第7ー1話 2人乗り
「これからの予定を発表します」
「はい!」
決意を新たに、
「まずこのまま
「高校は知っているよ!お母さんが話してくれた!伊緒お兄ちゃんと真理お姉ちゃんが勉強してる所でしょ!」
「おお!よく知ってるな、その通りだ。お母さんから教わったこと、ちゃんと覚えてて偉いな」
「えへへ、他にもお隣の玲お姉ちゃんとそのお母さんの珠代さん。あとお父さんとお母さんのお友達の光おじさん!」
「はっは!
星斗は笑いながら、光に対して”おじさん”と言うことを勧めておく。
(光のいい顔が見られそうだ)
まだ生存確認もできていない親友に対して、さも生きていて当然のように考える星斗。
そんな事を考えられる位の余裕はできたのだろう。
(それよりも……)
星斗は亜依が思った以上に、こちらの状況を理解している事に感心していた。これも美夏の教育の賜物なのだろう。今はまだ会えぬ妻に、心の中で感謝を伝える。
星斗は亜依の知識と受け答えから、高校生の双子と話しているように思ってしまった。だが、ふと本当の年齢について考える。
そもそも亜依の年齢は、何歳だろうかと考える。
初めのうちのたどたどしい話し方から比べると、今は随分としっかりとした話し方になっている。
だからこそ、星斗も伊緒や真理と話しをするように会話してしまったのだが。
亜依は3年前に生まれることなく、この世を去ってしまった。であれば、現在3歳という事になる。しかし、目の前に居る亜衣はどう見ても、小学校中学年位の少女になっている。
身体の元の持ち主である亜衣自身も、小学校入学前の未就学児のはずだ。
(亜衣の成長が肉体だけでなく、精神や知能も成長させたのか?)
星斗は随分と聡明に成長した娘を見ながら、そんなことを思う。
(亜依の言っていた”向こう側”ってのも気になるしな……だが、今はやるべき事をやろう)
答えの出ない事とは言え、気になって頭の片隅から離れない。後々に考えるべき事として、一旦これらの思考を脇に避ける。
「じゃあバイクに乗って出発しようか、カブに2人乗れるかな……」
星斗は頭をかきながら、バイクを停めた神社の入り口を目指して歩き出す。その横を亜依が付いて歩き、親子は並んで歩みを進める。
母親の遺体を運ぶ時は、周りを見ている余裕も無かった。亜依は改めて周囲の景色を、キョロキョロと見渡す。自分の目で青い空を見て、吹き抜ける風を感じ、硬いアスファルトを踏みしめる。
きっと今までにない感覚なのだろう、この世界そのものが珍しくて仕方がないのだ。
暫くそんな亜依の動きを見ながら、星斗は亜依の歩調に合わせてゆっくりと歩く。そこで亜依が星斗の事を、チラチラと見ている事に気が付いた。
何やら言いたげな表情。何処か所在無さげな右手が、亜依の胸の前と体の横を行ったり来たりしている。
「どうしたんだ?何かあったか?」
「えっ、あ、大丈夫……」
亜依が慌てて右手を引っ込め、顔を逸らす。星斗は何だか懐かしい気持ちになりながら、亜依の右手を握り、手を繋ぐ。
「あ、お父さん……」
「いいからいいから。さっ、行くぞ」
亜依は気恥ずかしそうにしながらも、嬉しさで頬を緩ませ、星斗の手を握り返す。
星斗も自然と笑みを浮かべ、2人で来た道を戻っていく。
(本当に……お父さんだ……)
亜依は星斗の大きくゴツゴツした手を握りながら、そんなことを考えていた。
母親の美夏から父親の星斗の事について、色々と話を聴いてきた亜依。だが、実際に出会ったの今日であり、ましてや肉体を得たのはつい先程である。
両親に甘える憧れはあるものの、どう甘えていいものか分からない。また、実年齢よりも成長してしまったが故に、気恥ずかしさや申し訳なさが生まれてしまい、なかなか一歩が踏み出せないでいた。
そんな亜依の心の中を分かったかの様に、星斗は迷える小さな手を握ってくれた。
亜衣にはそれが、堪らなく嬉しかった。
(お母さんが言ってた通りだ!お父さんは優しくて、格好いい!!)
