第6話神は言った、その美貌を隠せと

「レイア、ボクの外見や匂いを隠せる魔法はない!?」

 

 トコトコと『大聖堂』への帰路に就いたボクはレイアに質問した。

 ゼインおじさんに多大な迷惑をかけてしまったため、自分の能力を十全に扱えるようになりたいと思った次第である。

 結局のところ、あれは防げる事故だったのだ。

 ならば再発防止に努めなければおじさんに申し訳が立たないだろう。


「うーん、私の知り合いにはそういう魔法が使える奴はいないな。幻術系の魔法なら教皇様に尋ねるのが一番手っ取り早いだろうよ」


「なんで教皇?」


「教会には『守り人』様を崇めない人間を拷問にかける部隊が存在していて、そいつらは夜な夜な家に尋ねてくると、家主とその家族が『守り人』様に永遠の信仰を誓うまで延々と鞭打ちしてくるらしいぞ!」


 怖がらせるような声色を作ったレイアはどうやら先ほどのおじさんとの一件でもたらされた気まずい雰囲気をさっさと払拭したいようだった。

 なら、その考えに乗るべきだろう。

 ボクは冗談めかしてレイアをからかうことにした。


「またまた~嘘ばっかり~」


「いや、過激派には実際にそういう部隊がいるらしい」


「え……うそでしょ?」


 ボクの言葉に、否定するように頭を横に振ったレイアの表情はどこまでも真剣なものだった。

 本当にそんなやばい奴らがいるのか……

 まだまだ未知であふれているこの世界にふるえるばかりだった。


「まあそういうわけで、過激派とも多少はつながりのある教皇様ならばなにがしか知ってはいるだろうな」


 そうやって話していると、『大聖堂』が見えてきた。

 そろそろお昼だからか軽く空腹を覚える。

 こういうところだけは守り人に食事は必要ないのに、なぜか人間のころと変わらないから、安心する。


「教皇様はどちらにいらっしゃる?ユーナ様が彼を御所望だ」


 また外行の仮面を張り付けたレイアにジト目を向けていると、レイアに話しかけられた司祭は走って『大聖堂』の奥に飛び込んでいった。

 そんなに慌てなくてもいいのに、と思うボクだった。

 まあ事が早く進むのならそれでもいいか、と思い直していると、司祭が教皇を連れて小走りにやってきた。


「お呼びですかな、ユーナ様?」


「ええ、ユーナ様は幻影魔法を御所望です。あてはありますか?」


 ボクのセリフを奪い続けるレイアだったが、常識的には『守り人』が人間と言葉を交わすことなどほとんどないらしいので、彼女的にはこれが普通らしかった。


「幻惑魔法の使い手ならば、ちょうど一人この『大聖堂』に勤務しております」


「ではその方にお願いするとしよう」


「ですが彼女はユーナ様と確執のある人物でして」


 まずい、このままではやんわりと断られてしまう。

 そう判断して、ボクは大きく手を挙げた。


「はーい、全然大丈夫だよ!」


「そうですか、それでは……君、アイラを連れて切れくれるかな?」


 そういわれて、またもや伝達役にされてしまった司祭を憐れんでいると、ちょっと体から力が抜ける感覚がした。

 やべ……加護ちょっとお漏らししちゃった。

 駆ける速さが加護の割り増しで早くなった彼は、すぐにシスターを小脇に抱えて戻ってきた。


「突然なにはーなーしーてー」


 こちらにお尻を向けたまま抗議の声を上げるアイルをみていると、教皇が咳払いをして言った。


「ユーナ様の御前ですぞ」


 その言葉にビクン!と反応したかと思うと、肩越しにこちらを振り返ったアイルが顔を青ざめさせた。


「こ、このような姿でお目を汚し、大変申し訳ございませんユーナ様」


 昨日の厄介モードが嘘のようにしゅんとてしまったアイルを見て居ると、なんだか鼻がむずむずしてくる。


「昨日みたいな感じでいいんだよ?」


「まさか、恐れ多い、昨日は大変な失礼を……」


 そう言って、謝罪の言葉を繰り出すアイルだったが、こちらに尻を突き出したままなため、どうにも滑稽な感じが否めなかった。

