03

「なんでそんなに寒そうな格好なんだ?」

「そんなこといいから上がって」

「おう、それはさせてもらうけどさ」


 まだ十二月だけど普通に寒いから扉はすぐに閉めてもらった。


「え、飲み物を持ちつつ考え事をしながら歩いていたら冬用の服の塊にぶっかけちゃったのか?」

「そう、だから半袖、流石に僕でも冬に半袖を常用しない」


 暖房が効いているからこそできることだった。

 そうでもなければくしゃみが止まらなくなって、それがやがて咳に変わっていってひっくり返ることになっていただろう。


「でも、風邪を引くだろ――そうだ、風美の服を借りてきてやるよ」

「それなら僕も付いていく、その方が効率がいい」

「そうか? なら家まで運んでやるよ」


 おお、僕専属のタクシーみたいな感じだった。

 走ってくれたのもあってあっという間で、今日も兄妹と過ごせることが確定した。

 今日は友達と遊びにいかずにソファに張り付いていてくれたからその上に座る。


「流石に低身長のあんたでも重いわ……」

「ん? 元気ない?」

「ちょっとね、今日は出かけようと思ったんだけど風が強くてやめたのよ」

「それなら風美には悪いけどよかった」

「ま、服を求めているあんた的にはそうでしょうね」


 条件なんかを出されることもなく普通に貸してくれたから着させてもらった。

 身長差があるから結構大きいものの、そのおかげで足まで包まれているような感じで暖かくていい。


「なんか子どもが背伸びをして大人用の服を買ったみたいね」

「一組貰っていく、そうすれば風美といられないときも風美を感じられる」


 まあ、それは冗談でもあっちに一組あれば泊まってもらえる可能性が高まるから上手く利用したいだけだ。


「だったらお兄ちゃんのやつにしなさいよ、あんた気に入ってんでしょ?」

「それもいいかもしれない、文平のも貰っていく」

「おいおい……」

「はは、吹雪に任せていたら全てがなくなりそうね――っと、今日遊ぶはずだった友達からだわ」


 一人でお出かけをする人ばかりではないから相手がいたか。

 でも、そうなってくると風が強いという理由でキャンセルされた相手の人的には微妙な気がする。


「いまからでも風美を友達のところまで運んだ方がいいかもしれない」

「友達と話し合った結果家にいることにしたみたいだから大丈夫だぞ」

「そうなの? それならよかった」

「おう、流石にそんな程度で約束をすっぽかす人間じゃないぞ」


 そうなってくると今度は「やっぱりいってくるわ」となりかねない雰囲気になってきた。

 色々な意味で今度は自分がプルプルと震えていると「なに震えてんの?」と本人が戻ってきたからぎゅっと抱きつく。


「なにこれ?」

「風美にいてほしいんだろ」

「ああ、別にいまから遊びにいったりはしないから安心しなさい」

「それでもくっついておく、最後までなにが起こるか分からない」

「ま、あんたは温かいからいいけどね」


 なんて、遊びにいきたいなら必死に止めたりはしないけど。

 それに今日あくまで約束をしているのは文平の方だから風美に甘えてばかりもいられない。


「いまは長村家にいるけど今日文平に来てもらった理由はご飯を食べてもらうためだった」

「お、それなら作ってくれよ、食材も家のなら全く気にせずに食べられるぞ」

「味の方についての不安はない?」

「ないな、だって冬のいままで一人暮らしをしていて元気でいるんだから全く問題ないだろ」


 それなら作らせてもらおうか。

 なにを使っていいのかとか単純に相手をしてもらいたいから彼には側にいてもらうことにした。

 お昼に作られがちなオムライスにした、卵の消費量が結構激しいから自分の分は作らないでおく。

 そもそも先程朝ご飯を食べたばかりでお腹が空いていないのだ、そういう風に言っておけば分かってもらえるだろう。


「小学生時代に一緒にいた女子を思い出すよ」

「小さかった?」

「はは、そりゃあな、俺だってその頃は小さかったよ。でも、たまに凄く意地を張るときがあってな、そのときは本当に苦労したもんだ」


 譲れないことが多かったということだろう。

 僕も小さい頃はいやでもだってとすぐに終わらせないで粘り続けた思い出がある。

 それでも最強は両親――特に母で引っ張りはがされるわけだけどそうなる度に悔しさがすごかった。

 だからそれが本当に大事なことならたまにはそうやって頑張ることも必要だと思う。


「風美にもあった?」

「ああ、そういうときはあったな、お揃いでそうなったときはやばかった――あ、風美に言わないでくれよ?」

「すぐ近くにいるんだから聞こえているんだけど? あと、あの子みたいに意地を張ったことはないわよ」

「いやいや、やばかったぞ本当に」


 兄妹でいちゃいちゃし始めたからその間にささっと作った。

 それで今度は二人が食べ始めたから使った物を洗っていく、少量だからすぐで食べ終える前に終わってしまった。


「あれ、あんたのないの?」

「いま速攻で食べた」

「嘘つかない、そういう遠慮をするなってこの前あんたが言ってきたんだけど?」

「無限にあるわけじゃないから仕方がない」


 家で食べた方が気持ちよく食べられるというだけの話だ。

 僕的にはそれよりもパクパク食べてくれたことが嬉しかった。




「そういえばあんたってクリスマスはどうすんの?」

「無理やりにでも実家に帰るつもりでいる」

「なるほど、だけどその前に時間をちょうだい、少しは一緒に過ごしましょ」

「それだったら完全に切り替えて風美達とだけ過ごす」

「や、せっかくなら帰りなさいよ、そもそも無理やり帰るってどういうこと?」


 かくかくしかじか、なにがどうしてそんなことになっているのかを説明した。

 両親も帰りたくても帰れない状態が続いたみたいだったから心を鬼にして僕を突き放している可能性もあるけど正直に言ってしまえばそんな決まりはもうやめてしまえばいいと思う。

