四十一日目

 朝の七時、コンビニの休憩スペースで、桜と俺の二人でアイスを食べていた。

 学校では話しずらい話題について話したい時、こういう無料で居られる場所があるのは、田舎ぐらしの特権だと、ふと俺は思った。

 ちなみに、アイス代の七百円は、全部俺が出した。

 ……彼女のお願いで。

 なぜそうなったのか、ここまでの流れを、簡単に説明しようと思う。

 俺は昨日の夜、桜にメッセージでこんな風に送っていた。

「この前のデートの時のこと、何が悪かったか分からないけど、謝りたい。でも、謝るなら、何が悪かったか知ってからがいい。だから、なんで怒ったか、教えて欲しい」

 我ながら、自分勝手な文章だと思った。

 謝る本人が、自分がやった過ちに気づけないなんてことは、本来であればあってはならないのだろう。後々見返して、これはキレられても文句は言えないなと思ったりもした。

 だが、彼女の返信は、思ってもみないものだった。

「アイス奢ってくれたらいいよー。朝七時に運動公園のセブンね」

 俺は、アイスを奢る程度で済まそうとする彼女の意図があまりよく分からなかったが、あまり考えずに、言われた通りに動くことにした。

 今日の朝、約束通り休憩スペースで待っていると、時間ちょうどに桜は来た。

 彼女は朝練をサボって、わざわざこっちに来たのだと言った。そこまでする必要は無かったんじゃないかと思いつつ、俺は彼女とアイスコーナーへと向かった。

「そうそう、これこれ!」

 彼女がウキウキしながら指差したのは、「期間限定!」という札が置かれた、小さなカップアイスだった。

「昨日販売開始したんだけど、都内で売り切れ続出なんだって! 良かったー田舎で」

 値段はなんと、一個三百五十円もした。

「ヒロトくんも、おんなじのでいい?」

 俺はとっさに、自分の分は買わないと言いかけたが、すぐさま考えを改めた。

 彼女のおかげで、俺のわがままをアイスで済ましてくれたのだから、ここで追加のわがままを言うのは違うんじゃないか、と思ったのだ。

 そして、結局、同じアイスを二つ買うことになった。

 二つで七百円は、あまりにも痛い出費だったが、謝罪のためだと思って我慢した(実際、ちょっと食べてみたかったし……)。




 俺は、桜が怒って帰った日のことを、ほとんど覚えていなかった。

 昔から俺はそうなのだ。記憶力は良いはずなのに、どうでもいいと思ったことはすぐに忘れてしまうのだ。

 そこで、俺はメッセージを送ったあと、日記を見返してみた。

 先週の日曜日。六月七日。日記をつけ始めて、三十三日目。

「通り過ぎる時に、彼女はそう吐き捨てていった」

 ちらっと写った文章を見て、俺は、この日だ、と思った。

 俺は、その日を下から順に遡って読んでいった。

 そして――

「なんで桜が怒ったか、半分ぐらい、わかったかも」

 俺は、アイスを彼女より一足先に食べ終えて、ボソッと言ってみた。

 彼女は、アイスを口に運ぶ手を止めて、上目遣いでこちらを見た。

「生きたいかどうか、聞いたから?」

「…………」

 彼女は再び、溶けかけのアイスを食べ始め、そのまま無言で食べ終えた。

「まあ、半分だね」

 彼女は腕を組んで、少し偉そうに言った。

「そうだよ。私が怒ったのは、ヒロトくんが『生きたい?』って聞いてきたからだよ」

「でも、俺にはそれ以上、考えても分からなかった」

「……本当に、考えたのかなぁ?」

「ん? どういうこと?」

「なんでもない」

 最近、彼女と話していると、たまにこういうことになる。彼女が、俺の言ったことに対して、「本当かなぁ?」と疑いの目を向けてくることがあるのだ。

 そういう時、俺はいつも、正直に全部言って欲しい、と伝えたくなる。その方が、分かりやすくて助かるのに。

「あのさ」

 そう言って、桜は、こちらの目をじっと見て、真面目に話すぞという圧を送ってきた。

 俺はその話を、一文字たりともも聴き逃さまいと、黙って聴き続けた。

「人間って、何か言葉を発する時、無意識で言葉を制御してるんだって。まあ、考えてみればそうだよね。先生と話す時に、『敬語で喋んなきゃ』なんて、いちいち考えたりしないもんね。

 で、ヒロトくんが『生きたい?』って私に聞いてきた時、私はこう思ったの。もしかしたら、この人、死のうか迷ってるんじゃないかなって。だってそうでしょ? 日頃から生きたいか死にたいか考えてるような人じゃないと、あんな質問出てこないもん。

 私はそれに怒っちゃったの。

 なんか、傲慢だと思わない? 他の動物たちが生きるのに必死になってるのに、死にたいだなんて。失礼にも程があると思う。だから、死にたいだなんて言う人とは、ちょっと、関わりたくないかな。

 ……あっごめんね、なんか私ばっかり喋っちゃって。でも、これだけは言っておきたかったんだ」

 そこまで言って、彼女は突然席を立った。時計を見ると、もうすぐ八時になろうとしていた。

 俺が彼女の方に目線を戻すと、彼女のふたつのまなこは、死んだ魚のように真っ暗だった。

 目力だけで、殺されそうだった。

「ヒロトくんは、死にたいの?」

 それは、未だかつて無いほど、冷たい声だった。

 俺は、瞬間、悟った。

 答えを間違えれば、そこで彼女との関係は終わってしまう、と。

 俺は――

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