一緒に出かけているときはな」


 おお、早速効果が出てきている気がする。

 これで本命の子が現れてもまた真っすぐに受け取りすぎて自爆的なことをしてしまうようなことにはならないだろう。

 風美からしても不安な要素が一つ減るわけだからいいことのはずだ。


「やっと慌てなくなった」

「早くも久我に適応してきたんだ」

「でも、あんまり合わせすぎないように」

「なんでだ?」


 これまたなんでもかんでも言えばいいわけではないから黙っておいた。

 あとは払ったからには沢山飲んでおいた方がいいという汚い考えからきている。

 料理の方はちびちびであっても割とすぐに終わってしまうからこれで粘るのだ。


「もう暗くなってきたな」

「早めの解散は駄目」


 そうか、ここはずっと厳しめだから一緒に遊べても帰るときには複雑な気持ちで帰ることになるのか。

 そういうのは風美を守るときだけ発揮してほしいところだ。


「危ないからまた今度にしよう――それは飲んでいいからさ」

「あと二回おかわりする」

「じゃ、じゃあ二回おかわりしたら今度こそ終わりな」


 仕方がない、言うことを聞かないと一緒にお出かけもできなくなりそうだから言うことを聞いておくか。

 ジュースの方は約束通り追加で二杯飲めたからその点に関してはよかった。




 お兄ちゃん――兄の文平は今日無理だったから風美とだけのお出かけの日。

 まあ、昨日も時間を貰ってしまったからあんまりに連続するのはよくないと神様が言ってきているのかもしれない。


「にやにやしちゃってなによ?」

「今日は風美とお出かけだから」

「ふーん。あたしはね、あんたがいい人間かどうかが知りたいだけなのよ」

「そうなんだ」


 理由はどうでもいい、一緒にいられればそれでいい。

 いつかは全てが分かって去ってしまうかもしれないけどそのときにそれまで一緒にいられた思い出が浮かんでくればそれでよかった。


「そうよ。で、いい人間ならこうして猫耳――獣の耳が出てくるはずだけど――」

「すごいっ、どうやったの!?」


 だからこれには驚いた、それは非現実的すぎた。


「ふ、ふふ、そういう反応を見せるということはあんたにはないのね? じゃあ駄目ね」

「僕は駄目だった」

「待て待て、判断が早すぎるだろ。あと、久我は簡単に騙されるなよ」


 あ、文平だ。

 これは僕が分かっていなかっただけで二人で協力をして僕を確かめていたのかもしれない。


「ということは文平にもやられたということ?」

「それは……悪い、ただ風美に頼まれたら断れなくてなあ」

「気にしなくていい、風美はお兄ちゃんが大好きだから心配なだけ」


 まあ、試されても悪い気分にはならないから気にしなくていいか。

 後からやられて去られる方がノーダメージとはいかなさそうだから早い内にしてもらっておいた方がいい。


「ま、まあ、悪い気はしないよなあ、普通はこれぐらいの歳だと『おい』とか『キモイんだよ』とか言っているところだからな」

「だからなによその偏見、そんな妹達ばかりではないわよ」


 小さい頃に一緒にいた同じような兄妹は確かにこの二人みたいに仲が良かった。

 中学生の頃にいたそういう存在は実際に見たわけではないものの、友達と会話しているところを聞いて微妙だったらしい、けどなにも上手くいっていない組み合わせばかりではないだろう。


