二十五日目

 家族で、水族館に行った。

 前回の家族旅行は、三月の上旬だったので、久しぶりに家族全員で出かけることになった。普段は父親の仕事が忙しいので、なかなか家族全員でどこかに旅行に行くといった機会がなかったのだ。

 車で三時間ほどかけて、わざわざ太平洋側の大きめの水族館まで行った。

 行く前までは知らなかったのだが、水族館のあとに魚市場やショッピングモールに寄るために、わざわざ遠くまで来たのだった。

 水族館に着いたのは、午前十時頃だった。

「この魚、美味しそう」

 母親は、ふっくらとした魚を見るたびに、美味しそうだと言った。

 魚がすべて食材に見えているのか知らないが、白身だとか赤身だとか、刺身が美味しいだとか、揚げた方が美味いだとか、とにかく魚料理のことばかり喋っていた。

 また、細身の珍しい魚や、小さい魚を見た時には、

「身がいっぱい詰まってる方がいい」

だとか、

「ちっちゃい小魚より、刺身とか寿司とかのネタになってるようなおっきい魚がいいなー」

だとか言って、雰囲気を台無しにしていた。

 一方、父親は、魚にそれほど興味が無いようだった。

 弟や妹が魚を見て、

「見て見て! 細長い!」

「下! 下! 下! デカイのいる!」

「これヒトデ? キモイ」

と感想を言っていったのに対して、父親は棒読みで「すごいね」と返すだけだった。

 それだけでなく、妹がカクレクマノミとナンヨウハギを見て、

「ファインディング・ニモだ!」

と父親に向かって言ったのに対して、「何それ?」と質問する始末だった。

 もはや、会話自体が成り立っていないようで、弟たちが可哀想になった。

 そんなこんなで、展示を一通り見終わったので、最後にイルカショーを観に行くことにした。




 あっという間だった。

 三十分のショーとは思えないほど、濃密な時間だった。

 まず、思ったよりも迫力があったこと。

 正直言って、想像の三倍はすごかった。

 ……うん、すごかった。

 イルカが飛んだ瞬間に写った、筋肉質な大きな体、フォームの美しさ、ジャンプの高さ、どれをとっても予想以上だった。

 どんなものか、テレビのCMやスマホの動画で何度回観たりして、事前に知っていたつもりだったが、そんなものとは比べ物にならなかった。

 さらに、それらをあやつる舞台上の人間たちも、俺の脳裏には強烈な印象を残していった。

 まるで手品を観ているようだった。

 エサをあげていた女性が飛び込んだかと思いきや、イルカの上で手を広げて一緒に泳ぎ始めたのだ。よく見たら、イルカの尾ひれを足でつかんで、うまくバランスを取っているようだった。

 一体、どれほど練習すれば、あれほどの一体感を生みだせるのだろうか。

 いや、練習しても、あんな動き出来る気がしない。

 多分、イルカとのコミュニケーションが必要なのだろう。

 舞台上にいた人間たちは、みなイルカたちと笑顔で会話しているようだった。

 すごいと思った。

 俺は人間とのコミュニケーションもおぼつかないのに、自分より大きい海の怪物を信頼して、対等な生物として扱うのは、俺には到底できそうに無かった。

 …………今、家で振り返ってみても、やっぱりすごいと思った。

 世の中には、面白いことがまだまだいっぱいあるのだろう。

 これからを生きるのが、もっと楽しみになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る