冬が寒くて 後編

 ◇◇◇


「伊緒、真理、眠いなら寝ていいぞ?」

「やだ……がんばる……」

「真理も……神社……いく……」


 大晦日の歌合戦を見つつ年越しを待っていた4人だが、

 双子は夢の中へと旅立ちそうになっていた。


「神社行かないで寝てていいんだぞ?」

「そうよ、無理しないでいいからね」


 双子は大晦日の夜に近所の神社で行われる、年越しの祭に行きたいと騒いでいたのである。

 祭と言っても田舎の小さな村社の年越祭である、氏子の人達が甘酒を振る舞いながら、古いお札等をお焚き上げして暖を取っているだけなのだが。


「だいじょうぶ……いく……」

「真理も……いく……」


 船を漕ぎながら、双子は頑なに神社へ行きたいようだ。


「おまもり……ほしい……」

「おさるさん……ほしい……」

「あぁ、お守りか。後でもらってきてあげるぞ?」


 双子は神社で貰えるお守りが欲しいようだ。

 年越祭では氏子の方が手作りした、新しい年の干支を模ったお守りを配布している。

 その話を星斗から聞いた2人は、どうしても欲しいと騒いでいたのだ。

 今もお守りの話をしながら、2人は来年の干支のさるの絵を描いている。

 眠気で謎の生物になってしまっているが。

 

「じぶんで……もらう……」

「真理も……」

「星斗さん、背負えばなんとかなるじゃ……」

「まぁ、そうだね。頑張るか」


 最悪、美夏と2人でおぶって行けば何とかなる。

 そう言われては頑張るしかない。

 ちなみに、ベビーカーは流石にもう無い。

 あっても乗れないだろうが。


「じゃあ、そろそろ準備して行こうか」

「いくー」

「おさるさんもらうー」

「2人ともちゃんと上着きて、寒いから風邪ひくよ」

「「はーい」」


 寝惚け眼だった双子も、いよいよ出かけるとなって目覚めたようだ。

 いそいそと真冬の真夜中に外出するための準備を始める双子。

 星斗と美夏も準備を整え4人真夜中のお出かけだ。

 真冬の澄み切った夜空の下、神社を目指して歩き出す4人。

 時折吹く夜風は、上州名物の赤城おろし。

 凍てつくように冷えた風の刃が頬を掠める。


「うう、寒い……」

「お父さん!はやくはやく!」

「お母さんも、いそいで!」

「2人とも元気ですね」

 

 先程まで夢の中へと旅立ちそうになっていたのは何処へやら。

 雲一つない星空の下、元気に走り回っている。

 その姿を後ろから見守る星斗と美夏。


「やっぱり冷えるなぁ、雪は降らなかったからいいけど……」

「雪が降ればいいのに」


 美夏が口を尖らせて文句を言っている。


「はは、伊緒と同じこと言ってる」

「ぶー、じゃあちょっと暖かさをください」

「ひっ!」


 美夏の冷えた手が星斗のポケットに滑り込み、星斗が必死に温めた手を握る。

 体温を奪われて小さな悲鳴をあげて逃げる星斗を、笑いながら追いかける美夏。


「おいかけっこ!伊緒もやる!」

「真理もー」

「お父さんを捕まえて、暖をとるのです!」


 氷点下に迫ろうかという寒空の下で、暖かな家族の笑い声が響き渡る。


 ◇◇◇


「ほい、駐在さんも飲むかい?」

「お、頂きます」

「奥さんもどうぞ」

「ありがとうございます」


 神社では氏子達が焚き火に当りながら、真夜中にやって来る参拝者を温かい甘酒でもてなしていた。

 遠くでは除夜の鐘が鳴り始めている。

 間もなく年越しの時間だ。

 甘酒を飲みながら星斗は辺りを見渡す。


(こんな田舎の神社でも、結構人が集まるもんだな……)


 普段歩いてる人もあまり見かけない田舎だが、祭等には何処からか人が集まる。

 伊緒と真理は焚き火に当りながら、消防団の青年と一緒に古いお札を火に投げ入れている。

 星斗は穏やかで賑やかなこの光景を、しみじみと眺めていた。


(来年も頑張るか!)


 星斗が一足早く来年の抱負を抱いていた時、辺りがざわつき始める。


「10、9、8、7、6……」


 手伝いに来ていた若い衆が、カウントダウンを始めた。


「「3!2!1!0!あけましておめでとうございます!!」」

 

 伊緒と真理が大きな声で、新年の挨拶を告げた。

 双子の挨拶を皮切りに集まった人達が新年の挨拶を始める。


「伊緒、真理、御参りしようか」


 一通り知り合いと挨拶し終えた星斗は、双子に声をかける。

 2人は走って両親の下へと駆け寄って来た。


「さ、お詣りしましょう」

「伊緒しってるよ!手をたたくんでしょ!」

「かねをガラガラならすんだよ!」

「そうだな、ちゃんと2回お辞儀してから、手を2回叩くんだ。一緒にやってみようか」


 お賽銭を投げ入れ、真理が鈴をカラカラと鳴らす。

 伊緒と真理は星斗の動きに倣って、二拝二拍手して目を瞑って何やら一生懸命にお願いをしている。

 美夏もその横でしっかりとお祈りしているようだ。

 皆で一拝して社の前を離れる。

 