「それよりいつまで猫耳をつけておくつもりなんだ?」

「あら、これは生えているんだから取れたりはしないわよ」


 誰に迷惑をかけているわけではないからそれも自由にすればいいと思う。

 あ、先程のあれは本当に驚いたわけではなくて驚いたように見せてあげただけだ、少し羨ましく感じたとかそういうことはないから勘違いをしないでほしい。


「でも、あんたみたいな純粋な子ならいいのかもね。よって、いまからこの耳はあんたに移動するわ」


 おお、やってきた。

 鏡はないから分からないけどクリスマスなんかにはこういうのを装着して楽しむのもありかもしれない。

 そしてクリスマスぐらいは実家に帰ってみせる、当日に連絡もせずに突撃をすれば追い出すこともできずに受け入れる両親の姿が、くくく。


「あ、文平どう?」

「んー髪の色と猫耳の色が合っていなくてちぐはぐだな」


 ということらしい。

 僕はこれまで生きてきて真っ白の耳と真っ黒の顔の猫ちゃんに出会ったことがあるから違っていてもそれもまた獣らしくていいと考えていた。


「だけどあれじゃない、本物の猫だって耳だけ別の色だったりするじゃない? だから髪色が黒でも茶色の耳が似合っていないなんてことはないわよ」

「待て、自分から出しておいてあれだけど猫のことはいいんだよ。それでどうなんだ? 久我は合格なのか?」


 彼女の選択次第によっては二人とも一気に消える可能性が高まった。

 でも、出会ったばかりの存在に合わせて不仲になってしまうよりはいいはずだ、もったいない選択をしてはいけないのだ。


「うんまあ初日にもお兄ちゃんには言ったように無害だから大丈夫よ」

「よかった――あ、仮に風美が不合格を出していても俺は久我といさせてもらったけどな」

「「気に入っているから?」」

「心配だからだ」

「素直じゃないわねえ」


 だからやっぱり一緒にいてくれるなら理由なんてどうでもいい。

 一応ここは外でそれ以上続けさせても寒くなるだけだから止めておいた。

 そうしたら何故か顔をぎゅっと抱きしめられて彼女のそれが結構大きいことを知る。

 僕は彼女と違って一学年上だというのに下を見てみてもなんにも苦労することなく足まで確認できてしまうという感じ。

 基本的にそういうのを気にしないタイプでも自分よりも大きい存在を発見するとたまに考えてしまう。


「吹雪、試すようなことをして悪かったわね。お詫びに甘い物でも買ってあげるわ」

「そういうのはいい」

「言うと思った、あんたはちょっとお兄ちゃんと待っていなさい」


 本当にいいのに。

 あっという間に目の前から消えてしまったから残された文平とお喋りをして待っていると「待たせたわね、はいこれ」と肉まんをくれた、彼にはピザまんを買ってきたみたいだった。


「風美の分は?」

「あたしはいま食べたら太っちゃうからなしね――あ、ちょっとっ」

「そういうのは駄目。文平、協力して」

「あいよっ」


 彼女がすぐに帰ってこられたようにすぐのところにコンビニがあったからちゃんと欲しい物を聞いてから買わせてもらった。


「はぁ……なんなのこの二人は……」

「僕は風美の友達」

「俺は風美の兄貴」

「あーもうなんか似た者同士ね」


 友達と似ているのはいい情報でしかなかった。

 なんで一緒にいられているのか分からないと言われるのは微妙だからもう終わりにしたい。


「久我、俺達は似ているんだってよ」

「やっぱり兄妹なのかもしれない」

「はは、楽しいだろうな」

「ん、文平と風美がいてくれれば無敵」

「そ、それは言いすぎだろ」


 言いすぎではない、誰かがいてくれるだけでやれることは格段に増えていく。

 やっぱりいい方に変わったように見えて変わっていなかったからこれから僕達妹が――そういう冗談はいいとしてもなんとかしたい。


「文平、風美をお姫様抱っこして」

「おう?」


 僕の言うことも何故か聞いてくれるからここで苦労しないのは本当に楽でいい。


「きゃっ、自分で歩くわよ!」

「このまま長村家までレッツゴー」


 これはすぐに解散にさせられないためにも必要なことだった。

 あと家なら気が緩んで色々なことを簡単に吐いてくれそうだからなのもある。

 くくく、僕はいつだって自分のために動いているのだ。

 そういうのもあってその過程で他の誰かが少し恥ずかしい気持ちになったとしても気になったりはしなかった。

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