溺愛される末っ子王女の断罪劇

しろまり

第1話 断罪劇

ここは王宮。豪奢な装飾が施されたホールに人々が集まり、今宵も煌びやかな舞踏会が開かれている。その華やかな雰囲気にそぐわない事が今、始まろうとしていた。


「フィルバート・ダベンポート、この時を持って貴方との婚約を破棄するわ!」


声高らかに宣言したのは、この国の第二王女であるアナスタシタだった。上に姉1人・兄3人の彼女は、国王に甘やかされて育った末っ子王女である。


アナスタシアは、よく手入れされたブロンドヘアを華麗になびかせ、件くだんの婚約者、いや元婚約者を見下ろした。


「なっ! アナ、どういうことですか?」

「もう婚約者ではないのですから、馴れ馴れしく愛称で呼ばないでくれるかしら?」


狼狽えながら説明を求めているのが、たった今、婚約破棄を宣告されたフィルバートである。彼はダベンポート侯爵家の長男で、アナスタシアはフィルバートと結婚する事により降嫁が決まっていた。


「何故、婚約破棄など」

「あら、心当たりがないと言うの? 貴方が裏で何をしているのか、わたくし知っているのよ?」

「何の事ですか?」

「とぼけないで? 見苦しいわよ。まさか貴方が、そんな悪事に手を染めているとは知らなかったわ。ここにいるレナルドが教えてくれなかったら、わたくしは知らないまま愚かにも貴方と結婚してしまうところだった」


呼ばれてアナスタシアの背後から現れたのが、ボグワナ伯爵家の一人息子であるレナルド。


セミロングの茶髪を揺らしながら、彼はアナスタシアの横に堂々と立つ。


「なっ、レナルド。貴様……」

「フィルバート。お前の所為で、危うくアナスタシア様にまで害が及ぶところだったぞ」


フィルバートはレナルドを睨むが、当人は涼しい顔で受け流す。

それを満足げに見ながら、アナスタシアは大袈裟に頬へと手を当てた。


「フィルバート、貴方にはガッカリしたわ。長年、貴方を想ってきたというのに、この仕打ち。わたくし、悲しくて悲しくて……ねぇ、レナルド」

「はい、アナスタシア様」


先程までの高圧的な物言いから一転して、アナスタシアが甘えたように名を呼べば、レナルドは答えるように彼女の腰を抱いた。

その様子に周囲からは、ざわざわと騒めきが波のように広がる。


「わたくしの傷ついた心を癒してくれたのはレナルドなの。だからね、わたくしは宣言するわ。今ここに彼との新たな婚約を!」


一層大きな波がホールを包んだ。

その喧騒を掻き消すように、フィルバートが反論の声を上げる。


「アナ、いやアナスタシア様。俺は誓って悪事に手を染めてはいません」

「素直に認めれば、温情をかけても良いと思ったのだけど。ねぇ、わたくしも馬鹿ではないのよ。証拠もなく断罪などしないわ。そうでしょう、レナルド」

「えぇ、アナスタシア様。フィルバート、お前の悪行の数々の証拠は既に掴んでいる」

「そんな馬鹿な! 俺は罪など犯していない!」

「白々しいわね。衛兵、さっさと連れ出して」


フィルバートの主張を聞き入れることなく、アナスタシアは退場を命じる。


「アナスタシア様! お待ち下さい! 俺は決して」

「目障りよ! 早く連れて行きなさい!」


そして縋るフィルバートに容赦なく言い放った。


絶望一色に染まったフィルバートは、衛兵に連れ出されていく。そんな心情を反映するかのように、彼のプラチナブロンドの髪は精彩を欠いている。


かくして、物々しい雰囲気で舞踏会の幕は閉じた。


******


アナスタシアとレナルドは、彼女の自室で成功の余韻に浸っていた。


「ふふふっ。さっきの断罪劇は、とても愉快だったわ」

「そうですね。あぁ、これで僕はアナスタシア様の婚約者になれた」


口角を上げるアナスタシアの横で、レナルドは恍惚とした表情を浮かべた。


(これで、あのフィルバートも排除できたし、アナスタシア様との婚約も叶った。僕には、王女の伴侶という輝かしい未来が待っているんだ)


全て思い通りだとレナルドは笑みを深くする。


「ところでレナルド。本当に証拠があるのよね?」

「もちろんです」

「お父様達に見せて、フィルバートを処罰してもらわないと。早い方がいいわ」

「分かりました。明日、こちらへお持ちします」

「頼んだわよ。あぁ、少し疲れてしまったわ。そろそろ休むわね」

「そうですか、もう少しご一緒していたかったのですが……お疲れなら仕方ありませんね。お暇しましょう」


名残惜しそうにレナルドが部屋を後にすると、アナスタシアはフゥと一息つく。


「これで良かったの?」


一人になった部屋に、アナスタシアの声が静かに響いた。

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