第4-1話 芽吹く力

「先生」


 今まで発言する事のなかった工藤が声を上げる。

 皆が次の言葉を紡げずにいたところに工藤が声を上げた事で、注目が集まる。


「何ですか……えっと、申し訳ない君の名前は……」

「工藤です。それで先生、このまま何もしないでいるのもあれですよね?校舎の中に入らないで外を確認するのはどうですか?あそこで木になってる、多分作業員だったものの持ち物にスマホでもあれば、連絡が取れるんじゃないですか?」


 工藤が指差す先には欅の木の伐採のために訪れていた、が欅の木の周りに生えていた。

 

「いや……でも……人の物を勝手に使ってしまうのは……」

「そんなこと言ってられる場合じゃないじゃないですか!それには生きてるんですか!?」


 元々人間であった霊樹を生きていると考えるか、死んでいると考えるか。

 安部は人として捉えており、それはこの場にいる者の殆どが人か或いはまだ何らかの意思や戻ることもあり得るのでは、そう思っているのである。

 ただ1人、既に死んだとして捉え、その考えに何も感じていないのが工藤である。


「ちょっと!工藤くんそれは言い過ぎ!まだ分かんないじゃん!」

仁代じんだい……いいよ俺が取ってくる。そういうのは俺の役目だもんな……」


 仁代真理じんだいまりが工藤を止めようとするも、工藤は薄らと笑いながら真理を見るだけだ。

 その目を見て真理はを感じる。

 皆んなを助けようとか、自分が率先して役目を負うとか、そう言った感情が感じられない。およそ、今この状況で浮かべる様なたぐいの感情ではない色が浮かんでいる。

 普段から目立つ真理は周囲からの視線をいつも集めている。それは良いものもあれば、当然悪いものもある。真理も普段であれば気にしないのだが。


――あれは良くない――

 

 真理がそう直感し、工藤を止めようとした。が、工藤は何やら自分で納得してしまい、作業着を着た霊樹の方へと走り出していく。


「ちょっと!待ちなさい!」

「真理、いいよほっときなよ」

 

 追いかけようとする真理を兄の仁代伊緒じんだいいおが止める。


「あいつはを物扱いしてるんだよ!何するか分からないじゃん!」

「……だからって真理が行かなくてもいいでしょ。あいつ、何かおかしいだろ。あいつ1人だけ、ずっと笑ってるんだぞ」

「……でもほっといたら!」


 伊緒も何かがおかしいと感じていたようで真理に警告をする。

 しかし、真理も何かしなければと拳を握りしめる。


「俺が見てこよう。何かあっても俺なら大丈夫だろ」


 その状況を見ていた最上級生で空手部主将の西風舘ならいだてが声を上げる。


「先輩……すみません、お願いしてもいいですか?」

「あぁ、様子を見てくる。何かあったら助けて貰えると助かるかな」


 真理が西風舘に頭を下げる。西風舘は任せとけと軽く手を挙げて答え、もしもの時に助力をお願いしてくる。


「西風舘先輩なら問題ないと思いますが、その時は任せて下さい!」

「はは、やっぱり空手部に来ればよかったのに」

「それはできません!」


 真理も元々武術をやっており、西風舘の事も光から聞いていたため、その実力も耳にしている。

 西風舘もまた有望な後輩として真理に目を付けていたが、真理が光を追いかけて剣道部に行ってしまったため、同じ部活に所属することはなかった。

 工藤の元に向かう西風舘を見守りながら、伊緒が真理に問う。


「西風舘先輩って強いの?」

「……伊緒そんなことも知らないの?全国レベルだよ」

「まじか」


 ◇◇◇


 一足先に欅の木の根元までやってきた工藤は、霊樹の根元に散らばる作業服のポケットを漁っていた。


「お、財布発見。一応貰っておくか」


 関係のない財布をくすねて、自身のズボンのポケットに仕舞っていく。


「なんだよ、スマホは持ってないのかよ。使えねぇな」


 そう言いながら投げ捨てた作業着の胸ポケットには折り畳み式の携帯電話機が入っていたのだが、工藤には電話として認識されなかったようである。

 その代わりに紙たばことライターを見つけて自身の胸ポケットに忍ばせる。


「へへ、一度吸ってみたかったんだよな……おっ!」


 工藤は別の作業員のズボンからスマホを見つけ、操作する。しかし顔認証となっており、ロック解除をすることができない。

 本来であれば非常通報はすることができるのだが、そんなことはお構いなしにスマホを放り投げる。


「木になった顔じゃどうせロック解除できないだろ。役立たねぇな、くそっ!」


 人であったものに対する、うやまうう気持ちは微塵みじんもなく。霊樹と化した作業員の足元でその身を屈めながら、己の役に立たない事だけに腹を立てている。

 どす黒い感情が工藤の心を満たしていく。


 ――ぁ゛ぁ゛……楽しい……何て、何て……自由なんだ……この世界は……俺の……俺の為の……もっと……もっと……もっと欲しい……全部、俺のだ――

 

 満たされる心。

 思考が塗りつぶされていく。いや、

 心地よく沈む思考の海にその身を預け、人間の最も原初な感情に触れる。

 

