サンタの捕獲大作戦!前編

「現在の時刻は12月24日23時50分。これより、作戦を開始する」


 サンタクロース姿に扮した仁代星斗じんだいせいとは、おもむろにプレゼトの入った袋を担ぎ上げる。


「星斗さん、頑張って!」

「行ってくる」


 祈るような表情で星斗を送り出す妻の仁代美夏じんだいみか

 覚悟を決めた顔で星斗は駐在所の2階へと階段を登り始めた。

 子供部屋の扉の前までやって来て、星斗は深く息を吸う。


「すぅぅぅぅぅ……はぁぁぁぁぁ」


 呼吸を整え、ドアノブに手をかける。ゆっくりと音を立てないようにドアノブを回し、そっと扉を開ける。

 そこには……。


 ◇◇◇


「ねーお母さん、サンタさんちゃんとくるかな?」

「きてくれるかな……」


 双子の兄妹である、仁代伊緒じんだいいお真理まりが不安そうな表情で夕飯の支度をしている美夏に訊ねる。


「2人がいい子にしていれば、ちゃんと来てくれるんじゃない?」

「「ホント!?」」


 不安そうだった2人の表情は、雲が晴れるように明るくなり、期待に満ちた目を輝かせる。


「伊緒はね!剣がほしい!勇者の剣!」

「ま、真理は、ねこさんのぬいぐるみがいいな……」


 今年、小学校に上がったばかりの2人。最近はまだかまだかと、毎日クリスマスの話をしていた。

 今はまだ12月の上旬、クリスマスまでまだ3週間近くあるが、日々一喜一憂している。

 そんな様子を微笑ましく思いながら、双子の話を毎日聞いている美夏。

 そろそろ本格的にクリスマスプレゼントの準備をしなくては、と考え始めていた。

 

(そろそろ星斗さんに相談して準備しないと……)


 そんな事を考えていると、伊緒と真理が何やら2人で相談を始めていた。


「サンタさんて、どこから入ってくるの?」

「そんなの”えんとつ”にきまって……うち”えんとつ”ない……」

「ぇ……じゃあサンタさん、こないの?」


 真理の疑問に伊緒が答えようとして、ふとこの家に煙突が無いことに気が付いてしまう。

 自分の言葉にショックを受けて固まってしまう伊緒。

 その様子を見て”サンタがやって来ないのでは”と今にも泣き出しそうになる真理。


「「お母さん、くるよね?」」

「えっ!く、来ると思いますよ?」

 

 美夏は突然の問いに慌てて答えるも、美夏の動揺は双子に伝播する。


「「うっ……」」

「大丈夫だから!ちゃんと来るから!お母さんは会ったことあるから!」


 咄嗟の事でよく分からない話を始める美夏。


「ほんと……サンタさん、どんなだったの……?」

「えっ、えっと……」


 コロコロと表情を変えて、美夏に訊ねる伊緒、その後ろでは真理が心配そうに美夏の顔を見上げている。


「か、カッコよくて、優しくて……逞しいくて……」

「それ、サンタさん?」

「サ、サンタさんです!格好良いサンタさんでした!」

「真理も、サンタさんにあえる?」

「……えっ?」

 

 真理の言葉に更に追い詰められる美夏。


「サンタさんが来るのは、夜遅くだから……夜更かしする子の所に来てくれないかもしれないし……会うのは……難しいかなぁ?」

「……そうなの?真理もサンタさんにあってみたいなぁ……」


 会いたいけど、起きていれば会いに来てくれない。

 そう言われても、なかなか諦められるものではない。

 真理はシュンとしながら、俯いてしまう。


「じゃあさ!サンタさんきたら、捕まえちゃえばいいじゃん!」

「え゙っ?」

「そっかぁ!そうすればあえるね!」

「ちょ、ちょっと、そんな事したらサンタさんが困っちゃうでしょ!」


 何故かサンタを捕獲する方向へと舵を切る双子。

 美夏も流石にそれはまずいと、軌道修正を試みるが。


「だいじょうぶだよ、タイホしてもすぐにシャクホウしちゃうから」

「そうだよね!すぐにシャクホウだね!」

「逮捕して、釈放……」


 美夏は双子の言葉に軽く目眩を覚えながら、どうにかできないかと思案するが、いい言葉が思いつかない。


「サンタさんを困らせることしないでよ?」

「「わかった!!」」


 説得は諦めたようだ。

 小学校1年生の考える事である、そんなに深刻に考える必要もないのでは、と美夏の中で結論付ける。


(まぁ、そんな無茶はしないでしょう。それよりプレゼントの希望が分かったから、早速今夜にでも星斗さんに相談しないと!)


