第5話 アナスタシアの孤軍奮闘

翌日、計画は決行された。

先触れを出さず、アナスタシアはボグワナ伯爵邸に押し掛ける。証拠を隠滅もしくは隠匿する暇を与えないために。


「レナルド様、アナスタシア王女殿下がお見えでございます」

「何! 先触れもなくか」


慌ててレナルドに報告する家令が「はい」と言い掛けた時、バーンと扉を開けてアナスタシアが登場した。


「レナルド、貴方に会いたくて来てしまったわ」


アナスタシアは、家令が「ここでお待ちください」と狼狽しながら言ったにも関わらず、こっそり後を追っていた。


(証拠を隠す隙を与えないわよ!)


「ごめんなさいね。突然、訪問してしまって」

「アナスタシア様」

「でも、どうしても会いたかったのよ」


きゅるんと目を潤ませて見つめてくるアナスタシアに、レナルドは心臓を鷲掴みされるような気がした。


「嬉しいです、アナスタシア様。僕も、お会いしたかった」

「うふふ、良かったわ」


笑みを浮かべた後、アナスタシアは周囲を見回す。


「ここがボグワナ伯爵邸なのね。貴方が生まれ育った屋敷が、どんな所なのか見てみたいわ。案内してくださる?」

「えぇ、もちろんです」


王女の登場に伯爵家の使用人達はオロオロするばかりだが、むしろアナスタシア達には好都合であった。奇襲をかければ勝機は高まると。


案内させたのは、屋敷内部を把握する意図があった。しかし、時間をかけてはいられないので、アナスタシアは足早に進む。


1階を案内し終えたレナルドはお茶でもと言い掛けるが、アナスタシアは聞こえない振りをして声を被せた。


「レナルドの部屋は、どこなの? 見てみたいわ。レナルドは良いセンスをしているものね」


妖美な笑みに、断るという選択肢をレナルドは消去してしまう。


「こちらです」


2階に案内される途中、アナスタシアは興味がある様子を装い「あの部屋は何?」「ここは何の部屋?」と一つ一つレナルドに尋ねた。


「その奥は?」

「あ、あぁ、あそこは父しか立ち入りの出来ない場所なのです。アナスタシア様をご案内したい気持ちはあるのですが、僕が父に怒られてしまいますので」

「あら、そうなの。では仕方ないわね」


僅かに動揺を見せたレナルドにアナスタシアは食い下がらず、あっさりと引いた。


(この奥が怪しいわね)


アナスタシアが目配せすると、同行していた騎士が小さく頷く。変装したフィルバートである。同行しているのは、フィルバートを含めた騎士4人と侍女2人。皆、探索の経験がある上に戦闘訓練を受けた者だった。


フッとアナスタシアは窓の外に視線を移し、レナルドの腕に手を添える。


「庭も綺麗ね。今日は良い天気だから、庭でお茶がしたいわ」

「あぁ、もちろんです。すぐに用意させましょう」

「ふふふっ。ありがとう、レナルド」


突然のアナスタシアの要望に使用人達はてんやわんやになるが、奥の部屋を見たいと強請られるよりマシだとレナルドは判断した。


レナルドは付き添っていた家令に指示を飛ばす。それを聞いていたアナスタシアは侍女の一人に視線を向けた。


「貴女も手伝いに行きなさい」

「かしこまりました」


侍女は一礼して家令の後に続く。これは、お茶に出される飲食物に毒等が混入されないか監視の為である。


そして見計らったように騎士の一人、フィルバートがアナスタシアに意見を述べた。


「アナスタシア様、外は警備の問題が」

「あら、それなら先に見回ればいいでしょう? レナルド、いいかしら。彼らがボグワナ伯爵邸内を自由に動き回っても」

「えぇ、もちろんです」


(よし、言質を取ったわ!)


