第4-2話 芽吹く力
「っく、目が……」
思わず視界を塞ぐ西風舘。
徐々に光は収まり、光の中心に居た工藤の姿が見えてくる。
掲げた両手の内、右手には1本のナイフが握られていた。
刃体は片刃で反りは無く刃渡り20センチメートル程、目を引くのは翠色に紅黒い班模様の浮かんだ刃体である。
「ぁぁぁ、ぃぃ……何ていいんだ…………今すぐにでも肉を切りたい……」
不気味にそう言い放ち、ナイフを逆手に持ってすぐ後ろの欅の木に思いっきり突き立てる。
――ザクッ!!――
ナイフの刃が根元まで、ズルリとめり込む。
――ザクッザクッザクッザクッザクッ!!――
まるで豆腐に包丁を突き立てる様に、欅の木にナイフが刺さっていく。
本来であれば欅の木はかなり硬い部類の木であり、樹皮はともかく、
それを工藤は易々とやっている。
工藤の力が異常に強くなっているのか、それともその手に握られた異質のナイフが、それを可能にしているのか。
「いぃぃぃぃぃぃぃ!!気持ちいいいいいいいぃぃぃぃぃ!!」
工藤の絶叫と共に、突き刺さったナイフから紅黒い光が零れ落ちる。
それは何度も刺さった欅の木の幹の傷口からも漏れ出ており、零れ落ちた光は地面に落ちて蒸発するように消えてい行き、どす黒いシミを残す。
欅の木の傷口も紅黒く変色し、やがて腐食が侵攻して傷口を広げていく。
ボトリボトリと崩れた木片が地面へと落ちていく。
「イイネイイネ!何だかわかんねぇけどカッコいいじゃんこれ!」
突如、手の内に現れたナイフを
「何だあのナイフは……何処から出した……それに、木が腐ってる」
西風舘はそんな工藤の様子を、構えを解かずに注意深く観察する。
飛び込んで一撃を入れ、形勢を優位に持ち込もうとしていたが、あのナイフの出現でその難易度がガラリと変わる。
徒手対徒手であれば西風舘も工藤に負ける気はなかったが、対武器を想定した場合、無傷で工藤を制圧するのは難しいだろう。
特に、あの毒の様な効果は人体にどの様な影響があるか分からない。恐らく工藤自身も分かっていないだろうから、確認のしようもないが。
「あれぇ?先輩こねぇの?じゃあ俺からやってもいいよなっ!!」
ナイフを右手で逆手に持ったまま、西風舘に向かって走り出す工藤。
その1歩は、一般人のものとは比べ物にならない程の加速で距離を詰めてくる。
「!!」
試合での実戦経験はあるものの、ルール無用の
右手を振り上げ、大降りに西風舘目掛けてナイフを振り下ろす工藤。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」
「っく!!」
身体を無理矢理左に捌き、左手で振り下ろされる工藤の右手を捌く。
何百何千と繰り返してきた基本動作。
条件反射となって西風舘の身体に刷り込まれた一撃。
常人であれば、肋骨の骨折ば免れない程の威力で打ち込まれた正拳突き。
――ドゴッ!!――
凡そ肉体を殴った音ではない。
もっと硬質な何かを思いっきり殴った様な音。
直後に拳から脳へと突き抜ける痛みの信号。
西風舘の顔が苦痛に歪む。
異変を感じ、西風舘は後方へと大きく下がる。
寸前まで西風舘がいた場所を工藤の握ったナイフが横薙ぎに空を切る。
「イヒッ!」
工藤はニヤニヤと嗤いながら、だらりと両手を下げ、わざと隙だらけの状態を見せる。
「全っ然!痛くねー!先輩の拳、大丈夫ぅ?ウヒッ!」
工藤は西風舘を挑発しながら自身の身体が何ともないことを確かめる。
(何なんだあの身体は……骨の堅さじゃない……まるでタイヤを巻いた丸太を殴ったみたいな感触だ……)
ビキビキと痛む右手を軽く握っては開いて痺れを解いていく。
「ナイフを捨てろ!今はこんな事をしている場合ではないだろ!」
手の痺れを取る為、西風舘は工藤に話しかけ時間を稼ぐことにする。
「ウヒッ!ウヒヒヒ!時間稼ぎするなんて情けないなぁ、先輩。早くやろぉぜぇ、俺は人を殺したくて、うずうずしてんだ!あぁ……早くメチャクチャにしてぇ……」
恍惚の表情を浮かべ、ナイフを左手の指でなぞる工藤。
「何とでも言ってくれて結構、ただ殴りかかるだけじゃ強くは慣れないんでね」
(とは言ったものの、有効打を与えてナイフを取り上げないと……一撃も貰えない、”準の当て”で凌いでチャンスを伺う、それに……)
後方から人が走ってくる音が聞こえる。恐らくは彼女だろうと当たりをつける。助力を期待する、それも後輩の女子に期待するという行為に西風舘も普段なら忌避する気持ちもあっただろうが、現状を鑑みるとそんなことは言ってられない。
「西風舘先輩!」
追いついた真理が西風舘に声を掛ける。
「仁代さん、あのナイフには絶対に当たらないで下さい。
