第2ー1話 沈む心
"イ"エ"エ"エ"エ"ァァァァァァァァァァァァァ――
何者かの断末魔の様な声に思わず耳を塞ごうとする伊緒。その行動が間に合う前に翠の光が教室を満たす。
世界の宣言のもと、世界が翠の光に包まれた。
「誰の声だ――」
光も何が起きたか全く理解できず、生徒の状況を確認しようもする。
(何が……)
伊緒がそう思った瞬間。
『――術式発動を確認――人類へアクセスを開始――』
再度鳴り響く謎の声。突然の声に誰もが驚き、動揺する。
「うっぐ!!」
あまりの衝撃で机に突っ伏す伊緒。
隣の席にいる玲が視界に入る。玲も苦しそうに顔を歪めているのが見えた。
玲は伊緒に向かって右腕を伸ばす。伊緒も同様に手を伸ばして渾身の力を込めて玲の手を取る。
教室の中で生徒たちの悲鳴や絶叫が木霊する。
光も何かが起こっている事は分かったが、体が言うことを利かない。
辛うじて教壇にもたれかかり、教室を見渡すのみである。
机に突っ伏す生徒、床に倒れている生徒、椅子の上で海老反りになっている生徒。
皆一様に何かに苦しんでいるようだった。
『――術式深度50%、進行度50%――対象の変換を開始――』
「ぁぁぁぁあああああ”あ”あ”あ”あ”ー!!!」
必死に耐えていた玲が叫び、掴んだ伊緒の手をきつく握りしめてくる。
伊緒も自身の痛みに耐えながら必死に玲の手を掴んで離さない。
「――玲!!」
叫ぶ玲に向かって呼びかける伊緒。玲が
痛みに涙を流し、それでも伊緒を見つめて無理に微笑む玲。
「――伊緒――くん――私は――」
玲が覚悟を決めたかの様に何かを伝えようと口を開くが、言葉が紡げない。
そんな光景を後ろの席から、絶望の海に沈む間際の雫が目にしていた。
(私も……私の手を……)
そう思って伸ばそうとした手は届くことなく空を切る。
(どうして……私は……私の手は……)
雫の眼から涙が零れ、意識が途切れる。
『――術式深度80%進行度80%――肉体の変換を開始――』
「「――ッ!!――」」
更なる衝撃で伊緒の思考は切れ切れになる。
(――ぁぁ、俺は……玲と……玲が……玲を……)
まとまらない思考の中で、伊緒は玲を想う。
玲もまた途切れ途切れの意識の中で、伊緒の手の温もりだけを頼りに何とか意識を保っていた。
(伊緒くん、伊緒……くん……伊緒……)
声を出す事すら叶わない2人は、お互いの存在を確かめ合うように
光は意識が飛びそうになりながらも、辛うじて生徒たちの様子を見ていた。
何もできないその眼前で、生徒たちが急激に変化し始める。
――メキメキメキ――
そんな音が聞こえてくる。
教壇の目の前の生徒がみるみる変化し始める、その身体から
(何……だ……これは……)
教室中の生徒が一斉に
眼前で起こっている地獄のような光景を、助ける事もできずに見せつけられている。
つい一瞬前まで、授業を受けていた生徒。
退屈そうに欠伸を嚙み殺す男子生徒。
真面目に黒板に書いた事をノートへ書き写す女子生徒。
その者達が、みるみる樹木へと変化して成長していく。
(みんな……)
そしてハッとなって親友の息子とその友人の姿が見えないことに気が付く。
2人は他の生徒と違い、お互いに手を握り合って机に突っ伏して倒れていた。
その後ろの席の雫も同様に樹木になっていないのが見える。
だが、それも眼前の生徒の枝葉が成長し全てを覆い隠してしまった。
◇◇◇
一方その頃、隣の2組の教室内でも響いた世界の声により、生徒たちが次々と樹木へと変化していた。
(っち!……一体……どうなってるんだ)
数学の問題を生徒たちに解かせ、加茂が生徒たちの間を縫って見回りしていた最中に突然響いた声。
加茂は丁度真理の机の横まで来ていたが、そこで身動きを取ることができなくなってしまった。
真理の机に手をかけ、どうにか身体を支えている加茂。
周りの生徒たちが次々の樹木へを変わっていく中で、目の前の女子生徒だけが人間の形を保っていた。
「先、生……」
真理は顔を上げることもできず、机に突っ伏したまま小さく呟く。
それでも真理の拳は強く握られ、必死にこの状況に耐えているのが見て取れる。
「
加茂もどうにか言葉を口にするが、まともに会話をすることはできそうにない。
翠の光が溢れる教室の中で、賀茂が確認できる範囲に人間の形を保ったままの生徒は真理と、海老反りになりながは悶えている男子生徒が1人。
(このままでは……木に……)
そんな想いを思い浮かべながら、何とか生き残る方法はないかと思考を巡らす。しかし、何の手段も思いつくはずもなく、ただただ襲いくる痛みと不快感に耐えることしかできない。
『――術式深度90%――魂の変換を開始――」
「――ふぅぐっ!――」
賀茂は脂汗を浮かべながら、身体の中の奥底を
眼下の真理もまた、握った拳を震わせながらこの状況を耐え忍んでいる。悲鳴を上げないだけ、物凄い胆力だろう。
椅子の上で海老反りになっている男子生徒は既に意識が無いのか、声を上げることはない。ただ木になることなく、そこに存在していた。
「……た…………て……」
小さな虫の鳴くような声で真理が何かを囁く。
賀茂も真理が何を言っているのか聞き取れず、再度聞き直す。
「何……です……か」
「……たす……けて……」
言葉として聞こえた、真理が助けを求めている。
そう理解し、手を差し伸べようとした時。
「……助けて……光さん……」
真理の確かな声が聞こえた。
伸ばしかけた手が止まり、賀茂の中の時も止まる。
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