第8話神は言った、見せつけろと

 レイアから離れて、一人で王都を散策するとまた違ったものが見えてくる。

 行き交う人々はみな活気にあふれているが、その中にはちらほらと不安そうな者も見て取れる。

 大通りを外れてからというもの、今までに見てきた人たちとはまた違った性質の人々が現れるようになった。

 臆病な人、気難しそうな人、胡散臭そうな人、急いでいる人。


 そのどれもが今を必死に生きているのだと思うと、なぜだか少しうれしくなる。

 こんな風に考えるようになったのは転生したのがきっかけだろうか?

 王都に住む人々を初めて目にした時も、なぜだか涙が出てきたし。

 種族が変わってしまったせいで生まれるギャップにうんうんと悩んでいると、ふと声をかけられた。


「そこのお嬢ちゃん、かあわいいねえ」


 年のころは五十ほどだろうか、わずかに白髪が混じり始めた頭髪を持った、優しそうなおばちゃんが俺に話しかけていた。


「ありがとう!ボクもボクの美貌には見とれるくらいだよ!」


 今は幻惑魔法を使っているので、本来の容姿とは異なるのだが、それでも茶髪茶眼の今のボクの見た目もそう悪いものではないと自覚していた。


「んでもその服はちょっとねえ。よし、アタシの店に来ておくれ。とびっきり似合うのをくれてやろう」


 レイアにもらった黒ローブを着たまま王都に繰り出したため、確かに傍目からみれば、違和感を感じる服装だろう。


「うん、おばちゃんお願い!」


 ボクはおばちゃんの提案に乗ることにした。

 ゼインおじさんの娘のルナちゃんを探すのだから、できるだけ市井に溶け込む服装の方がいいだろう。


「よしきた、連いてきな!」


 さっそく歩き出したおばちゃんの隣に並んで歩く。

 女の子の服装になるのだろうか?

 一着くらいは男の子用の服もほしいな、なんて前世の名残を意識しだしたところでおばちゃんは立ち止まった。


「ここさ!」


 大通りから外れてはいるが、確かな人通りが認められる通りにその店はあった。

 おおきな看板と高級そうな外装、なかなかの広さを持つその店は今も繁盛しているようで、お客さんが出たり入ったりしていた。


「おお、結構しっかりしてるんだね!」


「アタシの店なんだからあったりまえじゃあないか!」


 もしかして有名なデザイナーさんだったりするのだろうか?

