第10ー1話 遠雷

 校舎に向かって歩く耶蘇光やそひかる賀茂実道かもさねみち

 

「光さん!気を付けて!」

「危なくなったら直ぐに引き返してください」

「加茂先生、光さんを頼みます」


 仁代真理じんだいまり躬羽玲みはねれい仁代伊緒じんだいいおのそれぞれの声が2人に届く。


「伊緒くん……何でそうなるかな……」

「耶蘇先生、行きますよ」

「あ、はい」


 伊緒の声に反応しかけた光。賀茂は「早く行くぞ」とばかりに声をかける。


「耶蘇先生、まずは職員室から119通報を入れましょう。それから校内の検索です」

「そうですね。ではまず、職員室に向かいましょうか」

 

 2人は正面の昇降口から校舎内へと入り、まずは2階の職員室を目指す。

 第一優先でやらなければならないのは外部との接触。

 110番通報なり119通報なりして外部に救助要請をすること。


「連絡さえついたらあとは校内の捜索です」

「ええ、まずは何とかして外部と連絡をとりましょう」

 

 まずは救助要請と自身の携帯電話機の確保を目指す。

 そして校内を検索し、他に生き残っている者がいるかどうかの確認。

 目標を確認した2人は翠色の霊子が溢れる廊下を駆け抜け、校舎の端に位置する職員室を目指す。

 教室の出入り口や窓からは霊樹の枝葉が廊下へと伸び、翠色の霊子を吐き出している。


「なんか、さっきより伸びてないですか?」

「ええ、成長してますね……」

「何が何だか……この翠色の光も……」

「恐らく、あの声が言っていた“霊子”とかいうものなんでしょう。そしてこの木が霊樹。霊子と霊樹が何だかは分かりませんが……」


 光の疑問は賀茂も感じていたらしく、あの時意識が途切れそうになりながら聞いた謎の声を思い出しながら答える。

 賀茂とて何が起きたかは分からないが、あの時の謎の声が言っていた情報から推察できることはある。


(恐らく、人間を変化させたものなんだろうが……全員ではない。まだ生き残りがいる可能性はある。チッ、禄でもないことを……)


 加茂は日常が壊され、こんな謎の世界に放り出されたことを声を出さずに毒づく。表情は険しく、眉間に皺を寄せている。

 その後ろを光が追従していく。光もまた改めて見るこの惨状に押し黙り、子供2人を預かっている親友のことを心配していた。


(他のみんなは無事だろうか……こんなことが起きたのはここだけなのか、それとも……星斗のやつは無事かな……)

 

 各々思考を巡らせながら職員室の前まで辿り着く。

 加茂は職員室の扉の窓から室内を確認する。


「」


 辺り一面は霊子の翠色の光で溢れており、授業がなく残っていた教師が座っていた場所から霊樹が生えているのが見て取れた。


「これは……厳しそうですね。耶蘇先生、行きますよ」

「ええ、お願いします」


 加茂が扉の取手に指をかけ、そっと扉を引いて2人は中の様子を伺うが何かが動く気配も、息遣いも感じられない。


「中に入ってみましょう。私は119番通報をしてみますので、耶蘇先生は生存者の確認をお願いします」

「了解です。行きましょう」

 

 2人は職員室の中へと足を踏み入れる。

 加茂は近くの電話の受話器を上げ、119番通報をかける。

 その後ろを光が通り過ぎながら職員室へと張り込み。

 残っていた同僚を確認していく。


「荒木先生に宮下先生……教頭先生も……」


 授業中であったこともあり、そこまで残っている教師は多くない。光は霊樹の枝を掻き分けながら生存者が居ないか確認していく。


「誰も居ないのか……」


 誰も生存者が居ない事に焦りを覚えながら、光は自身の席に辿り着く。


「そうだ……携帯は回収しておかないと……」


 そう呟き、スマートフォンを充電していた机の上に手を伸ばそうとして、光の手が止まる。


「鈴木先生……」


 光の仕事机は、半分以上隣の席の鈴木教諭と思われる霊樹がもたれ掛かる様に乗っており、光のスマートフォンはその霊樹に押しつぶされ、埋もれていた。


「っく!これは、取れないな……」


 スマートフォンは半分以上埋もれており、思い切り引っ張ってみたがびくともしない。

 まだ電波は受信しているようだが、これでは光のスマートフォンからは連絡を取ることができなくなってしまった。

 

