第2話 断罪劇の裏側
「これで良かったの?」
誰もいないはずの寝室に向かって言葉が投げられた。それに反応するように扉が開かれる。
「あぁ、完璧だよ。アナ」
薄暗い部屋から人影が一つ現れた。室内の明かりに照らされて、その人物が明らかになる。それはフィルバートだった。
「あ~ん、フィル。怖かったよ~!」
「うんうん、よしよし。よく頑張ったね、アナ」
先程までの高飛車で威圧的な雰囲気が消え失せたアナスタシアは、躊躇いなくフィルバートに抱きついた。それを受け止めると、笑みを浮かべたフィルバートは労うようにアナスタシアの頭を撫でる。
「あんな思ってもいない事を言うなんてイヤだったのに……お父様のバカ!」
「ふふふっ。でもアナ、とても上手に言えていたよ」
「本当? 私、上手く出来ていた?」
「あぁ、とても。アナは演技上手だね」
褒められたアナスタシアは照れくさそうに、フィルバートの胸に頬をすり寄せる。
実は先程の断罪劇は全て芝居だった。
レナルド、ひいてはボグワナ伯爵家が働いている悪事を暴くための。
ボグワナ伯爵は罪を犯していた。その報告を受けた国王は、落胆すると共に真偽を調査させる。しかし相手の守りが固く、なかなか尻尾を掴めずにいた。
そんな時、レナルドがアナスタシアに接触してくる。フィルバートが罪を犯しており、その証拠があると。それを知ったフィルバートは伯爵の魂胆を察し、今回の作戦を国王に提言した。上手くいけば証拠を手に入れる事が出来る上、早期解決の糸口になると。彼の思惑は、犯罪に関わった全員を一網打尽にすることであった。
フィルバートの計画を聞いた国王は、有力案だと作戦を承認した。かくして先程の断罪劇が開幕したのである。
国王に誤算があるとすれば、アナスタシアの不満の矛先が発案者ではなく承認者に向かっている事だろう。
「でも大丈夫? 本当に婚約破棄されてない? 私、イヤよ。フィルと婚約破棄だなんて」
「大丈夫だよ。万が一にもアナとの婚約が破棄されるような策を、僕が提案するわけないだろう? それに、あの場にいたのはボグワナ伯爵に関わりのある人間と、陛下が信頼を置く人間だけだからね。前者は投獄される未来が待っているだけだし、後者は事情を説明すれば理解するよ」
懸念を訴えるアナスタシア。その不安を払い落すように、フィルバートは優しく彼女の髪を梳いた。
「本当? 本当に?」
「アナは心配性だね。大丈夫だから、安心して」
本当に、先程までの強気な態度はどこへ行ったのか。此処にいるのはフィルバートに弱々しく甘えるアナスタシアだった。しかし、これが彼女の本来の姿である。断罪劇のアナスタシアはかなり作り込まれたもので、日頃は穏やかな性質だ。
ちなみにアナスタシアもフィルバートも、お互いに対してだけ一人称も口調も変わる。それは信頼の証でもあり、気を許した証拠でもあった。
「もう、お父様には沢山ご褒美をもらわないと!」
「ふふふっ。ほどほどにね」
「もう! フィルにも怒っているんだからね! あの人の悪事を暴いて捕まえる為とはいえ、こんな計画を提案するなんて!」
「ごめんね。でも、これしか有効な手がなくて」
「分かっているけど。もう二度としたくない」
「うんうん、ごめんね」
(さっきは精一杯、気を張っていたのだろう。たくさん甘やかしてあげないとね)
フィルバートはアナスタシアをソファに座らせると、彼女が満足するまで抱きしめ撫で続けた。
「さてと、そろそろ僕は行くよ」
「えっ、どこに?」
「貴族牢」
「えぇ、何で? 何でフィルが?」
「一応、僕は捕らえられた人間だからね。牢に居なくては、おかしいだろう?」
「別に、そこまでしなくてもいいじゃん」
「ダメダメ。ちゃんとしないと。嘘だってバレたら、さっきのアナの苦労は水の泡だよ?」
「うっ」
もう二度と御免だと言った手前、水の泡は避けたいアナスタシア。大変な思いをした上に、罪を暴くことも出来ずに失敗するのはイヤだと言葉を詰まらせた。
「気苦労もあっただろうし、疲れただろう? さぁ、おやすみ。僕の可愛いアナ、良い夢を」
「うぅ……分かった。おやすみ、フィルも良い夢を」
額にキスをされたアナスタシタはフィルバートをギュッと抱きしめると、名残惜しそうに離れた。
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