第3ー2話 溢れる想い
「感動の再会の最中に申し訳ないが、現状を確認をしてもいいですか?」
「あっ!はい。1年3組は現状”
賀茂に言われ、慌てて仕事モードに戻る光。今現在、校庭にいる人数が全てのようであった。
「1年2組は私含めて3名のみですね。他のクラスはまだ確認していないですが……」
「僕達もとりあえず避難を優先しましたので……他のクラスと職員室を確認しないとですね」
「ええ、あとは警察と消防にも連絡しましょう。あちらもどうなってるいるか分かりませんがね」
賀茂と光はこれからの行動を確認していく。優先すべきは生存者の安全確保と更なる生存者の救出、その為の調査と、公的機関への連絡となる。
そこで光ははたと気が付く。
「携帯は……職員室ですね……賀茂先生は?」
「私もです。皆さんの中で今、携帯電話を持っている人はいますか?」
賀茂と光は授業に不要な携帯電話を職員室に置いており、今は所持していない。そこで生徒達に所持してないか確認するが、生徒達もお互いに顔を見合わせるだけで誰も名乗り出ない。
「皆さん真面目ですね、ちゃんと鞄の中ですか。……では、私がまず職員室に向かって携帯を回収しましょう。その間、耶蘇先生には生徒達を見ていてもらって……」
「いえ、僕も行きます。
「しかしそれでは生徒達が……」
教師2人の主張はお互いに一理ある。現状何が起きているか分からず、これから何が起こるか分からない状況である。そんな中、生徒達だけを残して教師が居なくなって良いのか。
答えの出ない問いに2人の教師は沈黙する。
「あの……」
玲がおずおずと2人に声をかけ、昇降口の方を指差す。
皆がつられてそちらの方を見ると、1人のスーツを着た小太りの男性と2人の生徒がこちらに向かって小走りで近付いて来ているところであった。
「安倍先生!」
光が近付いて来る教師に向かって声をかける。
「耶蘇先生、賀茂先生も。よかった……生きている人が居たんですね……生徒達は……」
もうすぐ定年を迎えるベテランの安倍は心底ほっとした表情で2人の教師を見た後、5人の生徒達を見渡して言葉を失う。
本来であれば深山高校には500人近い生徒が居るはずなのだが、校庭に集まっているのは2人の教師を含めて7人だけでなのだ。
「安倍先生、無事でしたか……」
「……ふぅふぅ……えっ、ええ……教室の生徒は皆んな木になっていて……ここに来る途中でこの2人と会えたので一緒に避難して来ました」
光の言葉に安部は乱れた息を整え、ハンカチで汗を拭いながら答える。その目は怯えの色を浮かべ、余程慌てて来たのだろうか髪は乱れ、汗が吹き出している。
光は安部の後ろにいる2人の生徒に目を向ける。
「君は、3年生の
「はい。3年3組の西風舘です。耶蘇先生に賀茂先生も……無事だったんですね……」
「西風舘くん、無事でしたか」
賀茂が西風舘に声をかける。
光も賀茂も受け持ちでない学年の生徒を覚えていたのは西風舘が非常に優秀な生徒であり、且つ賀茂が顧問を務める空手部の主将だからである。
「貴女は2年生の
「あ、はいっ!そうです!」
光がもう1人の女子生徒に確認をする。賀茂は彼女の名前は覚えていなかったが、どうやら光は知っていたようだ。東風谷は玲と同じ調理部の部員であり、光も記憶していたようである。
「東風谷先輩!」
「躬羽さん!無事だったんだね……」
玲と東風谷が互いに手を取って喜び合う、東風谷はやっと見知った顔に出会えたことからその目に涙を浮かべている。
賀茂が西風舘から、光が東風谷からそれぞれのクラスがどうなっているかを聞き取る。
そこで語られるのは光達が見て来た光景と同じものであり、自分以外のクラスメイトの生存者を確認することができなかったという話である。
「安倍先生、今避難してきているのはここに居る人だけです。これから職員室に戻って警察や消防へ連絡を取ろうとしていた所なのですが、安倍先生には生徒達を見ていてもらえませんか?」
「僕と賀茂先生の2人で校内に行ってきますので、お願いできますか?」
「わ、分かりました、私が行ったところで大してお役にたてないでしょうから、ここは任せてください」
安部はホッとした表情を浮かべ、滲み出る汗をハンカチで拭きながら生徒達と残ることを了承する。
「加茂先生、行きますか」
「ええ、まずは職員室から行きましょう」
光と加茂が向かう校舎は段々と樹々が成長し、開いていた窓から青々とした翠の葉が空に向かってその枝葉を伸ばしている。
校舎全体が翠に覆われ、こんもりとした森の様になってきている。
まるで終末世界で、自然に還っていく人工物の様相である。
それが早回しの様に刻一刻と変貌を遂げていく。現代社会に生きる人間にとって、目の前の光景は美しくも、正に悪夢である。
「光さん!気を付けて!」
「危なくなったら直ぐに引き返してください」
「加茂先生、光さんを頼みます」
未知の森に再び足を踏み入れようと向かう2人の教師に対して真理、玲、伊緒がそれぞれ2人の教師に声を掛ける。
伊緒の言葉に光が反論しているが、2人はそのまま校舎の中へと入っていった。
「ふぅ、さて、皆さん怪我はありませんか?」
安倍は生徒達を見渡しながら全員の怪我の有無を確認する。
生徒達は一様に頷いてそれぞれの無事を知らせる。
その中で唯一の3年生である西風舘が代表して皆が思っていることを口にする。
「先生、俺達はこの後どうすればいいですか?俺も部員がどうなってるか確認したいんですが……」
「私は……怖くてあの中には……」
西風舘と東風谷がそれぞれの思いを口にする、どちらも理解できる感情であり、
安倍も教師としての職務で何とか耐えてはいるが、今にでもこの場から逃げ出したい気持ちで一杯である。
「わ、私も他の先生や生徒達が気になりますが……どんな危険があるか分かりませんし、皆さんを守らねばなりません!それにあんな気持ち悪いものの中に戻るなんて……何でこんな事に……」
安倍の教師として、大人としてどうかと思われる言葉だが、それを口に出して否定できる者はいなかった。皆、少なからずあの得体の知れない声を聞き、目の前で人が樹に変わっていく様を見てしまったのである。
だが、1人だけその言葉に不満の表情を浮かべる者がいた。
工藤は安倍の言葉に賛同していなかった。
(あれのどこが気持ち悪いんだよ!サイッコーじゃないか!あぁ、早く見てみたい、触ってみたい!ホントは自分でぶっ壊せたらサイコーだったけど、それでもこれは!イイネ、イイネ、興奮して来た!それにまさか彼女もいるなんて!)
普段の性格は大人しく、気弱にすら見える男子生徒。それが工藤の周りからの印象である。
しかし、その内情はドス黒い想いを煮詰めたヘドロを内包した、鬱屈とした少年であった。
平和な日常の中であるなら、その感情は工藤の理性と言う関に阻まれて流れ出すことはないかったはずである。だが、
工藤の
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