 子供達の欲しいプレゼントをどうやって聞き出そうかと思案していた美夏にとって、期せずして聞き出せたことの方が収穫であった。


「じゃあサンタさん捕まえるじゅんびしよう!」

「うん!」


 双子は早速サンタを捕獲する相談をしながら、2階の子供部屋へと上がっていった。


「さて、あとは魚を焼いて――」


 ◇◇◇

 

「と、言うことが昼間にあったんですよ」

「プレゼントの希望は分かったから、今度用意しよっか。あとは……罠でも仕掛けてくるのかね?」

「なんでしょうね?小学1年生の考えることだから、そこまでのことはしないと思うけど……」


 子供達が寝静まった後、星斗と美夏はクリスマスの為の作戦会議を開催していた。

 ミックスナッツをつまみに、ウィスキーを口に含む星斗。

 美夏もミックスナッツをポリポリと食べながら夜の会議は続く。


「万が一を考えて、サンタの衣装を借りといた方がいいかな?」

「借りられるんですか?」

「確か……地区の交通安全のイベントで使ったやつが有るとかなんとか……塚原さんが言ってたような……」

 

 もう一口グビリとウィスキーを飲み込み思案する星斗。

 ちなみに、星斗は大のお酒好きである。

 最近はウィスキーにはまり、良く晩酌をしている。

 父武に行った際、ジローズモルトというクラフトウィスキーを見つけて買ったことがきっかけとなり、すっかりはまってしまったのである。

 美夏はそこまで強いお酒が飲める訳ではないので、星斗のお酒を舐める程度に貰うだけである。


「明日聞いてみるよ」

「お願いします。私もあの子達が何してるか見ておきますね」


 2人の話は別の話題へと移り、晩酌と言う名のおしゃべり会は暫く続いた。


 ◇◇◇


「「いってきまーす!!」」


 元気よく駐在所を飛び出し、隣の家へと走っていく伊緒。

 ゆっくりと道路の左右を確認してから渡り始める真理。


「おい!飛び出すな!」

「はーい」


 伊緒が返事をする頃には、お隣の躬羽家の庭へと入って既に玄関まで到達していた。


「玲ちゃーん!学校いこー!」

「ちょっとまってー。あ、おはよう伊緒くん、真理ちゃん」

「おはよー玲ちゃん」

 

 玄関から顔を出したのは躬羽玲みはねれい、 双子の同級生であり、幼馴染である。

 仁代家の生活する深山警察署七元駐在所のお隣に住んでいる躬羽家の長女だ。


「おはよう、玲ちゃん。今日も2人を頼むよ」

「はい、がんばります」

「はは、頼もしいなぁ」

「「お父さん!!」」

 

 いつもの朝のやり取り。伊緒と真理が素早く星斗に突っ込みを入れる。


「ほらみんな、登校班が来たよぉ」

「躬羽さん、おはようございます」

「おはようございます。ごめんなさいね、珠代たまよは起きられなくてねぇ」

「いえ、お仕事忙しそうですからね。ほら、3人とも気を付けていってらっしゃ」


 玲の母親である躬羽珠代みはねたまよはイラストレーターの仕事をしており、不規則な生活のため朝の見送りができないことがあった。

 その場合は、玲の祖母が見送りしてくれている。玲は少し寂しそうな顔をしつつも、祖母に頭を撫でられて目を細める。

 登校班が駐在所の横までくると、3人は列の後ろに並び、副班長が最後尾に付く。


「おはよう福島君。みんなをよろしくね」

「おはようございます!小学校、すぐそこだけどね!」


 6年生の班長が元気よく答え、3人を連れて行ってくれる。

 と言っても、班長の言う通り小学校は目の前であり、殆ど着いたも同然の距離しか残っていないのだが。

 

「さてと、本署に行きますかね」


 登校の見守りを終えた星斗は、駐在所の事務室に戻り警察署へ向かう準備を始める。


「星斗さん。ちょっといいですか?」


 自宅で家事をしていた美夏が星斗を呼ぶ。


「何かあった?」

「今、部屋の掃除をしてたら……伊緒と真理の部屋で……」

「へ?Gでも出た?」

「そうじゃなくてですね!」


 美夏が何やら言い辛そうにしているので、てっきり黒い害虫でも出たのかと思い尋ねたのだが、どうやら違うようだ。


「何かこう……罠のような物が作られてて……明らかに人を捕獲しようとしてるんですよ」

「あぁ……この間言ってたサンタを捕まえるとか言うやつの……」

「ええ、なんか本格的で……」

「まぁでも、人が怪我するような物じゃなければ、そのままでいいんじゃない?」

「うーん……確かに……そういう感じではなかったから……いいかな……?」

 

 星斗も美夏も、伊緒と真理が自主的に何かやっているのならば、危険が伴わない限りやらせてみようという結論に至る。

 この時は、伊緒と真理の多少過激な発言も、小学生の言っていることとそこまで大きく考えていなかった。

 

 ◇◇◇


「ここをこうして、こっちにつながって……」

「ねえおにいちゃん、こんなかんじでいいかな?」

「どれどれ……いいんじゃないかな。じゃあこれと、それをがったいしよう!」

「うん!」


 小学校から帰宅した伊緒を真理は、子供部屋に籠ってなにやら怪しげな工作を続けていた。

 時折、1階へ降りて来ては「ダンボールない?」やら「ロープほしい」等と言って資材を調達して戻っていく。


「大丈夫でしょうか……」


 一抹の不安は残るが、星斗とも相談して2人の好きにさせてみる事にした手前、中々声を掛け辛い。

 一応変な事には使わないように言い含めているが、何処まで通じているかいまいち分からずにいた。


「ねえお母さん、トラばさみってある?」

「え?!ないですよ?」

「ないかー」

「くくりわなは?」

「ありません!」

「残念……」

 

 パタパタと子供部屋へと戻っていく双子達。


「本当に大丈夫でしょうか……?」

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