「はい、参拝のお礼にどうぞ」

「やった!」

「おさるさん!」


 双子は氏子から手作りのお守りを貰う。

 伊緒は握りしめて振り回して、真理は大事そうに手のひらの上に乗せた眺めている。


「ありがとうございます。大変でしょう毎年だと」

「まあね、でもこんだけ喜んでもらえるなら、やり甲斐があるってもんだね」

「お疲れ様です」

「そうだ、そのお守りは今は何の願いも込められてないから、自分でお願い事を込めてな」

「へぇ、そうなんですね」


 氏子の話を聞いて、双子は早速何やら願い事を込め始める。

 眉間に皺を寄せ、硬く目を瞑って願掛けしているようだ。


「できた!」

「真理も!」


 双子は元気よく手を上げる。願い事は無事に込められたようだ。


「何お願いしたんだ?」

「もっと強くなりたい!ししょうに勝つ!」

「ガンバレー、ユメハオオキイホウガイゾ」


 星斗は遠い目をしながら伊緒にエールを送る。

 

「……真理は、ひかるさんとあそびたい……」

「じゃあ明日にでもお父さんに、光君を呼んで貰おっか?」

「うん!」


 正月早々に、星斗の親友を勝手に呼び出そうとする美夏。

 早速願い事が叶うと分かって満面の笑みの娘を見て、美夏は満足そうに微笑む。

 神社を後にして、帰宅の途に着く4人。

 

「うおぉぉぉ!ガンバルぞー!!」

「やったー!ひかるさんくるって!」


 興奮冷めやらぬ双子はそのまま走り出し、駐在所まで一直線で帰ろうとする。


「おい!家帰るなら鍵持ってけ!」

「「はーい」」


 走り、戻ってきた双子は星斗の手から家の鍵をひったくり、あっという間に走っていってしまう。

 星斗は双子見送りながら、ゆっくりと美夏の歩幅に歩調を合わせる。


「手、寒い?」

「そうですね、大分冷えましたね」


 星斗は無言で美夏の左手を握り、自身のコートのポケットへとお招きする。


「……暖かいですね」

「俺は温さを奪われてるけどね」

「もうちょっと、奪っていいですか?」

「……どうぞ」

「冬が寒くて良かったですね」


 落ち葉がカサカサと地面を舞い、木枯らしとオーケストラを奏でる。

 何時までも変わらない時間を願いながら、2人は家路へと歩く。


 ◇◇◇


「ただいま」


 美夏は玄関の扉を開き、子供達に遅れて帰宅した。

 玄関の鍵は開いており、部屋の電気は点いているが子供達の返事がない。

 美夏に続いて星斗も玄関を上がりながら双子に声をかける。


「2人とも、お帰りなさいくらい言い――」


 星斗の言葉を言い切る事なくは無く、美夏の"静かに"と言うジェスチャーで言葉を切る。

 ゆっくりと居間の中を覗き込むと、そこには寝顔が2つ。


「電池切れみたいですね」

「よく保った方だけどね」


 2人で向かい合いながら寝ている子供達を見て、星斗と美夏は静かに笑い合う。


「しょうがない、運ぶかぁ」

「じゃあ、上着脱がせますね……ぁ……ふふ」


 美夏は双子の着たままの上着を脱がせようとしゃがみ込んで、2人の手に握られた物を見て思わず笑ってしまう。


「星斗さん。これ、見てください」

「ん?……あぁ、大事な物だからな」


 双子の手には猿のお守りが大事そうに握られていた。

 その様子を目を細めて見つめる星斗と美夏。

 

「よっこらせっと……デカくなったな……」

「もう、私じゃ、大分、キツイ、です……」

「無理しなくていいよ?あとで運ぶから」

「いえ、いけ、ます……」


 星斗が伊緒を抱っこし、美夏は真理を抱え上げる。

 小学1年生とはいえ、もう幼児とは言えない年齢だ。

 軽く抱き上げていた赤子の頃とは訳が違う。

 子供達の成長を嬉しく思う反面、自分の手で抱き上げられるのもあと僅かと思うと、寂しくもある。


「あと何年、こうしてられるかな」

「私は、もう、無理そう、です」

「はは、俺は暫く大丈夫かな」


 双子を子供部屋のベッドに寝かせ、布団を掛けて一息つく。

 美夏は息を整えながら腰を叩いている。

 星斗はポケットから自身貰った猿のお守りを取り出し、願いを込める。

 

「今年も家族みんなにとって、良い年でありますように」

「あ、ずるいです。私も……えっと……家族みんなが健康でありますように」


 それぞれの願いを込めて、お守りを握りしめる2人。


「さて、うちらも寝るか」

「そうですね――おやすみなさい」

 

 ゆっくりと子供部屋の扉が閉められる。

 深々と冷えた大晦日の夜が更けていく。

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