もちろん、この確認は大義名分である。騎士達が邸内を隈なく探索する為の。そのために、あえて“屋敷”ではなく敷地全体を指す“邸”をアナスタシアは使った。


「貴方と、そこの2人も行きなさい」


アナスタシアが顎で指すと3人は頷き、その場から離れる。

こうして今、アナスタシアに付き添っているのは騎士1人と侍女1人になった。


(うわぁ、すげぇ。流れるように言質取ってるよ、アナスタシア様)


その残った騎士であるロイは、心の中で拍手を送る。


「アナスタシア様。よろしければ、お茶の準備が整うまで庭を散歩しませんか?」

「あら、素敵ね」


レナルドの提案に頷くアナスタシア。


アナスタシアがレナルドにエスコートされながら庭を散策している間に、お茶の用意が整ったので二人は並んで席に着いた。


出された紅茶や色とりどりの菓子をアナシタシアの侍女が毒見する。


「ごめんなさいね。王女という立場上、毒見をしなければならないのよ」

「えぇ、分かっております。僕も毒見をしましょうか? ほら」


レナルドは小さく齧ったマカロンをアナスタシアの口元へと差し出した。


(えぇぇっ! イヤイヤ! フィル以外と間接キスとか絶対イヤ!!)


背筋をゾワリと震わせたアナスタシアは心の中で全力抵抗を試みつつ、レナルドへは誤魔化すようにホホホッと笑った。


「大丈夫よ、レナルド。ほら、毒見は済んだわ」


侍女がサッと出した皿に、アナスタシアは心底安堵した。


(ナイスよ! ところで、まだなの?)


アナスタシアが見ると、侍女は小さく首を横に振る。

“まだ”だというジェスチャーに、アナスタシアは“仕方ない”と心中で項垂れた。


それから会話が途切れないように、アナスタシアは孤軍奮闘する。何度も紅茶をおかわりしたが、侍女が頷くことはなかった。皿に盛られていた菓子も残り少なくなり、そろそろお開きというムードが漂う。再度アナスタシアは侍女を窺うが、首は横に振られるだけだった。


(えぇ~、まだなの? どうしよう……こうなったら最終手段よ!)


「ねぇ、レナルド。わたくし、まだ一緒にいたいのだけど」


言いながら、レナルドの腕を人差し指でツーっとなぞる。そして耳元で囁いた。


「出来れば二人きりで」


その艶やかな声色に、レナルドの喉はゴクリと鳴る。


「えぇ、では屋敷に戻りましょう」


レナルドは、そそくさと立ち上がった。その様子を見ていたロイが、アナスタシアに耳打ちする。


「あぁ、そう。ねぇ、レナルド。最初に見た応接室がいいわ」

「え、応接室ですか?」


てっきり自室にと下心丸出しだったレナルドは、面食らった表情を浮かべる。


レナルドの邪な思考を察したロイは、適当な部屋をアナスタシアに伝えた。彼女の安全を確保しつつ、使用人達を遠ざけ、事が済み次第その場から立ち去りやすい場所、それが応接室だった。


「えぇ。あそこなら警備の問題がないから、侍女を1人残すだけでいいのですって。まぁ、実質二人きりね」


『二人きり』を強調され、レナルドは満更ではない表情を浮かべた。僅かに鼻の下が伸びている。



(おぉ、すげぇアナスタシア様)


日頃のフィルバートに対する甘えっぷりからは想像も出来ないアナスタシアの妖艶さに、ロイは純粋に感心した。と同時に


(これが演技で出来るって……女って怖ぇ)


ゾクリと震えた。そして


(この場にフィルバート様がいなくて良かった~。断罪劇の時のフィルバート様、殺気すごかったもんな~)


今の場面をフィルバートが見れば、激高してレナルドを殺してしまいそうだとロイは更に身体を震わせるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年9月21日 19:38
2024年9月22日 07:12

溺愛される末っ子王女の断罪劇 しろまり @shiromari74

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る