 そろそろ降ろしてやれよ……とおもいながら伝達役の司祭を見ると、彼はスッとレイアを床に降ろした。

 この司祭……できる。

 まさかろくに顔を出していないボクの意思を頭の動きだけで察知するとは……

 ボクが司祭に感心している間に、レイアの長い謝罪が終わったのか、教皇が問いかけて来る。


「では、そういうことで構いませんな、ユーナ様」


「……う、うん」


 この空気感で聞いてませんでしたなんて言えないボクは、ただ頷くことしかできなかった。

 みんないやに真面目なのだ。

 むすっとした顔は不機嫌さを隠しているのかと思うほどだ。


「それでは行きましょうか、ユーナ様、レイア様」


 先導するレイアを追いかけてボクたちがたどり着いたのは『大聖堂』の地下室だった。


「埃っぽいところですみません『大聖堂』内での鍛錬にはこちらを使っておりまして」


 そこにあったのは剣や防具、案山子に的などの練習に必要なものが一通りそろった場所だった。


「おお、けっこうごっつい雰囲気だね!」


 ボクの言葉にこくりと頷いたアイルは地下室の奥から鏡を取り出しながら言った。


「緊急時には、私たちは『守り人』様をお守りする盾になりますからね。日々の鍛錬は欠かせないのです」


「ええ!?そんなこともしてるの?でも守り人の方が人間よりも強くない?」


「確かに『守り人』様は私たちとは次元の違う存在ですからその御体はそうそう傷つくことはありませんが、もしもの場合は肉の盾になるきがいですとも!」


 そういって笑って見せた彼女の笑顔は、混じった狂気を取り除けばただの年頃の少女のものだった。

 ……やっぱりちょっと信仰が行き過ぎてないかな?

 度々漏れ出す狂気が一々恐ろしい。

 これはちょっとばかしボクも真面目になった方がいいかもしれない。


「早速ですがこちらの鏡をご覧ください」


 そうして目の前に映ったボクの顔に心が震えた。

 

「……美しい……」


「ユーナ様、今はアイラの言葉に集中すべきかと」


 この地下室に来てから一言も喋っていなかったレイアに苦言を呈されてボクは苦笑いを浮かべた。


「ごめんごめん、アイラ、もういいよ」


 「それでは始めていきます、幻惑魔法は非常に複雑な魔力の動きによって成り立っており、体の上からもう一枚の薄い皮膚を纏うような感覚で行うことがコツです」


「うーん難しい、そういえば人間の使う魔法と守り人の使う魔法は別物なんだっけ?」


 アイラの話を聞いて、さっそく魔力とやらを動かしてみたが、大雑把にしか動かない。

 

「『守り人』様のお使いになる魔法は規模の大きいものがほとんどですから、こういった小手先の人間の技術を覚えるのはなかなか苦労するかもしれませんね……いえ、決して『守り人』様の魔法が劣っているということではなくむしろ……」


 話が長くなりがちなアイラを無視して魔法に集中する。

 自分の目や髪、匂いに皮膚を上から魔力で閉じるようにコーティングしていく。

 やっぱり難しいな、これ。


「ひとまずはこんなもんかな?」


 そう言葉を発した鏡の中のボクは茶髪に茶色い目をしたまさに俗人といった感じの容姿だった。

 若干瞳が反射するきらめきがまぶしいのと、やはり髪の毛の表面にある天使の輪を除けば、概ね一般平民と言っていいだろう。


「……お上手ですね……」


 なぜか残念そうにしているアイラと満面の笑みのレイア、二人の表情の違いがいやに印象的だった。


「予めユーナ様を知らないものになら、王族の隠し子と伝えればばれないでしょう」


「ええ?普通に平民っていえば……」


「「それは絶対に無理です」」


 変なところで気の合うレイアとアイラの勧めでひとまずはさる貴族の御令嬢という設定でいくように言われてしまった。


「それじゃあゼインおじさんの娘さん探しにいーこー!」


 ボクはレイアに断りをいれて、一人で街に繰り出した。

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