二十四日目

 俺は、変わってるのだろうか?

 てっきり、俺以外の人間が、悪い意味で変わってるのだと思っていた。

「うん。なんかこう、変わっているっていうか」

 昨日の桜の言葉が、頭から離れなかった。

 変わっている?

 それは、「普通じゃない」という意味なのだろうか。

 俺にとっては今までの全てが普通の日常で、普通の思考、普通の行動、普通の感覚なのに、なぜ他人から否定されなければならないのだろうか。

 怒りが込み上げてきた。

 許せない。

 それが、宮田桜という人間の、ただの一意見だったとしても、悪意が無かったとしても、許すことは出来ないと「俺」が言っていた。

 怒りが何も生まないということを、俺自身の脳みそは理解していた。生産性が下がって、正しい判断が出来なくなるのだと、何かで読んだことがあったから。

 でも、もう既に、頭に血が上ってしまって、怒りがグツグツと湧き上がっているような感じだった。

 この時にはもう、取り返しがつかなかったのだ。




 放課後、桜を校舎裏に呼び出した。

 誰にも聞かれない場所に行って、話がしたかったのだ。

「どうしたの?」

 彼女は少し遅れて来た。なぜか照れくさそうにぎこちなく現れて、それが余計に俺を腹立たせた。

「昨日、俺の事、『変わってる』って言ったよね? あれ、どういうこと?」

 早速俺は、本題に移った。

「それってさ、普通じゃないって意味だよね? どういう意図で言ったの? いい意味? 悪い意味? それとも――」

「ちょっと待ってちょっと待って」

 喋り続ける俺を、彼女が制した。

「質問さ、ひとつにしてくれない?」

「…………ごめん」

 彼女は、俺とは違ってすごく冷静だった。

 戸惑とまどってはいたものの、俺が怒っているということを察して受け入れていたし、それにどう対応しようかを考えているようだった。

 二人で黙っていると、遠くから、野球部の声が聞こえてきた。誰かが先輩に怒られているようだった。

「じゃあ――」

「まず」

 俺の声を遮って、彼女は腹を括ったように、勢い良く声を出した。

「ヒロトくんは、変わってる」

 まっすぐ見つめながら、彼女はそう言い放った。

「他の人たちとは、全然違う。努力してないのに頭が良くて、喜怒哀楽がほとんど無くて、ロボットみたいだって思ってるよ」

 彼女は、ストレートに、日頃から思っていたこと思い出しながら伝えているようだった。

「でも」

 目を合わせながら、俺は彼女の次の言葉を待った。

 時が止まっていたのだろうか?

 一瞬とも、永遠とも言えるような時間、俺らは見つめ合っていた。

「でも、ヒロトくんは、やさしいじゃん」

 …………?

「やさしい?」

「買い物に何も言わずに無理矢理連れてった時も、文句ひとつ言わずに付き合ってくれたし、なんなら服とかピアスとか、すんごい褒めてくれたじゃん」

 やさしいとは、

「どういうこと? やさしいって、何?」

「……プッ。アハハハハ」

 彼女は突然笑い出した。

 何が面白いのだろう。理解が出来ない。馬鹿にしてる? 頭がおかしくなった?

 色々なことを考えすぎて混乱して、いよいよ俺は、どんな顔をすればいいか分からなくなってしまった。

「ほんと、そういうとこ! 変わってるよねー」

 そんな俺を他所よそに、彼女はケタケタ笑っていた。

「さっ、帰ろっ!」

「…………」

 なんだかよく分からないうちに、俺の怒りも気がつけば収まっていて、彼女も笑顔になっていた。

 彼女の笑顔には、なにか特殊な力があるのだろうか?

 なぜか、彼女が笑うと、俺も笑みがこぼしてしまうのだ。

「ほーら、はやくはやく!」

 彼女が振り返ると、長い髪がなびいた。

 見ていた景色が、映画のワンシーンじゃないかと錯覚するほど、キレイだった。

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