第3ー1話 溢れる想い
意識を失う寸前に見た光景は、余りにも
加茂がもっとも忌み嫌う、日常とのずれ。
否、加茂の意識との、ずれ。
(っち。気を失っていましたか……)
ぼやける視界がだんだんと晴れていき、そして加茂の目に映るのは翠の光に満たされ、青々と生い茂る樹海。
あまりの光景に、あまりの恐ろしさに、あまりの美しさに目を奪われる。
「……美しい」
普段、加茂の目に映っていた世界は、いつも代り映え無く、それでいて理不尽で不条理な世界。
加茂の心をかき乱し、イラつかせるその世界は何時も灰色に映っていた。
しかし、今目も前に広がっている光景は、世界は。
「……先生……」
「――仁代さん、無事ですか?」
「えっと……先生何が起きたんで……」
そこまで口にして真理は教室の異常な光景に目を見開く。
そして次の言葉を紡ぐことができずにいた。
そんな真理を見て、加茂が言葉を繋ぐ。
「私にも分かりません……私たちは気を失っていたみたいですから……」
「そう……ですか……変な声が聞こえて……そこからは記憶が……曖昧で」
「私もその声は聴きました、その後生徒が次々に木になっていってしまいました。恐らく、この教室に生えている木が元生徒達でしょう」
加茂は努めて冷静に状況を説明する。
真理はそんな説明を聞いてもいまいち状況が掴めず、目を
「これが……みんな?意味が……」
「私も分かりません。何が起きているのか、誰が生き残っているのか……」
「そんな……」
「とりあえず、教室内を確認してみましょう。他の生徒も生き残っているかもしれません」
「はい……」
賀茂の言葉に従い、教室内を確認していく2人。
見慣れた制服を纏った樹々を見て真理が顔を
窓際から順番に確認していくが、樹になっていない生徒がいない。
その事実が真理の心を締め付ける。
(あゆみ……莉緒……)
仲の良かったクラスメイトの席に座っているのは物言わぬ樹木。
涙が溢れそうなるのを必死に堪えてクラスメイトを確認して回る。
その時、同じように教室内を確認して回っていた賀茂が声を上げる。
「工藤くん、大丈夫ですか?生きてますか?」
真理も声の聞こえた方へと樹海とかした教室を抜けていく。そこには樹々の中に倒れている男子生徒が1人。
「工藤くん……?」
「仁代さん、手伝ってもらえますか」
「はい」
意識の無い男子生徒を周りの樹木の根っこが絡まり合う床から教壇の前まで運び出す。
「先生、工藤くんは……」
「脈と呼吸はあります、生きてはいる様ですね」
手首の脈と胸の上下の動きを確認しながら答える加茂。そして横たわった男子生徒、工藤の肩を叩いて呼びかけ続ける。
「工藤くん、起きて下さい。工藤くん」
「――うっ!」
「先生!意識が!」
工藤が意識を取り戻し、薄らと目を開ける。
「うっつつ、痛って……耶蘇、先生?俺はどうなったんだ……」
「君はあの声の後倒れていたんでしょう。体の不調はありませんか?」
「何か……体が痛い……」
「床に倒れてましたからね、どこか打ったのかもしれません。頭痛や吐き気はありませんか?」
工藤は体の痛みを訴えるも、頭痛や吐き気は無く、頭を強く打った形跡はなかった。
そこまで確認すると、加茂は一通りの説明を工藤にする。
「――じゃあ、この世界はどうなったんですか!」
誰もが浮かべる当然の疑問であろう。しかしその問いに答えられるものは誰もいない。
問いかける工藤の目には興奮の色が見える。
「それは誰にも分かりません。しかしこうして生存者がいるなら他にも生き残っている人がいてもおかしくない。とりあえず、校庭に出て現状の確認と他の生存者との合流を急ぎましょう」
「分かりました……」
工藤は俯き返事をするのを確認し、賀茂はもう1人の生存者である真理にも声をかける。
「仁代さんもいいですね。色々心配でしょうが、一旦校庭に避難します。とりあえず荷物はそのまま、行きますよ」
「……はい」
こちらは若干の不承を含みながらも賀茂指示に従う。
3人が教室を出て廊下を進んでいく。
真理は途中、隣の2組の教室の中を覗くが中は樹海となっていて人影を見つけることができない。
工藤もまた辺りをキョロキョロとしながら変貌した世界を観察している、その目には好奇の色が宿る。
そんな中、加茂は落ち着いた様子でチラリと各教室を確認しながら足早に廊下を進んでいく。
3人は廊下を抜けて昇降口まで行くも、他の生徒や教員とは出会うことはなかった。
三者三様の表情を浮かべながら校庭へと出ていくと、そこには数人の人影が見える。
「光さん!」
真理が
「真理ちゃん!はぁ……よかった」
光も真理の名を呼び、そして心底安堵したように息を吐く。
真理は光に駆け寄って無事を確かめる。
「光さんも無事でよかった!玲も無事ね!」
「真理……ちゃん……」
玲は真理の姿を見て今にも泣き出さんばかりに目を潤ませて、声を詰まらせる。
「だから言っただろ?真理は大丈夫だって」
そんな中、
「伊緒も無事ね。そんな気はしてたけど」
「ほらね?」
伊緒と真理だけは、何時もと変わらない風で、何時もの様に言い合いを始める。
その瞬間だけが、2人を知る人間からすると今の状況を一瞬でも忘れられる貴重な瞬間となった。
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