第4話神は言った、お前は完璧だと

 奥の部屋に通されたボクたちは、教皇に勧められるままにソファーに腰かけた。


「……レイア様、見る限り貴方は『守り人』様から直接御加護を賜った御様子、いったいどのような経緯でそうなったのかお聞かせ願えますかな?」


 厳粛な雰囲気を纏った教皇がそう切り出すと、いくらか部屋の空気が重くなった気がした。

 彼の纏う穢れなき純白の衣はその清廉さの前に、あらゆる欺瞞を許さず、その上から纏われたベールはその威光を示すように、金色に輝いていた。


「ええ、ですがまずは見ていただいた方が早いでしょう」


 レイアの言葉遣いは、先ほどまでの気安さを失い、外向けの仮面を被ったものになった。

 教皇とレイア、そして教皇の後ろに控えるシスターの視線がボクに突き刺さる。


「あれ、もしかしてボクの出番?」


「……っっ!」


 ボクの声を聞いた教皇とシスターが声にならない嗚咽を漏らした。

 ……え?なに?ちょっと怖い……


「ええ、貴方様のご尊顔をお見せするのが最も分かりやすいかと」


 教皇の前だからか、その言葉使いも固くなっているレイアに対して、内心いつも通りでいいのに。

 と頬を膨らませながら、顔を隠していたローブを取り払った。


「――――!!」


 ゆっくりと瞬きをすること三回、動かなくなってしまった教皇とシスターに声をかける。


「初めまして、守り人のユーナっていいます!!」


 とびっきりの笑顔を添えた自己紹介に二人はぶるぶると震え始めた。

 

「なんと、なんとまあその御髪は……今となっては失われて久しい純銀ではありませんか。瞳は夜空に星を振りかけたように輝いて……」


 さっきまで、かなり厳めしそうな顔をしていた教皇は途端に泣き崩れた。

 それとは反対に、シスターのほうは感情の許容値を超えたのかピクリとも動かない能面になった。


「ええ、なにい?こわあ」


 未だに自分の顔を確認できていないためか、彼らがなぜそんなに興奮しているのかわからないボクだけが置いてきぼりだった。


「とまあ、つまりはこちらのお方を街道の近辺で保護しこの教会にお連れした、という次第です」


 豹変した彼らに気圧されつつも、どうにかレイアは話をまとめた。

 ……さっきからシスターさんの顔が怖いんだけど……なんか怒ってない?


「レイア様、心のそこからの感謝をあなたに、まさか『純銀』を持つ『守り人』様がまだこの世にいらっしゃったとは……」


「なになに?純銀って?」


「……」


 話しかけたのに何故か黙り込んでしまう教皇。

 なにかまずいことをいっただろうか?

 そうして、降り立った謎の沈黙にボクが首を傾げていると、シスターの方から何やら聞こえてきた。


《small》「『守り人』様はねえ」《/small》


「ごめん、よく聞こえなかったや、もう一回言ってもらっても……」

 

《big》「『守り人』様はね!」《/big》


《big》「服なんて着ないし!」《/big》


《big》「言葉を喋らないし!」《/big》


《big》「やること全部が超然としてなきゃいけないの!」《/big》


 ……どうやら解釈違いをおこしてしまったらしい。


「ごめんごめん、ボク、実は記憶がなくて……」


 言い訳を始めたボクの前で、未だにぷるぷると震えているシスターはどうやら生粋の『守り人』オタクらしかった。


「これ、アイラ!下がっていなさい!」


 厳かな雰囲気をわずかに取り戻した教皇がシスターを叱りつけた。


「ですが……」


「いいから、部屋の外に出て居なさい。それとこのことは内密に」


 なおも食い下がろうとしたシスターに、教皇は静かに告げた。

 おお~かっこいい!

 まさに組織のトップって感じだ。


「さて……」

 

 気を取り直すようにティーカップに口を付けた教皇の顔は落ち着きを取り戻していた。


「まずは謝罪を、どうかアイラのことをお許しください」


「いやー全然大丈夫だって、なんなら解釈違いを起させたちゃったのはボクの方だったみたいだし」


「寛大なお心に感謝いたします」


 そこで、ずっと黙っていたレイアが口を開いた。


「ユーナ様のお声とお姿を見て、取り乱すのも無理はありません。どちらにもかなり強力な魅了と洗脳の力が宿っていますから」


「初耳なんだけど!?」


「初めて言いましたので」


 ええ……それボクが悪いじゃん、突然洗脳かけられて冷静でいられる人なんていないし……

 もしかして、検問前のおじいちゃんもボクの声にやられてしまったのだろうか?