 仮に誰かと結婚をして子どもができたとしても僕は同じようにやらない。


「え、じゃあ泊まってもらうことも可能ってこと?」

「追い出されるかどうかは分からないけどその可能性があってそっちになることになるぐらいなら最初から風美達と一緒にいた方が幸せな気持ちになれる」


 なにかに困っているわけではないうえに帰ったところで話したい内容とかも特にないからいいか。

 まだまだ出会ったばかりだけど当日は存分に甘える――というのは危険だからあまり期待しないようにしよう。

 大抵は上手くいかないようになっているから、そして実際にそうやって無理になった経験があるから冷静でいなければならない。

 もちろん、当日を普通に迎えられて一緒に過ごすことができるとなったら全力で甘えるけど。


「や、幸せは大袈裟だけど迷惑じゃないならありがたいわね」

「友達は?」

「それが毎年彼氏と過ごして相手をしてくれないのよ。ま、恋人がいるなら仕方がないけどね」

「彼氏、すごい話」


 多分、僕達の中なら彼女が一番最初に変わるだろうからそのときのことを考えると少し寂しい気持ちになる。

 でも、それはいいことだから笑みを浮かべておめでとうと言ってあげなければならない。


「あんたにもいつかできるでしょ、つかお兄ちゃんじゃ駄目なの?」

「相手がその気にならなければ意味のない話」

「そうねえ、お兄ちゃんはあくまで兄目線みたいなものよねえ」

「風美もお姉ちゃん」

「ま、少なくともあんたより下のつもりはないわね――なんて話はいいわ。クリスマス、期待しているからね」


 期待、とは。

 プレゼント云々の話ならセンスがないからがっかりさせてしまうと思う。

 芸とかはできないから笑わせることもできないし、みんな静かになって変な空気にならないようにと願っておくことしかできない。


「なにその顔」

「僕はなにもできない……」


 ある程度はご飯を作ることができてもそれがクリスマスに役立つかと言えばそうではないと答えるしかない。

 それならなんのために呼ばれたのか。


「またご飯を作ってくれればいいわよ」

「それぐらいは頑張る、と言いたいところだけどもうできている物を買った方がいい」

「そんなのお金が馬鹿みたいに飛ぶじゃない。大丈夫よ、別にあんたに全部やらせようとしているわけじゃないんだから、当日はちゃんと手伝うわよ」

「そういう話がしたいわけじゃ――」

「そういう話よ、あんたにだけ頑張らせたりしないわ」


 彼女も彼女で誤解をしているというか、微妙に合っていなかった。

 きちんと話し合いが必要な状況なのに「さ、お兄ちゃんを呼びにいくわよ」と歩き出してしまったから付いていくしかない。

 一人で留まっていてもアホだからだ。


「今日も男の先輩達と楽しそうね」

「やっぱり僕達といるときとは違う」

「ま、どっちも異性だからじゃない? やっぱり同性というだけで違うんでしょ」


 片方は家族でもう片方は最近出会ったばかりのちんちくりんならそうなるか。

 同性とか異性とか性別の壁に負けているわけではなくて単純に魅力で負けている状態だ。


「邪魔をしない方がいい」

「そうね、話ならいつでもできるから帰りましょ」


 いつでもどこでも自分の欲求を優先すればいいというわけではない。

 少し残念だけど風美がいてくれているだけマシ、そう考えたときのことだった。


「おいおい、せっかく来てくれたんだからせめて声をかけてくれよ」


 この前にこそこそしていたことといい、こういうのが得意な存在のようだ。

 だけどこれは嬉しかった、だから磁石みたいにくっついていた。


「お兄ちゃん、友達はいいの?」

「おう、もう十分話せたよ」

「それなら一緒に帰りま――はは、なにそれ?」

「わ、分からん、なんか急にくっついてきたんだ」


 くっつきたくもなる、だってこんな子は初めてだから。


「そんなにお兄ちゃんといたかったの? あんた気に入るの早すぎない?」

「文平がナイスすぎた」

「ナイスらしいわよ?」

「と、とりあえず離れてくれ」


 流石にこれ以上続けることはできなかったけど今度お礼をしようと決めた。