亜衣はにこにこしながら、手を繋いで歩いている。星斗それを見ながら、嬉しい気持ちとホッとした気持ちが入り混じった、複雑な感情に晒されていた。
(本当に、亜衣なんだな……)
星斗もまた、亜依の存在を噛みしめていた。
亜衣の行動が、何時かの双子のそれと同じであった事も、亜衣を自分の娘だと強く認識させてくれるものであった。それは懐かしく、見慣れた光景。それでいて、もう見る事は無いと思っていた景色。
亜衣を娘として認識しているが、それでもまだ出会って数時間。まだぎこちなく、自分の感情と認識が一致しない。
それでも”自分の娘”だと、改めて認識させてくれた仕草。少しだけ、失った親子の時間を取り戻せた気がした。
僅かな距離しか歩いていないが、確実に親子の距離を縮めた2人。神社の入り口に停められたカブの所まで戻ってきた。
星斗は亜依の手を離し、カブの荷箱を開けて制服を取り出す。
亜依は離れた右手を少し残念そうに見つめる。そんな表情も、込み上げてくる歓喜に押し流され、また頬を緩ませる。
「――カブで2人乗りとかできるのか……荷箱を外すか……いや道具が無いか……亜依にしがみ付いて貰うしか……メットは亜依に被って貰って……」
星斗は如何にして、1人乗りのカブに2人で乗るかを思案していた。
警察で使用している二輪車は、都道府県によって様々な種類がある。
よく知られている白バイと呼ばれる二輪車は、ホンダCB1300やVFR800等の大型自動二輪が採用されている。これらを運転し、交通取り締まりに従事するためには”緊急二輪専科”、所謂白バイ専科を受講して、修了することが求められる。そのためには、自費で大型自動二輪運転免許を取得する事が大前提である。更に白バイ専科を修了しても先輩の同行指導を受けて、漸く一人前白バイ乗りとして、1人で交通取り締まりを行うことができるのである。
このように、白バイに乗るためには厳しい訓練や指導を受けなければならない。そのため、警察官の中でも限られた者だけしか運転することができないのである。
それでは、それ以外の一般の警察官はどうしているか。
多くの警察官は小型限定自動二輪運転免許を自費で取得し、警察署の指導者に訓練を受けてバイクを運転しているのである。
第一種原動機付き自転車、所謂50ccの原付きバイクを採用している都道府県も有るようだが、多くは90ccから125ccの第二種原動機付き自転車、所謂小型自動二輪が多い。
燃費もよく頑丈なホンダカブ。スクータータイプで加速の良いスズキアドレス。最近は見かけなくなったMTのスズキK90等もあった。
白バイと違い、緊急走行を行うために必要な、サイレンや赤色灯は装備されていないが、警察官の足として使用されている。
星斗は大学時代から趣味でバイクに乗っており、大型自動二輪の免許を取得している。がしかし「バイクは趣味で乗りたい」と言う気持ちから、白バイ隊員は目指さなかったのである。
星斗が仕事で愛車として使っているバイクは、ホンダカブであり。基本1人乗りのバイクだ。
荷台には荷箱が取り付けられており、簡単に取り外しはできない。
バイクの2人乗り(タンデム)の設備条件は、
○ タンデムステップ
○ タンデムシート(もしくはキャリア)
○ 握り手(タンデムベルトやグラブバー、タンデムバーともいう)
が装備されていることである。
警察のカブでも装備されているので、やればできるの。だが、その設備には荷箱が乗っており、座ることができないのだ。
「設備あるからダメじゃない……?今更悩んでも仕方がないか……でもノーヘル2ケツ……」
運転手の前方に人を乗せれば、乗車積載方法違反(設備外乗車)である。星斗の後ろに座らせて運転を妨害しないのであれば、直ちに交通違反は成立しない可能性がある。
ちなみに、50ccの原付バイクに2人乗りした場合は定員外乗車違反となる。
更に、普通自動二輪や大型自動二輪でも、免許取得後の年数や年齢に違反すると大型自動二輪車等乗車法違反となる。
ブツブツと呟きながら悩む星斗を尻目に、亜依は珍しそうにバイクを見ていた。
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