第3話神は言った、教会に向かえと

「冒険者のレイアだ、クエストから帰還した」


 レイアがそう告げて、ドッグタグを見せつけた。

 たったそれだけで、検問を担当していた兵士はすぐにボクたちを通した。

 こんなに怪しい黒ローブが隣にいるのに、そんなんでいいのだろうか?

 そう思ったボクは間違っていないだろう。

 

 レイアはこの王都でかなりの信頼を得ているらしい。

 彼女と話をしていた兵士たちは、その顔に羨望を浮かべていた。


「レイアって人気者なんだね!」


「ああ、ありがたいことにな。そんなことよりも、見ろ!ここが王都だ」


 レイアが腕を振り上げた。

 門を通り抜けたボクたちを出迎えたのは民衆の活気と、ほのかに香る香辛料のにおい、そして人々の幸せそうな生活風景だった。


 目のくらむようなそれに、ぱちぱちと瞬きをした。

 どや顔を披露しているレイアがなぜこんなにも自信げなのか、ボクには理解できた。

 どこを見ても、人々は笑顔だった。


 父親と母親、そしてその間に挟まっている子供。

 三人はニコニコと笑顔を浮かべていた。


 大通りを巡回する騎士たちと、彼らに食べ物を差し入れる屋台の人々。

 誇らしそうに仕事をする人たちと、彼らに柔和な笑顔を向ける日人々。


 詩を口ずさむ吟遊詩人と、その歌声に聞きほれる人たち。

 歌うことが大好きなのだと伝わるのびやかな歌声と、詩に共感する文化的な人たち。


「すごいね……これは……」


 ボクはその景色に見入っていた。

 豊かさを示す人々の笑顔はそこにあるだけで世界を癒し、己の職務を忠実に全うする人々は確かな規律をもたらし、詩は王都を彩っている


「む?どうして泣いているんだ、ユーナ殿?」


「……え?」


 自分の目のあたりを触ってみるともうびしょびしょになっていた。

 ポタリとこぼれ落ちた涙は顔を伝って地面にシミを作っていた。


「……泣いてないよ」


 なんだか恥ずかしくって、ボクにはそう誤魔化すことしかできなかった。


「ふーむ、何かあったら私に言うんだぞ!無理はしないように!」


 しきりに心配してくれるレイアの言葉が嬉しくって、気づけばボクは笑顔を浮かべていた。


「うん、ありがと、レイア」


「……」


 どうしてそこで顔を赤くするの!?


 ひとしきり落ち着いた後、ボクたちは教会へ向かうことになった。


「その教会?ってところに行けば他の守り人に会えるの?」


「いや、そういうわけではないんだが……まずは教会の役割を説明しよう!」


 そう言って、説明モードに入ってしまったレイアを止めるすべはない。

 ボクは諦めて、彼女の講義を受けることにした。


「教会は主に『守り人』様のお世話と人々へ加護を配ることをその役目としている組織だ」


「加護を……配る……?」


「ああ、そうだ」


「でも前に王様が直接加護を授かって、その後に国民に加護を配ることが多いって言ってなかったっけ?」


「お、よく憶えてるなユーナ殿」


「まだ聞いてから全然時間が経ってないからね、流石に憶えてるよ!!」


 なんだか馬鹿にされたような気がして、つい声を張り上げてしまった。

 少し恥ずかしくなったボクに、レイアは真剣な表情を向けた。


「ふむ、これはあまり公の場で話してはならないことなんだが、実は王から間接的にもたらされるものだけでは、まったく加護は足りていないんだ」


「ええ!?、そうなの?」


「やはり、広大すぎる国の隅々にまでその加護をもたらすのは人間には厳しいんだ」


 たしかに、国王たった一人で国の全てを網羅するのは難かしいだろう。

 だからこそ教会が、国とは別に加護を配っている……と。

 むむ、でもなんだか違和感があるな……


「それだと権力的に、教会の方が強くなっちゃうんじゃない?」


「いい質問だ、ユーナ殿。実際に国家を打倒して宗教国家を新興した地域もあると聞くぞ!」


「王国はよくそんな宗教の教会を置くことを許してるね……」


 まさに獅子身中の虫、というやつだろう。

 王都という国の腹の中に異分子を居座らせるなんて随分と大胆だな。

 そう疑問をこぼしたボクに対して、レイアはからっとした笑顔で言った。


「ふふ、そんなことはないぞ。なにせ派閥が違うからな」


「派閥?」

 