 そうやって返していくことが大切だった。




「お兄ちゃんにだけ露骨かと思えばそうじゃないのがあんたの面白いところよね」

「僕は僕らしく存在しているだけ」

「ふーん、じゃあ芋のお菓子を買ってきて」

「任せて」


 王道の揚げられたやつを選ぶか、それとも甘い方を選ぶか。

 僕はいま試されている、そして失敗をしたら……どうなるのか。


「やっぱりこれ」


 女の子だけどしょっぱい方を好んでいそうだったからそっちにした。

 走って持って帰ろうとしたときに「合格よ。ま、あんたが悩んでいたあっちでも別に不合格じゃなかったけどね」と急に後ろから話しかけられて転びそうになった。


「風美がいたら意味がない」

「そもそもなんでも言うことを聞こうとしちゃ駄目よ、お兄ちゃんのときにも同じようにしそうで怖いわ」

「あ、文平にお礼がしたい、風美にはこれ」


 忘れていたわけではなくてあれからそう時間も経過していないから考えていたところだったのだ。

 自分だけで必死に考えて時間を無駄にするよりも本人を連れていって選んでもらった方がいいからいまからテンションが上がった。


「ありがと。だけどそうねえ、お兄ちゃんにはお肉関連の物がいいわね」

「それなら直接連れていくしかないっ」

「はは、今日は無理だけどね」

「そうだった……」


 今日は友達にどうしてもと頼まれていていまここにはいない。

 誰かのために動いている方が文平らしいから違和感もない、それどころかそんなに頼まれたのにこちらを優先しなくてよかったと思っているぐらいだ。


「一緒に食べましょ」

「それなら僕の家に来る?」

「いいわね、上がらせてもらうわ」


 少し高いけどまたコンビニに入って飲み物を買ってきた。

 基本的には食べないけどこういう組み合わせが最高であることを知っている。


「ぷはあ! 最高じゃない!」

「よかった」

「これはあたしとあんただけの秘密よ」

「ん」


 文平の方も友達からお礼をされているだろうから拗ねてしまうようなこともないだろう。


「そうだ、さっきのお礼だけどクリスマスのときに渡しましょうよ」


 なんか凄く嬉しそうな顔をしている。

 自分一人だとごちゃごちゃ考えて渡せなさそうだからそういうきっかけが欲しいということだろうか。

 自分だってするときがあるのにされるのは嫌なんて駄目な人間ではないからいくらでも利用してくれればよかった。

 文平と風美にはいつまでも仲良くしていてもらいたいから。


「いつでもいい、ちゃんとお礼がしたい」

「うんうん、いいことねえ」

「いつ選ぶ?」

「いつ選ぶってあんたは作るんだからあとはあたしの予定次第ね」


 なるほど、そういう手もあったか。

 元々作ることにはなっているから――って、すぐに消えてしまうのもそれはそれで寂しいのでは?

 かといって、先程考えていたように本人に任せても本当に安い物で済ませてしまいそうな予感がする。


「とりあえずお肉の丸焼きを作る」

「ははっ、お兄ちゃんだけで食べつくしちゃいそうね」

「文平ともいくけど風美の力が必要、協力してほしい」

「だから協力するわよ」


 そこで物凄く優しい顔で頭を撫でてくれて少し気恥ずかしくなった。

 一緒にいるのは風美なのに文平のことばかり考えていてアレだ。


「ごめん、風美しかいないときは風美に集中する」

「そんなのいいのよ」


 駄目だ、結局彼女も文平と同じだ。

 責めてはこないから常に気を付けておかなければならない。


「それにあたしはやっぱり男の子が好きだからね」

「お兄ちゃんは駄目?」

「そりゃ駄目に決まっているじゃない、向こうもそんな目で見ないわ」

「分かった」

「そもそもあんたが気に入ってんでしょ? それなのに取ろうとする泥棒猫じゃないわ」


 なにか勘違いされている気がする。

 あくまで友達として気に入っているだけでそれ以上の感情はいまのところない。

 これからどうなるのかは分からないけどいまはそうとしか言えなかった。

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