「おい!何をやってる!」


 その光景を目にした西風舘が、工藤を一喝する。工藤の手が止まり、そして立ち上がる。

 ゆっくりと西風舘の方へと向き直る。


「何ですか先輩。手伝ってくれるんですか?」


 その顔は歪み、瞳は濁り、口元はいやらしく吊り上がる。

 先程まで見ていた工藤とは最早別物の様な表情に、西風舘もただ事ではない”何か”が起きていると直感し、足を止める。

 

「こいつらさぁ、役立たねぇんだよ。だからさ。ぶっ壊してぇんだよ!」


 工藤が拳を強く握り、そのまますぐ後ろの霊樹に残された叩きつける。


 ――ドゴオオオオオオォォォォォ――


 おおよそ人が樹木を殴って出していい音ではない轟音が、周囲の空気を震わす。


「――っ、何が」


 思わず両手で防御の姿勢を取ってしまう西風舘。

 その両手の隙間から見えたのは、狂ったようにわらう工藤。


「ははっ、ふは!ふはははは!ふははははははははははははははははははは!何だこれ!何なんだよ!おもしれぇ!何が起きてんだ!ふはっ!ふはははは!痛くねぇし!どっかから力が湧いてきやがる!さいっこうじゃねぇか!いひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 狂いわらいながら霊樹を殴り続ける工藤。その拳は紅い光で覆われ、霊樹に浮かぶ顔をメキメキと削り取る。やがて幹の半ばまで抉り取ると、霊樹は音を立てながら伸ばした枝葉を地面へと叩きつける。

 周囲に土煙と大量の翠色の霊子の光を撒き散らしながら折れた霊樹の幹の中から、1つの翠色の光がふわりと抜け出してきた。

 サラサラと翠色の燐光を散らしながら、空へと溶けていった。


「――おい!何てことを!」


 西風舘も想定外の出来事に目を奪われ動けずにいたが、自らの役目を思い出して声を上げる。


「――いいんですかぁ?俺にそんなこと言って?ふひっ!殺しますよ?」


 ゾワリと体が硬直するのが分かった。西風舘も全国の猛者と闘ってきた武芸者だ。それ故に、相手の力量はそれなりに分かるつもりでいた。

 だが目の前のは、今まで自分が培ってきた強さの基準で測ってはならないものだと、本能が告げている。

 西風舘は身体を半身にし、ゆっくりジリジリと工藤へ近付いていく。

 左手は軽く手刀の形で前に、右手は軽く握り後ろに引く基本的な構えを取る。それでいて何時でも反応できるように足はあまり地面から離さないようにすり足で近付いていく。


「うは!怖い怖い!全国大会行くような奴がそんな本気になっていいんかよ。俺みたいな一般人に拳向けたら凶器なんだろ?じゃあ俺も凶器持っていいよな?いひゃ!イヒャヒャヒャヒャ!」


 両手を上げて降参しながらも、楽しくて仕方がないと言った表情の工藤。


「あ゛ぁ゛……みんなメチャクチャにしてぇ……、グチャグチャに切り刻んでみてぇなぁ!!イヒッ、イヒ、イヒヒヒヒヒ」


 両手を掲げ、天を仰ぐ工藤。無防備で隙だらけだが、余りの異質さに西風舘も飛び込むことができない。

 工藤の掲げた右手にが集まりだす。

 それに呼応して辺りを漂っていた翠色の霊子の光が渦となり、段々と工藤の右手に収束していく。


「ぁぁ……何だこれ……さいっこうに気持ちいいは……自分の……俺の気持ちに……身を任せる……もっとだ!もっと寄越せ!」

「西風舘先輩!あれは――!」

「先輩!逃げて!」


 事態を遠巻きに見守っていた伊緒と真理が何かを感じ取り、西風舘に対して逃げろと叫ぶ。

 真理は西風舘を助けるために走り出す。

 伊緒も一歩踏み出そうとするが躊躇ためらって止まってしまう。


「真理ちゃん!ダメ!」

「ああ!そっちに行っては危ないですよ!」


 躬羽玲みはねれいと安部が、走り出した真理を止めようと声を上げるが、真理は止まらない。


「真理!よせ!」

 

 伊緒は真理を止めようと、足を真理達の方へと向けている。だがその後の一歩が踏み出せずにいた。

 足が竦みすく動けない伊緒、焼き付いたあの日の光景が脳裏をぎる。

 

 遠ざかる背中。

 掴めない手。

 目に染みる夕日。

 泣きじゃくる少女。

 地面に倒れる親友。

 血に染まった手。


「くっそ!!くそくそくそ!!!!あ゛あ゛ぁーーーーー!!!!!」


 伊緒が声を張り上げる。普段からやる気を見せず、面倒くさがり、目立つことを嫌い、人の影に隠れようとする伊緒が吠える。

 それは慟哭どうこく

 走り出す真理を追いかける事ができない、伊緒の心の悲鳴。


「伊緒くん!大丈夫!私は!ここに居るから!!」

 

 伊緒の手を取り、握りしめる玲。

 玲は激しい動悸で脂汗の浮かんだ手をしかと握りしめ、伊緒が落ち着くまで静かに待つ。

 

「――玲……ごめん」

「大丈夫だよ、落ち着いた?」

「ああ、もう大丈夫だ……真理は……」


 落ち着きを取り戻した伊緒は顔をあげ、真理が走っていった方を見る。

 真理の先に居る工藤の右手に更に光が収縮し、紅と翠が混じり合って眩い閃光を放っていた。

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