三十五日目

 桜は、昨日に引き続き、今日も学校を休んだ。先生は風邪だと言っていたが、ありきたり過ぎて仮病を疑いざるを得なかった。

 ゆうかにも特に何も聞かされていなかったらしく、昨日と同じように「桜からなんか聞いてないの?」と聞いてきた。もちろん何も聞かされていないので、俺は首を横に振ることしか出来なかった。

 それはそうと、二時限目に数学の小テストがあった。

 前回のようなひっかけ問題が無かったため、とても簡単だった。実際に先生が、

「満点とった人、手ぇ挙げてー」

と言った時に、俺を含めクラスのほとんどが手を挙げた。

 そのあと、解説が終わって、授業時間が残り十五分と中途半端だったので、残った時間で先生が、数学の雑学のような授業をし始めた。

「みんな、素数って知ってるよね」

 素数。1と自分以外で割り切れない数のこと。

 頭の中で、真っ先に定義が反芻された。

「3とか7とか、約数が1とそれ自身しかないやつのことを素数って呼ぶけど、じゃあ、その中でも、特別な素数があるのは知ってる?」

 俺は、首を少しかしげた。

 これがもし漫画とかだったら、頭の上に「?」マークが浮かんでいただろう。それぐらいわかりやすく、きょとんとしてしまった。

「例えば、2。これは、みんなが知っての通り…………」

 それから、黒板を使って先生は本格的に授業をし始めた。

 ノートに書いたやつを、日記にも簡単にまとめておこう。

 偶数の素数、2。

 無限にある素数の中で、唯一偶数の素数。

 レピュニット素数、11。

 レピュニット数(1だけを並べてできる数。1、11、111、etc……)の中で、素数のもの。ちなみに、11の次は1が十九個並んだやつなのだそう。現在11個見つかっていて、最大のレピュニット素数は、八百十七万もある。

 グロタンディーク素数。57。

 グロタンディークという、めちゃくちゃ頭の良かった数学者が、素数の例として57を挙げてしまって、それが話題になって特別に名前がつけられたのだそうだ。

 一通り説明し終えて、そこでちょうど、タイミング良くチャイムが鳴ったが、先生は「最後に一つだけ」と言って、授業を続行した。

「おっきい数を見て、簡単に素数か素数じゃないかを見分ける方法ってのは、実はまだ見つかってないんだ。だから、どんなに高性能なコンピューターでも、2で割れない、3で割れない、って、順番にしらみつぶししていくしかない」

 さっきの授業の内容とかけ離れ過ぎて、話のスジが見えてこなかった。

 だが、先生はそのまま真剣な表情で話を続けた。

「もし、一の位が0か5だったら五の倍数、みたいな感じで、素数の簡単な判別方法が見つかったら、どうなっちゃうと思う?」

 すでに何匹かの猿たちは教室から出て行っていたので、廊下がガヤガヤし始めたのとは対称的に、教室内はより一層静かになっていた。

「数学界で革命が起こる? とかそんなもんだと思ってるでしょ」

 先生がそこでわざとらしく間を空けたが、俺らは先生の次の言葉を素直に待っていた。

 すると、突然――

「少なくとも、世界中の人達のアカウントはセキュリティがぶっ壊れるから情報漏洩すると思う。なんでか知りたかったら放課後先生のとこ来て。それじゃおつかれー!」

「えっ」

 先生は早口で言葉をまくし立てて、そして言い終わるや否や、教室から足早に去っていってしまった。

 俺は、しばらくの間、呆然としていた。

 アカウントがぶっ壊れる?

 世界中で情報漏洩?

 スケールがデカすぎて、置いてけぼりを食らっていたのかもしれない。

 そんな俺を置いて、あっという間に教室内は普段通り、休み時間の賑やかな景色を取り戻していた。

「はぁ……」

 俺はそのことにようやく気づくと、こいつらには脳みそが無いのかと、呆れてため息をついた。

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