二十三日目

 朝、俺が教室に入ったとともに、桜が大きな声で「ヒロトくん!」と名前を呼んだ。

 少し早めに登校していたので、クラスには数名しか居なかったが、それでも、視線が集まったことには変わりなかった。

 どうやら、彼女は俺の話を楽しみに待っていたらしかった。

 俺が席に着くなり、彼女は肩を叩いて、キラキラした目でこちらを見た。少女のようにワクワクしたその表情は、俺が話そうと思っていた内容と、驚くほど合っていなかった。

「鈴木麻里奈、さん」

 口を開くと、それ以外の言葉が思い浮かばなかった。

「ヒロトくんは、泣いてなかったよね」

「えっ?」

「葬式のとき……」

 確かに、母親の胸にうずくまって号泣したのを除けば、人前では泣いてなかった。

 それに比べて、周りの同級生はみんな、体の水分を全部出すような勢いで泣いていた。日頃やんちゃしていたり、俺の悪口を言ってきたりする奴らが、普通の子供のように泣いているのを見て、少し不思議な感じがしたのを今でも覚えている。

「いや、俺も泣いてたよ。一瞬だけ」

 俺は素直にそう答えた。

「えぇー! やっぱ、流石に悲しかったの?」

 やっぱ?

 流石に?

「よくわかんない。なんか、もう会えないって考えたら、死ぬってこういうことなのか、ってなってこわくなったのかも」

 これは嘘では無かった。実際、彼女は「死」がどんなものか、身をもって教えてくれたのだから。

 ただ、本当かどうかも分からなかった。

「あーなるほどね」

 俺は、彼女が何に納得して「なるほど」と言ったのか、よく分からなかった。自分自身ですら、全然納得していないというのに。

「なんか、ヒロトくんらしいね」

「らしい?」

「うん。なんかこう、変わっているっていうか」

 変わっている?

「そう?」

「そうだよ。だってそもそも、普通の人だったら、同級生が死んだ葬式で、笑ったりしないもん」

 俺は、なんのことだかさっぱりだった。

「え? そうだっけ?」

 俺は試しに、全力でとぼけてみた。

 確かに俺は、葬式でみんなが泣いているのを見て、思わず笑ったかもしれない。

 けど、これってそんなに、普通じゃないのだろうか?

「そーだよ」

 彼女は妙に神妙な顔をして、こちらの目を見つめてきた。

「けど、私は、変わってる方が好きかな」

 彼女はそう言って、恥ずかしそうに目を逸らした。

「ヒロトくんは、ずっとそのままでいてね」

 まるで独り言を言うかのように、彼女は呟いた。

 彼女の一連の行動を、俺は全く理解できなかった。

 けれども、いつか、理解出来るようになりたいと思った。

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