 その表情から自信が見て取れるおばちゃんからはそれに見合った研鑚が感じられた。


「ネイルさん、お戻りですか?」


 店の前に立っていた従業員がおばちゃんにたずねた。


 「ああ、とびっきりの逸材をみつけてねえ。こいつはアタシの手で女の子のかわいさってやつをわからせにゃあならんと思ってねえ」


「こんにちはー!」


 ちょうどおばちゃんの体に隠れてしまっていたので、ひょこっと顔をだして挨拶する。

 そこにいたのは二十前後の少女だった。

 艶やかな黒髪の彼女はボクを認識したようで、なるほどと笑顔を浮かべた。


「確かにネイルさんの好きそうな子ですね!」


 ニコニコと笑ったまま、彼女はボクに手招きした。

 トコトコと彼女の方に向かうと、彼女は振っていたその手でボクの頭を撫でた。

 今は幻惑魔法を使っているので問題ないはずなのに、内心ヒヤッとした。

 もうゼインおじさんの時のようなことは勘弁だった。


「よし、さっさと行くよ!」


 そう言って動き出したおばちゃんに続いて店に入った。

 高級感あふれる内装と、いくつかの飾られたドレス。

 そのどれもが気品を失わない程度には派手だった。


「おばちゃんもしかしてボクにドレスを着せる気?」


「まさか、一人で歩いてるガキにドレスなんて着せたってどこのパーティ会場にいくんだってんだ。普段着を用意してやるよ」


 思ったよりも常識的だったおばちゃんに安心していると。

 店の奥から採寸ようの器具らしきものを持ち出したおばちゃんは良く通る声で言った。


「服を脱ぎな!」


「ええっ?!」


 おばちゃんの突然の言葉に動揺する。

 確かにサイズ確認は必要だろうが、少女(外見上は)に向かってその言いぐさはどうなのだろうか。

 ボクが黙っているのを渋っていると感じたのか、おばちゃんは安心させるように口にした。


「アタシはお貴族様のところに服を作りに行ってるくらいだからねえ、心配しなくてもいい!必ずあんたに似合う服を倉庫からもってきてやる」


 さすがに貴族と同じように服を仕立てるわけにはいかないのか、今あるものから選んでくるらしいが、それでもおばちゃんの言葉は嬉しかった。


「うん、お願いね!」


 おばちゃんにつれられて入った個室の中でボクは黒ローブをひと思いに脱いだ。


 あらわになるのは美の権化、まだ幻惑魔法の技術が未熟なボクには体の見た目までいじるのは無理だった。

 不審に思われないように割れ目を作っておけば、本来無性なボクでも女の子に見えることだろう。


「……ああ、ありがとね」


 ごくりと生唾を飲み込み、震える手で採寸を開始するおばちゃん。

 ……さすがに幼女の体に欲情していないと信じたいが、その目から伝わってくる動揺の仕方は隠しても隠しきれていなかった。


「終わったよ、悪いが早く体を隠してくれないか、目に毒だ」


 その職人魂にかけて、理性を保ち切って声をあげた。

 なかなか強い精神をお持ちのおばちゃんに感心しながら黒ローブを身に纏う。

 一応言っておいた方が良いだろうか、と思い直して声をかける。


「おばちゃん、ボク、守り人様が大好きだから、せっかくなら守り人様に似合うような服が欲しいな!」


「ふん、同じような服を着たってまったく同じ存在になれるわけじゃあないんだよ。だが、まあいいだろう。客の願いを聞き届けるのも良い職人の役目だろうさ!」


 店の奥の倉庫に向かったおばちゃんを眺めながら考える。

 できれば目立ちにくく、なおかつあまり露出の激しくないもので……

 頭の中で、ぐるぐると考えていると、割とすぐにおばちゃんは帰ってきた。


「これなんてどうだい?」


 そういって見せて来たのはかなり露出面積が多そうな服装だった。

 あんなに短いトップスだと、おへそが見えてしまいそうである。

 幼女のへそ出しいスタイルは特定のマニアには大うけ間違いなしだろうが、少なくともボクは大うけされる方なのだ。

 さすがにご勘弁願いたい。


「だめだめ、もっと露出が少なくて目立たないやつがいい!」


 ボクの言葉によしきたとおばちゃんが持ってきたのは、かなり丈の短いスカートのワンピースだった。


「だめだよ!もっと丈の長いスカートがいい!」


 そのあともこれはどうか、あれはどうかと露出の多い服を着せてこようとするおばちゃんと怒鳴りあい続けた。

 特に揉めたのがスカートの丈だった。

 パンツスタイルは論外だと言ったおばちゃんがなんとか膝上丈のスカートを着させてこようとするが、それをボクが拒否する。

 そういう流れが一時間近く続き最終的にロングスカートという選択でお互いが合意した。


「おお、かわいいじゃあないか」


 そう言ったおばちゃんだったが結局ボクの格好は白のトップスに上から羽織るベージュのカーディガン、下は白のロングスカート(おばちゃんは最後まで抵抗し続けた)という、なかなか普通なものになった。

 まあ素材がよければどんな服でもかわいく見えるだろう。


 紙袋にボクが着ていた黒ローブと、おまけでつけてくれたパンツと肌着を入れながらおばちゃんはしみじみと言った。


「もっと体のラインが出るものがよかったかねえ」


「いやだよ!!今の服が一番気に入ってるの!」


 諦めの悪いおばちゃんに主張しながら紙袋を受け取って店の外に出る。


「ホントにただでいいの?」


「ああ、このまま倉庫で眠らせておくことになるよりはずっとましさ。それにあんた、金なんて持ってないだろう?」


「うう、それを言われると弱いんだ。」


 図星をつかれたボクは言葉に窮した。

 今度王都を散策するときは絶対にお金を持ってこようと決意した。

 だが何も返さないというのはどうなんだろう?

 そう思ったボクは今のボクがあげられるものを考えた。


「おばちゃんに守り人様の御加護がありますように」


「ははっ、もう十分『大聖堂』で受け取ったさ」


 微笑ましいものを見るようなおばちゃんに、加護を与えながらボクは帰路に就いた。






「もう帰っちゃったんですか?あの子」


「ああ」


「元気なくないですかネイルさん」


「気づいたかい?あの子多分過激派の暗部組織の子だよ」


「ええっ!?すぐに通報した方が良いのでは?」


「あの年の女の子を国に突き出せって?あたしにゃできないね。あたしに出来るのはせいぜいが着飾ってやって少しでも日常の中に暖かさを見つけられるようにするくらいさ」


「ネイルさんは相変わらず優しいですね」


「そんなことないさ、仕立て屋のアタシがあの子の裸を見てなにを考えたと思う?」


「そりゃあサイズとか、似合う服のタイプとか……」


「ちがうよ、アタシはこの肉体を覆い隠すような真似なんて絶対に間違ってるって思っちまったんだ。まだまだ未熟な女の子の裸に……」


 数度言葉を交わした二人はやがて店の中

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