「ああ、『守り人』様を第一としている派閥を過激派、『守り人』様はたしかに大事だが、何よりも人類の生活を優先する派閥を穏健派、というんだ。そしてこの国にある教会はほとんどが穏健派のものだからな」


 ……なるほどね、穏健派は不要な争いを起そうとしないから、国家にとって都合がいい、ということなのだろう。

 逆に過激派は『守り人』を最優先に扱うために国家を揺らしかねない、ということだろう。

 なんだか数段賢くなったような気分だ。


「それで、今から向かう教会はどんなところなの?」


「この国で一番大きい教会、『大聖堂』、と呼ばれる場所だな!」


 やっぱり気になったことはレイアに尋ねるにかぎる。

 なんでもスラスラと答えてくれる。


「お忍びの『守り人』様の訪問だからな、間違いなく教皇様が出てくるだろう」


「教皇様って、一番偉い人?」


「ああ、ただし穏健派の中ではって前書きがつくがな……」


 偉い人に会うのか、なんだか緊張してきたな……

 こぶしを握ったり開いたりするボクをそのままに、レイアは声を上げた。


「ここが『大聖堂』だ」


 そういってまたもやどや顔を披露したレイアが見せてきたのは、確かに素晴らしい建築物だった。

 細部に至るまで作り込まれた彫刻のような壁が支える天井が、日の光に照らされて神々しく輝いていた。


「きれい……」


 さすがに今回は泣きはしなかったがそれでもその威容はひしひしと体に伝わってきた。


 《big》「うわああああ」《/big》


『大聖堂』の姿を眺めて、しみじみとしていると、その中から大声を上げる男が飛び出してきた。


「『聖人』様!『聖人』様だ!」


 大慌ての様子の男はレイアの周りをぴょんぴょんと飛び回った。

 かと思うと今度はレイアの顔をじっと覗き込んだ。


「レイア様じゃないか!まさかレイア様が『聖人』様に!?」


「いや、私は……」


「えらいこっちゃ!えらいこっちゃ!!」


 男は叫び声をあげて、そのまま『大聖堂』に帰っていった。


「嵐のような人だね……」


 レイアのことを知っているようだったが、どういう人物なのだろうか?

 慌ただしい彼を見て、ボクに言えるのはそれだけだった。


「ヒルズ司祭だな、冒険者組合との連絡役を請け負っている働き者だ」


「そういえば、聖人って?」


「いってなかったか?『守り人』様に直接加護を与えられた者はそう呼ばれてるんだ」


「へー、あれそのままにしといていいの?なんだか大事みたいだったけど」


「どのみち教皇様と会うことには変わりないからな、こっちの方が手っ取り早くていいだろう」


 そういって、二カっと笑って見せたレイアだったが、その後スルリと表情を真剣なものに変えた。


「さっさと『大聖堂』に入ってしまおう」


 大きな扉が大きく口を開いて、ボクたちを待っていた。

 ソワソワとしてしまうボクに対して、レイアはどこまでも堂々としていた。

 そうして『大聖堂』に踏み入ると、なんだかその中は空気がざわざわとしていた。


「まさか、レイア様が?」 

 

「ああ、『聖人』だって」


「何年ぶりだ?」


「ああ、おめでたい」


 口々に言葉を紡ぐ人々の口は、まるで止まることを忘れたオルゴールのように回り続けていた。


「お静かに」


 決して大きくない、けれど硬い響きを持ったそれが、ざわざわと音を立てる彼らにの口を閉じさせた。


「教皇様、本日はご報告に参りました」


「ええ、ヒルズ司祭から話は聞いています。奥の部屋で紅茶を準備させておりますよ」


 人々を一瞬で鎮め、レイアに丁寧に接する彼は六十を過ぎたくらいだろうか……?

 生えそろったシルバーヘアーと確かな意思が宿った瞳が、彼の積み重ねた時間の重みを感じさせた。

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