「フヒッ!仁代!来てくれたんだ!一緒に先輩を殺そうぜぇ、そんでグチャグチャにするんだぁ……イヒイヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」
「誰がそんな事するか!大人しくナイフを放しなさい!」
工藤は真理を見て喜びを爆発させる。そして一緒に西風舘を殺そうと提案してくる。
到底受け入れられない言葉に真理は拒否するが、工藤はそんな事はどこ吹く風とばかりにニヤニヤと笑みを浮かべる。
「イヒッ!仁代ぃ怒るなよぉ、あぁ……そうか、仁代なんて呼んでるから怒ってるのかぁ、何だよ早く言ってくれれば良いのに、真理ぃ早くこっちに来いよぉ、フヒッ!」
「――誰があんたの所になんかっ!」
「照れるなよぉ、可愛いなぁ、イヒャ!」
ネットリと絡みつく視線に真理の肌がゾワゾワと粟立つ。それでも仕掛けてこない工藤を見て、真理はスッと西風舘の隣に寄り小声で話しかける。
「……先輩、私が仕掛けて隙を作ります。追撃して貰えますか」
「流石にそれは無謀だろ、あのナイフに傷を付けられれば、どうなるか分からないぞ」
「多分、あいつは私に傷を付けようとしないと……言い切れないけど、少なくとも躊躇うはずです」
「それくいなら、在り得るか……いや、でも流石に危険すぎる、やはり俺が囮になろう」
真理の提案に納得しかけるが、やはり、危険を冒せないと自分を囮とすることを提案する西風舘。
「躱すだけなら私の方が素早く動けます、でも……私じゃあいつを止める力が足りません」
現実問題として、体格で劣る真理に西風舘の一撃を受けても全く揺るがなかった工藤を制圧するだけの力が足りない。
攻撃を躱す事だけに集中して動けば、真理は自分の方が素早く動けると考えていた。
西風舘は思考を巡らせ、現状の最適解を求めようとしていた。
◇◇◇
ほんの少し前、走り出した真理とそれを止めようとする伊緒と真理の声に、それまで黙っていた2年の
「先生!みんなを止めて下さい!このままじゃ……みんなが……みんなが……」
「えっ……いや……私には……そんな事は……」
「先生!!」
「う゛っ……わ、わかりました……」
東風谷が今にも泣きそうな表情で安倍に訴る。安倍は職務と自己防衛の心に揺り動かされながらも、東風谷の言葉で安倍の重い足は、欅の木の下で争う3人の方へと向かい始めた。
「きっ、君達!やめっ、やめなさい!」
フウフウと肩で息をしながら、丸い体を弾ませる様に走ってくる安部が3人に対して静止を求める。
「何だよぉ先生ぇ……今いい所なんだけど?あっ!もしかして先生もやりたいの!?イヒッ!いいね!一緒にやろうぜ!!」
「ひぃぃ!!やっ、やめなさい!そんな気持ち悪もの早く捨てて!こっちに来るんだ!」
紅黒い班模様の浮かんだナイフをひらひらと揺らしながら、工藤が安部を誘う。
しかし、その姿を見て”気持ち悪もの”と嫌悪感を示す安部。
それは常人ならば普通の反応なのだろう。怪しい翠色の光を放つ霊樹と、黒く変色し腐れ落ちていく欅の木を背に、薄ら笑い、恍惚とした目で禍々しいナイフを眺める人間を見て、不気味に思わない人間がどれほどいようか。
スっと工藤の目に確かな意思が宿る。
両手はだらりと垂れ下がり、顔は俯きながら目は安部を捉える。
「ひぃぃ!いっ、いいからっ、そのナイフを捨てるんだ!」
怒気を孕んだ工藤の言葉に阿部が後退りながらなを職務を全うしようとする。
ジャリッ、ジャリッと安倍に向かって歩き出す工藤。
「おい!何をする気だ!やめろ!お前の相手は俺だろ!」
西風舘が工藤に向かって叫ぶが、最早工藤の耳には届いていないようだ。
「なっ、何をする気だ!よしなさい!落ち着いて止まりなさい!」
「なぁ、先生よぉ。前の世界はつまんなかっただろ?この世界はさぁ、最高だよなぁ?そうだよな!」
後退りする安倍をゆっくりと追いかける工藤。それを止めようとして飛び出そうとする真理と西風舘。
――ドクンッ――
腹の底を打つ様な振動。いや
思わず全員の動きが止まり、音の響いた方へと顔を向ける。だがそこにあるのは霊樹と化した作業員達と幹に
工藤のナイフで幹を刺され、傷口は紅黒く変色しボロボロと崩れている。
鼓動はその欅の木から発せられていた。
――ドクンッ――
更なる鼓動、それとともに欅の木の枝葉がギシギシと音をたてうねり始める。
更に幹は捻れ、樹皮がポロポロとこぼれ落ちる。
――キエエエエェェェェェェェェェェ――
甲高い悲鳴の様な音が鳴り響く。
そして欅の木の枝葉に紅と翠色の光が纏わりつき、鳴り響く音に共鳴し、枝葉を鳴動させていく。
新たな力が芽吹く。
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