岩名理子@マイペース閲覧、更新

読み切り

最高傑作の小説が完成した。


 俺は保存ボタンを押下し、長い長いため息をついた。

それもそうだ、会社から帰って食事を早々に終えた後、ひたすらに執筆活動に専念していた。寝る間も惜しんでとはいわないが、社会人として譲れない貴重な睡眠時間を削ったのは本当だ。


 通勤電車の中やトイレの中もお風呂の中ですらも、ひたすらにこの小説のことを考え、設定やキャラクターを必死で考え込んだ。必死で起承転結を考えた。いままでいくつも小説を執筆してきたが、これほど面白いと思った小説はない。


 推敲するために、何度目かわからないほど俺自身によって読み返された文字を黙読する。どの文字も無駄がない。限りなく洗練されている。それは研ぎ澄まされた文章であり、どの文章も分節も地の文も互いに飾り合い、競い合い、せめぎ合うほどの魅力が詰まっている。控えめにいって最高だ、俺。


 カレンダーへと目を向ける。今日が締め切りだ、なんとか無事間に合った。とにかくコンテストに応募してみよう。これで、きっと俺の輝かしいデビューは確定したはずだ。

 コメント欄もすぐに絶賛の嵐で埋まるだろう。

そうして投稿しようとした瞬間、手が止まる。


 そうだ、タイトルだ。

肝心なのはタイトルであり、どの小説も漫画も映画ですらも、タイトルこそが始まりであり終わりである。そう思い、俺はようやく本編から目を離しタイトルを見返した。


「黒」


 なんだ、これは。

いや、この作品を書いたのは俺だから、このタイトルをつけたのは――つまり俺で、それは間違いはない。


だが、なんだこれは。


 適当につけたタイトルに頭を悩ませる。

そもそも、なんでこんなタイトルをつけたのか。そうだ、黒のキーワードがコンテストに必要な条件だからだ。だからって、タイトルにしなくても良かったのにな。


 いかに中身が優れた文章で彩られていようが、タイトルがつまらなければ何の意味もない。まさしくそれが、この作品ではないか?


 そもそも黒、ってだけの何も伝わらないタイトルの小説を一体だれが読むというんだ?どんなもの好きなんだろうか?


 それどころか、もっとひどいのは、キャラクターに黒要素が一切ないことだ。

せめて黒髪だとか漆黒の瞳だとか、常闇のなんとかだとか、そういう要素があるならばまだしも。いったい、なぜこの適当なタイトルを付けたんだろう、当時の俺をぶん殴って全力ツッコミしたい。


 そうして、俺は再び頭を悩ませる。

――ラノベ風に長くしてみるか?


「最高傑作の小説を書いた俺がラノベ界で無双する話~読書をしていたら世界の伝説になりました~」


 いや、ダメだ。なにか違う。なにより、そんな話じゃない。そんなことをすれば炎上待ったなしだ。無双どころか、お前それ夢想じゃねーか!とコメント欄が荒れるかもしれない。


冷静になれ、俺。


そしていったん、作品名を黒に戻そう。


「ちくしょう!小説はできているのに!タイトルが思い浮かばねぇ!」


 誰に聞かれるでもないのに、俺は部屋で一人絶叫する。

この傑作にふさわしいタイトルってなんだ?


 そうしているうちに、時間だけが過ぎていき、焦りが募る。

駄目だ、そんなことをいっている間にもコンテストの残り時間がもうあと残り5分しかない。


 とにかく無関係の「黒」以外ならなんでもいい。興味をひけば――読み進めれば、この作品が読者の興味をとてもひき、きっと面白いとわかってくれるはずだ。

キーボードを叩き、なんとかそれらしい文字を打っては消しを繰り返す。

どれも違う。


あと3分。

考えろ、考えるんだ、ここまで頑張ったんだ、ひねり出せ俺。


「面白い小説。読んでください」


 ダメすぎる、全く面白くないタイトルだ。というか、著者コメントじゃないか、そして何より黒よりもさらに酷いタイトルになってきた。

いい加減にしろ。

これよりかはマシだったかと作品名を再び黒に戻す。


あと1分だ。そうこうしている間に締め切りに間に合わなくなる。

いや、応募できないよりマシだ、そうに違いない。


本当にこんなタイトルで誰か、読んでくれるのだろうか――?


そんな、祈るような気持ちで、俺は残り数秒でようやく希代最高傑作の小説「黒」を投稿した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

岩名理子@マイペース閲覧、更新 @Caudimordax

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画