第1ー2話 日常

 ◇◇◇


 教室について伊緒と玲、雫は1年3組へ、真理は2組へと入って行く。


「おはようございます」

「おはよ……」

「ぁ、おはよう、ございます」


 3人が教室へと挨拶をしながら入っていき、窓際の自分の席に着く。


「よ、おはよう。今日もご一緒に登校か?」


 伊緒が席に着くと、すぐ前の席に座っていた男子生徒が伊緒に話しかけてくる。


「……まぁ、隣の家だし……」

「そらそうか?まぁいいや。それよりさ、部活の件考えてくれた?」


 ここ数日、伊緒はこの男子生徒から熱心な部活への勧誘を受けていた。

 何がそこまでさせるのか分からなかったが、この男子生徒には伊緒が魅力的に見えたようだ。


「いや……一応考えたけど……やっぱりやめとくよ……悪い……」

「だめかー!お前絶対運動神経いいはずなんだけどなー、体育とかあれ絶対サボってるだろ」

「まぁ……いや……そんな事、ないよ?」


 運動部らしい男子生徒には伊緒が体育の授業で力を抜いている様に見えたらしい。

 事実伊緒はそこそこになるように力を抜いて体力テストをやっており、見事にばれていたのである。


「何でそんなことするかなー、勿体無いなー」

「あー……目立ちたく、ないじゃん?」

「何で疑問形なんだよ……そういやお前最初の自己紹介以外ホント、静かだな。まあ双子ってだけで目立ってるけど」


 以外と見られていたことに若干の驚きを受けつつも、伊緒は初日の自己紹介で言った言葉を思い出す。


「”空を飛びたい”だっけ?あれは笑えたんだけどなー」

「最初くらいは、ね」

「ふーん。まあまた誘うから気が変わったら部活来てみてくれよ」


 そう伊緒を部活に誘いつつ、男子生徒はまた別の男子生徒に声を掛け始める。

 伊緒は窓の外に目をやり空を眺める。笑いながら答えていたがその目にはそんな感情は一欠片も乗っていない。


(あの時と同じ目だ……)


 後ろから伊緒の様子を見ていた雫には、入学式の日に見た伊緒の目と同じに見えた。


(何か言えたら……)


 雫の心にそんな気持ちが浮かんで沈む。

 あの日沈んでしまった、沈めてしまった気持ちを持ち出しては駄目だと自分に言い聞かせる。

 

「伊緒くん……」

「……大丈夫……」

 

 隣の席に座る玲が小声で話しかける。伊緒も玲には優しい笑みを見せ、再度窓の外に目をやり空を眺める。

 玲の一言で伊緒の目から負の感情が消える。そこには憂いや悲しみは無く、只々羨望だけが宿っていた。


「ぁぁ……空飛べたらな……」


 伊緒が誰にも聞こえない様な小声で呟く。雫の耳にはえらくはっきりと聞こえた気がした。そしてたった一言が言えなかった自分に嫌気がさす。


 (あぁ……こんな世界……沈んでしまえばいいのに……)

 

 ◇◇◇


 その頃、真理は1年2組の教室で1時限目の授業の準備を手伝っていた。

 科目は化学。光が担当する教科である。

 普段から積極的に他の教科の手伝い等をする真理だが、光の担当する化学に関して人一倍気合いが入っているのが他の生徒からもよく分かる。

 持ち前の明るさと真面目さ、人付き合いの良さでクラスの生徒からも何か言われる事もなく嬉々として教材を運び込み、配布していく。


「真理ちゃん毎回だと疲れない?手伝うし、他の人にも割り振っていいんだよ」

「大丈夫!光さんの授業の分は私がやるから!他の教科も別に苦じゃないし、手伝えるなら手伝いたいしね」


 真理としては光の事でやれるとは何でもやりたいと思っているし、そもそも教師から手伝って欲しいと言われて断る理由もないのである。

 困っている人を助ける、或いは人の役に立つ。

 それは父親である星斗や母親である美夏から小さい頃から言われてきた教えであり、真理にとって当たり前の事なのであり、そこに裏も表もない。それは普段の行動や言動にも現れるため「優等生ぶっている」等のねたみやひがみが向けられることはない。


「あ!光さんだ!準備しといたよ!」


 ただ、真理の光に対する熱量に関しては、快く思わない者もいる。


「……ちっ……」

「ん?どうかしましたか賀茂先生?」

 

 小さく洩れる舌打ち。

 振り向く光に加茂はにこやかな表情を向けている。


「耶蘇先生、何かありましたか?」

「いえ……」


 加茂と光の歩く後ろから男子生徒が2人を追い抜いて行く。どこか苛立たし気な表情の男子生徒は足早に2組の教室へと吸い込まれていった。

 1時限目の授業の為に2組の教室へと入って行く賀茂、光も3組の教室へと入って行く。

 何時もの学校生活。変わり映えなのいい日常の1日を告げるチャイムが鳴る。


◇◇◇


 1時限目の終わりを告げるチャイムが鳴り、暫しの業間休みも伊緒は相変わらず窓の外を眺めている。

 目線の先にあるのは空ではなく校庭に向けられていた。

 そこには欅の木を取り囲んでいる作業員の姿があり、その手にはチェーンソーが握られている。

 高所作業車も用意され、伐採の準備が進んでいるようだ。

 その先に植えられている桜の木目をやる。既に花の季節は終わっており、緑の新緑が青々と茂っている。

 その中に一際大きな桜の木の根本を見ながら伊緒は今朝の話を思い出していた。


(あの桜が七不思議の桜だっけ……卒業できなかった女子生徒の幽霊が出るとか何とか……)


 よく校庭や土手に植えられている桜はソメイヨシノであり、エドヒガンとオオシマザクラの交雑種であり樹齢もそこまで長くなく、60年から70年と言われている。

 伊緒が見ていた大きな桜はエドヒガンと呼ばれる桜であり、各地に巨木や古木が存在する種類の桜である。

 深山高校の校庭に植えられているエドヒガンはこの場所の高校ができる以前からあったもののようで、今伐採されようとしている欅も同様である。

 1人ボーッとそんなことを考えながら休み時間を過ごしているとすぐに始業のチャイムが鳴り、光が教室へと入ってくる。


「席に着けー授業始めるぞー」


 光の掛け声と共に化学の授業が始まる。

 

「それでは授業を始めます」


 隣の2組でも賀茂が数学の授業を始めたようである。

 午前中の授業がゆったりと進む中、突然声が響いた。


『これより神罰術式を発動します』


 日常が終わる。

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