「仕方がない、取り合えず加茂先生の携帯だけ回収して職員室の生存確認をしてしまうか」


 光は自身のスマートフォンによる外部への連絡を諦め、隣の加茂の机の上に置かれたスマートフォンを回収し、生存確認を急ぐことにする。

 一方その頃、加茂は一向に繋がらない電話の呼び出し音に苛立ちを募らせていた。


(119番通報も、110番通報もコールはするものの繋がらない!くそっ!どうなってるんだ!)

 

 加茂はコール音だけが響く受話器を持ったまま声を上げる。


「耶蘇先生!119番も110番も繋がらない!誰か生きてる人はいますか!?」

「ダメです!今のところ誰もいません!校長先生もダメでした!」

「ッチ!一旦集まりましょう!この後の方針を決めたい!」

「了解です!今行きます!」


 お互いの姿が見えないため大声で叫びながら会話する2人。

 ガサガサと枝を掻き分けて光は賀茂の所まで戻ってくる。


「加茂先生、職員室には誰も生き残っていませんね。電話は繋がりませんか?」

「ええ、残念ながら何処にも繋がりません。携帯電話は回収できましたか?」

「僕の携帯は鈴木先生に取り込まれてしまって回収できませんでした。加茂先生の携帯は回収できましたので……どうぞ」


 光はポケットから加茂のスマートフォンを取り出して手渡す。

 加茂はお礼を言いながらスマートフォンを受け取り、電波状況を確認する。


「電波はあるようですね……」


 そう言いながら着信とメッセージの受信を確かめるが、1件もないようだ。

 ニュースを扱うアプリを立ち上げ、最新のニュースを更新するも、現状を知らせるようなものは何もない。


「ッチ……何も分からない、と言うことだけが把握できただけですね」


 一瞬覗いた加茂の苛立ちも、次の瞬間には取り繕われていた。そのまま加茂は話を続ける。

 

「仕方がありません、このまま各教室の確認をしていきましょう。私は北側校舎を確認しに行きます、耶蘇先生はここ、南側校舎をお願いします」

「あ、はい、分かりました」


 光も加茂の普段見せない表情と態度に驚きを隠せず、返事が遅れてしまう。


(1人になってもいいのかな……いやでも……そんなこと言ってる暇もないか……)


 本来であればこのような非常事態、更には何が起こっているか分からない状況で単独行動をするのは危険行為だ。だが、動揺した光はそのことに気が回る前に了承してしまう。

 

「では行きましょうか……と、連絡が取れないのも不便ですね……」


 そう言うと、加茂は教頭が座っていた机に近付いていく。

 そこには1本の霊樹が生えており周囲にスーツの残骸や眼鏡が転がっており、賀茂は机の上や周囲を何やら探し始める。


「あぁ、ありました」


 賀茂は教頭だった霊樹の根本にしゃがみ込み、転がっていた1台の携帯電話機を拾い上げる。

 古い2つ折りの携帯電話機を開き、壊れていない事を確認する。


「それは……教頭先生の公用携帯ですか」

「えぇ、これなら連絡を取ることができるでしょう。渡しておきます」

 

 賀茂はネックストラップが千切れ、使い古された携帯電話機を光へと渡す。


「教員みんなの連絡先は入っているはずです、一応確認してみてください。電話が使えるうちはこれで連絡をとりましょう」

「分かりました……あ、賀茂先生の連絡先もちゃんと入ってますね」

「では二手に分かれて生存者の確認を行いましょう」

「ええ、何かありましたら連絡しますので」

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