第7ー2話 2人乗り

(お母さんの記憶で見せてもらったバイクと違う……色んな種類があるのかな?)


 亜依が見たバイクは、美夏が星斗の私物のバイクに2人乗りし、出かけた時の記憶だろう。仕事の時のバイクは見せていなかったのかもしれない。


「お父さん、これこうやって被るんだよね?」


 亜依は荷箱の中に入っていたヘルメットを取り出し、被って見せる。

 警察章の付いたハーフキャップ型の目の部分だけを覆うバイザーの付いたヘルメット。小学校中学年程度の体格の亜依には些か大きく、亜依が動くたびにグラグラと揺れている。

 楽しそうにクルクル回ったり、揺れている亜依を見て星斗は考え事を止めて答える。


「――ん、ああそうだな。流石にブカブカになっちゃうけど……ちょっとじっとしてろ……」


 星斗は亜依を真っ直ぐに立たせると、ヘルメットを真っ直ぐに被せ直し、顎紐あごひもをD管に通してキュッと締める。


「あっ!ちゃんと被れた!」


 亜依が喜んではしゃぎ回る。ヘルメットは脱げはしないが、まだ少しグラグラと揺れている。大人用のヘルメットを被っているのだから仕方がないが、被らないよりはいいだろう。

 星斗も交通違反については諦めが付いたのか、荷箱から制服のワイシャツと防刃衣ぼうじんいを取り出して、着装していく。

 腰の物拳銃帯革たいかくごと装備しっぱなしである。残りの装備である無線機の肩ひもとマイクを左肩に取り付けてグローブをし、準備を整える。星斗はカブのハンドルを持ってサイドスタンドを上げ、センタースタンドを下してバイクを持ち上げて駐輪する。そして使ったことの無い、両サイドのタンデムステップを出していく。


「亜依、シートに座れるか?」


 星斗は亜依を呼び、カブのシートに座るよう促す。


「あたしが座っちゃうとお父さん座れないよ?」

「大丈夫大丈夫、何とかするから。取り合えず座ってみてくれ。お父さんが手伝うから」

「うん……」


 亜依が恐る恐るバイクに跨ろうとするが、流石に身長が足りない。ステップに片足を乗せて何とか跨ろうとするも、バイクがグラグラと揺れで怖がって跨ることができない。


 「ん~……難しい……」

 「じゃあ、お父さんが乗せてあげよう」


 そう言って正面から亜依の両脇に両手を差し入れ、ヒョイっと持ち上げる星斗。


「わっ!わっ!」

「暴れるなよ。このままゆっくり下すからハンドル握ってみてくれ」

 

 亜依はシートに下され、慌ててハンドルのグリップを握る。

 

「何とか座れたな……」

「凄い!凄い!初めてバイク乗った!」


 亜依は興奮しながら星斗を見て、嬉しそうにハンドルを握る。

 星斗はそんな亜依を見ながら、折角出したサイドステップが位置的に全く役に立っていない事に気が付く。


「亜依、足をそこのステップに乗せられるか?」


 足の後方に位置してしまったサイドステップを指さしながら、一応亜依にサイドステップが使えるか確認する。


「これに足乗せるの?」


 亜依は指示された場所に足を乗せようとするが、つま先がようやっと届くだけで、やはりステップの意味を成していなかった。


「お父さん、無理」

「あぁ、やっぱり駄目か……ちょっと危ないけど、このまま行くか」


 星斗もサイドステップを使わせるのを諦め、取り合えず高校へと向かうことにする。


「スタンド下すから、ハンドルしっかり握っとくんだぞ」

「!。分かった!」

「せーの!」

 

 グリップを握る亜依の小さな手の上から星斗がグリップとブレーキを握り、勢いをつけて車体を前に押しす。

 ガタン、と音を立ててセンタースタンドが上がる。


「亜依、運転するからハンドルから手を放してお父さんに捕まってくれるか?」

「うん、分かった」


 星斗は手を緩めると、亜衣はグリップから手を放し、星斗の腰に腕を回してしがみ付く。

 星斗もそのままカブに跨り、シートの先端部分に座る。

 殆ど座れていないが、ギリギリで座っている。体の小さな亜依と一緒だからできる乗り方だろう。それでも長距離、長時間は無理だろうが。


「――っく、流石に体勢がきついな……高校までだから何とかするしかないな……」

「お父さん大丈夫?辛くない?」

「――っだい、じょう、ぶ!出発するから!しっかり掴まってるんだぞ!」


 星斗は左足のつま先でシフトペダル押し込み、ギアを1速へと入れる。

 

 ガチャンとギアが切り替わる音がする。

 自動遠心クラッチのためクラッチレバーは無く、1速に居れた状態でもクラッチを切る必要がなく、エンストもしない。


 右手でスロットルを回すと軽快な排気音が響く。

 車体を加速させる。すぐに右手のスロットルを戻し、もう一度左足でシフトペダルを前に踏み込む。

 ギアが2速に入りスロットルを回す。

 カブは通常のバイク違い左足の操作だけでギアチェンジが可能である。さらに通常1速以外はつま先でシフトペダルを持ち上げる動作を行う必要があるが、つま先を押し込み続けることでギアチェンジが可能となっている。

 またロータリー式変速機構により、ニュートラル(N)から1速、2速、3速、4速そして停車時にはニュートラル(N)へと変化し続ける。その際、シーソーペダルにより、かかとで後ろのシフトペダルを踏む事で、シフトダウンすることが可能になっているのだ。

 3速、4速とギアを上げていき、車体はグングンと加速していく。110ccと排気量の小さなバイクだが、優秀なバイクであり元々2人乗りも考慮されているため亜依1人増えても問題なく加速していく。


「――亜依!大丈夫か!?」


 星斗はノーヘル状態でバイクを公道を運転している事に違和感を感じながらも、亜依に問題ないか尋ねる。

 

「大丈夫!!」

 

 エンジン音と風切り音で声は大きくなるが、亜依は問題ないと答える。

 亜依は星斗の身体に腕を回してしかとしがみつく。

 コツリとヘルメットを星斗の背中に当てる。

 星斗も亜依がしっかりと掴まっている事を再確認し、更にスロットルを回す。


 「一気に行くぞ!待ってろよ、伊緒!真理!玲ちゃん!あとついでに光おじさん!!」


 希望を求め、一路深山高校を目指す。

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