 だとしたら悪いことしたな……


「どうやらお二人はかなり親密なご様子ですな」


「そうそう、記憶のなかったボクをレイアが助けてくれたんだ!」


 まだ一々ボクの声に反応してびくりと体を震わせる教皇は、その瞳でボクをとらえた後、がくがくと震え始めてしまった。


「あれ?」


「ああ、まったく」


 そう言ってレイアがボクの顔をローブで隠すと、教皇は痙攣を収めていった。


「助かりました、レイア様。危うくアイルのように取り乱してしまうところでした」


「ユーナ様、貴方という生物の情報は軽く見聞きしただけで、一般人には強い毒となります。お隠しになった方がよろしいかと」


「むー何で言ってくれなかったのさ?それにレイアは平気そうだったじゃん!」


 レイアの厳しい要求に思わず顔をしかめる。

 それじゃあボクはこの先、一生顔を隠してしかも一切人と話さずに過ごすことになる。


「正直ここまでとは思いませんでした。私の体は高位冒険者としての活動を通していくらか体に耐性があったので耐えられましたが、一般人には猛毒となるようです」


「むむ、それは困ったねえ」


 そう、困るのだ。

 ボクはこの世界に人類の設計図を書き換えるために訪れているのに、一々人に話しかけるだけでこの調子では、先が思いやられる。

 これは……要練習だろう。

 とりあえずは声に魅了と洗脳を乗せないことから始めよう。


「それでは、まずはユーナ様の事情についてですが……記憶喪失となると、やもすればユーナ様は新しく誕生した『守り人』様かもしれませんな」


「もしそうだとすれば、実に数百年ぶりのことなのでは?」


「ええ、最も新しい『守り人』様であるエンヤ様が誕生されたのが八百年前ですから、大いに可能性はあるでしょう」


「??そういえば、守り人ってどうやって産まれるの?」


 ボクの声を聞いて一々体の力が抜けそうになっている教皇を視界の隅に認めながら、ぼくは尋ねた。


「『守り人』様は気づけばそこにある、といえばよいでしょうか?何かの拍子に産まれるものではなく、ただ私たちに認識できるようになる、と言った方が近いでしょう」


 子気味良く答えてくれるレイアの解説にうんうんと頷いていると、今度は教皇がそれを引き継ぐように話し始めた。


「やはり、その『純銀』でしょうな」


「髪の毛のこと?正直無駄に長くてちょと歩きづらいんだよね」


 ぶんぶんと頭をふってみるとやっぱり少し重い感じがするのだ。

 歩いている最中に何度もバランスを崩しそうになって、その都度レイアに支えてもらっていた。 


「ええ、『純銀』ということは、あなたさまが人と接するようになったのはつい最近のことでしょうから」


「??どういうこと?」


「そのままの意味ですとも、『守り人』様の御髪は人と接するにつれて、その髪色を変化させていくのですよ」


「うええ、髪の色変わっちゃうの?」


 折角きれいな銀色なのにちょっと残念な気がする……


「まあ、百年単位で少し色味が変わる程度ですとも。中には人の生活になじみすぎて数十年で髪色が真っ黒に変わった方もいらっしゃるとか」


「うーん黒かあ……」


「なにも黒と決まったわけではありません、接する人間の内面によってその色は変化すると聞いております」


 なかなか奇天烈な話である。

 もしもいろんな人と過ごしたら、そのぶん色が混ざったりするのだろうか……

 だとすると、黒髪の『守り人』は相当多くの人たちと関わったのだろう。


「何はともあれ、まずは他の都市に教会を置いている信徒たちや、過激派とも話し合わなければならないでしょうね」


「では、それまではこのことは内密ということに……?」


「そうなるでしょうね、こちらの大聖堂の『守り人』様用のお部屋をお貸しいたしますので、そちらで生活していただければと思います」


「レイアも一緒でいい?」


「もちろんにございます『聖人』様用の部屋も確保してありますのでごゆるりとお過ごしくださいませ」


「では、しばらくこちらで厄介になります。ユーナ様のことも心配ですし」


 そういえば……何かを忘れている気がする。

 なんだったっけ、そもそも王都に来た理由が……

 うーんとえーと。

 そうだ!!


「この大聖堂に居るっていう守り人は?」


 途端に表情が硬直した教皇は一泊置いて、こう言った。


「彼女はここ三十年眠りつづけておられます」


 長大すぎるスケールに、ボクは混乱するばかりだった。

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