三十六日目
今日も、桜は学校に来なかった。
三日も風邪が長引くことなどありえないので、ほぼ百パーセントの確率でズル休みだろう。
昼休みになって、誰かが桜の席にドカッと座った音がした。
振り返ると、映画オタクだった。
「よう」
「……よう」
彼は目線をしきりに動かして、頑張って俺と目を合わせないようにしていた。
そして、なんて言い出したらいいのか分からなかったのだろうか。何か言おうと口を開いて、やっぱりやめる、をしきりに繰り返していた。
「なんだよ」
俺はその様子をじっと見つめていたが、あまりにも長かったので、試しに呼びかけてみた。声を掛けた拍子に目が合って、それと同時に彼はビックリしたように目を見開いた。
「…………桜さんとなんかあったのか?」
彼は腹をくくったのか、真剣そうな表情を取り戻した。そして、ビックリするほどストレートに、聞きたいことだけを聞いてきた。
俺は少しだけ、ガッカリした。
彼は俺と同じように、他人を気にしない人間だと思っていた。それなのに、他の
「あぁ、桜さんね……」
だが、コンマ数秒置いて、ある疑問が浮かんだ。
「……お前、なんで、
こいつと初めて関わったのは、桜と映画館に行った時にたまたま見られたから。
その時から、桜と俺の仲が良かったことは知っていたはず。にもかかわらず、彼は俺と桜の関係性を、これっぽっちも聞いてこなかった。
俺は彼に気づかれない程度に、静かに座り直した。
「なんでって、そりゃあ、友達の彼女が仮病使って休んでたら、ちょっとは気にするだろ」
「え」
俺は、驚きを隠せなかった。
まず、桜のことを「彼女」と呼んだこと。彼は、俺らが友達以上の関係だと察知すると、付き合っているのだと推測して、そして、俺が何か確信を持てるようなことを言った訳でもないのに、何の疑問も持たずに断定したのだろうか。
そして、桜の風邪を「仮病」だと断言したこと。これも、ただの推測にしては、確定しているように喋るのはおかしい。
俺は、何から聞けばいいか分からず、ただ口をパクパクすることしか出来なかった。
「ほら、今度はそっちが答える番。なんかあったのか?」
「あぁ…………ちょっと、ケンカになっちゃった感じ?」
言い終えてから、反射で自分の口を右手で塞いだ。
俺は、何を口走っているのだ。
「あー、ケンカかぁ……」
彼は考え込んでいた。
その表情を見て、俺は鳥肌が立った。
俺は、こいつという人間のことを舐めていたのだろうか。ただの映画好きの阿呆に、こんなに真剣な顔が出来るとは、昨日までの俺には到底考えられなかっただろう。
「あっちが怒ってきたでしょ。絶対」
「えっ、うん」
「だよなー。お前、怒るってたちじゃねえもんな」
彼はまた考え込み始めた。
何を考え込むことがそんなにあるのだろうか。俺には想像もつかなかった。
こいつも、頭が良いのだろうか。自分の興味の無い人間は名前すら覚えていないので、まずはじめに名前から聞かなければならないだろう。
「よしっ!」
突然、彼は勢い良く立ち上がった。椅子がガンッと後ろの机に当たった音がして、教室が少しだけ静かになった。
「お見舞いに行こう!」
そういえば、こいつ、誰かに似ているような気がした。けど、気のせいかも、いつもの思い過ごしかもしれない…………
「もちろん、おれとお前で!」
そんなことを考えているうちに、どうやら、俺はこいつとお見舞いに行くことになっていたらしかった。
放課後、帰ろうとする俺の腕をつかんで、桜の家へ無理矢理連れていかれた。
(続きは明日)
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