第2話

高2になりました。

坂口 武佐士(さかぐち むさし)です。

パン屋のカフェのバイトも少し慣れてきました。


そんなある朝、登校して、教室に入ると、

いつもと違うタダならぬ雰囲気。

どんなに鈍感なヤツでも、気付かないはずがないものだった。


クラスの女子の約半数、7、8人が1人の席を取り囲んでいる。

中心にいるのは、あの霞 晴子(かすみ はるこ)。

お通夜のように静かで、

よほど近づかないと内容が聞き取れないような、

か細い声の会話が聞こえる。

離れたところに、また別の女子の輪が。

そちらでも、外部には漏らさない小声の会話。


男子は蚊帳の外で、何事が起きたかと遠巻きにしていたが、

霞さんの顔を見て察しが付くヤツもいたようだ。

霞さんは、真っ赤に充血した目で、ヒクヒクと静かに泣いていた。

俺も確信した。先輩と何かあったな。


霞さんが3年の先輩と付き合っていることは、

クラスみんなの周知の事だった。

時折吐露する状況報告に、みんな微笑ましく思っていた。はず。

ただ、それを妬ましく思っている層もいたようで、

もう一つの女子の輪が、それを示していた。


いつもの霞さんは、

男女分け隔てなく輪に入ってくる陽キャ中の陽キャで、

言葉に裏表がなく、少々口は悪いが、

クラスのムードメーカーとして不可欠な人財、

なはず、とみんなから思われている、と、

少なくとも俺は思っていた。


が、もう一つの女子の輪が、そうでもないことを物語っていた。

ヤリマン、とか、ビッチ、とか、

そんなニュアンスの話が聞こえてきた。

それは、霞さんが中心にいる輪にも聞こえてしまったようで、


「あなたたちには心がないの!?

こんな時に変なこと言わないで!!」

1人の女子が叫ぶと、教室は完全に静まり返った。







クラスのお通夜状態は、その日1日続いた。

だが、最後の授業も終わり、みんなが帰り支度を始めたところ、

霞さんは声を上げた。


「みんな、帰る前にちょっと聞いて!」

いつも以上に力強い声。


まずは、騒ぎを起こしたお詫びから始まり、

もうすぐ春の体育祭があるから、

みんなでまとまって頑張りましょう宣言、と。


いつからクラス委員になったんだ!?

クラス委員は俺!と思ったら、心の中で苦笑の爆笑。


そして、最後に、新しい恋を探すぞ!宣言。


「うぉーーーーーー」

「うわーーーーーー」


それはもう、クラス中、大盛り上がりで、お通夜の打ち止めは大成功だった。


霞 晴子さん、本当に貴重な人財だ。






その日、体育祭に向けて、

クラス委員の全体会議があって、遅くなったので、

いつも一緒に帰宅するメンバーとは別に1人で帰路に着いた。

いつものメンバーは、浅野くんとまーくんと斉藤さんと、

そして霞さん。

たまたま方向が一緒だからと集まったメンバーだが、

どうやら馬が合うようで、固定メンバーとなっている。


いつもと同じ帰宅ルートで、

いつもと同じコンビニが見えてきた。

コンビニ前のベンチでは、霞さんが佇んでいた。


「今日はお疲れ様でした。」

ちょっと変な声掛けだったかな。

アルバイト始めてから、お疲れ様、が口癖のようになっている。


「ほんと、お疲れ様だよー。

私、頑張ったんだから。褒めて!褒めて!」


「うん、よくできました。

いつもの霞さんに戻ったね。」


「武佐士にも迷惑かけたよねー。

クソ男の話、いっぱい聞いてくれたもんね。

ほんと、時間の無駄だった。」


「でも、幸せそうな霞さんを見て、俺も幸せな気分になれたよ。

あの時間は確かにあったんだよ。

きっと反面教師的なことも含めて、

今回のことは、霞さんの糧になっていくんだね。

少女が大人になっていくための。」


「武佐士、何決め台詞決まったー、みたいな顔してるの!」


「過去は変えられないんだから、

これからどうしていくのか、考えよう。

きっと楽しいよ。」


「また決まったーとか思ってるでしょう、武佐士は。」


「決まった!」


ハハハハハハハハ!!


「そういえば、霞さんは、いつのまにか俺のこと、

武佐士、て下の名前で呼び捨てしてるでしょ。

許可した覚えがないんですけど。」


「嫌なの?

武佐士、ってかっこいい名前だから、

呼ぶ方も呼ばれる方もかっこいい方がいいでしょ!」


「まあ、いいけど。

なら、俺が、晴子っとか言い出したら、側から見てる人には、

恋人同士かと思われちゃうよ。」


「別にいいけど。私、苗字の、か・す・み、も下の名前っぽいから、

よく勘違いされるのよね。

だから、どっちでも好きな方で呼んで。」


「じゃあ、慣れ親しんだ、は・る・こ、で。

うちのおばあちゃん、はるこ、なんだ。

スプリングの春子。」


「やだぁ、春子おばあさまなの!

きっと、かわいいおばあさまなんでしょうね。」


「そだよ。」


急に霞さんの言葉が詰まって、目が潤んできた。

「ごめん、急に来ちゃった。」


「アイスでも食べる?

いちごアイス、好きでしょ。」


「ありがとう。

《あ、なんだか、水族館行きたい。》」


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