第3-2話 花の声
◇◇◇
「――ですので、わたくしは魂の状態から霊子術の理論を学び、筐体にも基礎理論をインストールしていただいたのです」
「へぇ、あいつそんなことするんですね。意外な一面です」
「わたくしにとっては霊子術の師匠ですので。その後、積層霊子術の理論やそれを組み合わせた立体霊子法陣の理論を学ぶことないなりました」
「そう!あの積層霊子術!あれは精密で術式が美しいものでした。あれはサリエが作っているのですか?」
美夏の霊子術をかなり高度に修めている身である、その美夏が”美しい”と感じる積層霊子術の術式。興味がない訳がない。
霊子術とは、読んでその字の如く「霊子」を操る術である。
霊子を操るための術を定型化したものが「霊子術式」であり、単に「術式」と呼んだりする。
その術式を「層」を重ねる様にして連結していくのが「積層霊子術」であり、その術式は「積層霊子術式」となる。
積層霊子術式は、単に層の上下を連結するだけでなく、複数の層を跨いで連結したり、或いは複数の層を連動させたりする高度な術式になっている。
また「霊子法」とは、霊子術とは一線を画したものである。「術」は既存の法則に則り、霊子を扱いやすいように運用するためのものであるが「術」を越えてより深く、より原初の根源に近いところまで洗練し、昇華されたものが一種の「法則」となる。
それはこの世界に新たな「法則」を生み出す。それが「霊子法」である。
その「霊子法」を立体的に組み合わせていくのが「立体霊子法」となる。積層とは違い「重ねる」のではなく、前後左右上下をバラバラに組み合わせ、三次元的に組み上げるものなのだ。
その立体霊子法を魔法陣の様にして運用するのが「立体霊子法陣」なのである。
洗練された霊子術式は、それだけでも美しいものである。それらが折り重なり、組み上がった立体霊子法陣ともなれば、それはもはや夜空に散らばる銀河の様だ。無数の術式が煌めき、互いに干渉し合い、共鳴し合うそれらは、巨大な意思を持って1つの法陣という銀河を形成する。
「あれは凄いですね。あれを組み上げているのもサリエですか?」
「私は主が作った大枠に沿って組み上げているだけになります。凄いのは主です」
「でも、あれを理解して組み上げているんですから十分凄いですよ!あいつがそういう事が得意なのは知ってますが、こんなに良い助手がいるなんて知りませんでした」
サリエは謙遜するが、美夏は掛け値なしに賞賛する。
「私はそこまで内容を読み取らなかったのですが、あれはどういった術式なのですか?人の魂に関するものだいう事は分かるのですが……」
「あれはですね、人間に神罰を下す為の術式です」
「……えっ……」
サリエの何の事はない返事に、美夏は言葉に詰まる。
「人に、神罰……何のために……」
「主曰く「人間が
サリエの答えに未だ思考が追いつかない美夏。サリエは更に説明を続ける。
「人間の魂を改変して、肉体を霊子を生み出し続ける樹木へと変えることで、霊子が衰退したこの世界をあるべき姿に還す為の術式。それは
「そんな……人は、罰受けるような存在では……」
サリエの言葉を否定しようにも上手く言葉が続かない美夏。
「主はわたくしに常々言っていました「
サリエは淡々と自身が受けた説明を伝える。
「……サリエは……サリエはこの計画をどう思っているのですか……」
美夏の搾り出すような問い。
「わたくしは、主から情報と命令に従っているだけです。わたくしは人間を知りません。ですので、わたくし自身は人間という存在に対して、どうとも思っておりません」
生まれてからの情報が偏ったサリエ、そして自らに与えられた使命を全うするだけの存在。そんなサリエの言葉に感情はこもらない。
「それでも、強いて言うならば……」
サリエが自身の考えを示さんと言葉を繋ぐ、美夏もハッと顔を上げてサリエを見据える。
「わたくしが観察した人間達の行動と記録を読み解く限り、そもそも世界にとって良い影響を与えているとは思えないです」
「――!!――」
美香にとってもそれは分かっていること、霊子云々やウカの話を抜きにしても、人間がこの世界に与えている影響は良いものとは言えない。
それでも美夏はサリエに語りかける。
「サリエの言う事はもっともです。私が見てきた人達は誰も愚かで、どうしようもなくて、この世界を滅さんとしている様に見えました……それでも!」
幾多の記録、そして今の記憶。それらの中に色褪せる事なく輝く、美しい人の輝きがある。
「私は見てきました。そんな世界で正しくあろうとする人達を、壊れていくこの星を何とか押し留めようする者達を。サリエ、貴女に新しい知識を授けます。私が愛してきた人達の記憶を、私の想いを伝えます。今の私なら"人としての記憶"を伝えられます」
「人としての、記憶……ミカ、貴女はまさか。人としての記憶をまだ保持しているのです?」
サリエは動揺していた。それもそうだろう、美夏の役割については多少なり知識は得ていた。
即ち、人間としてこの世界で過ごし、世界の観察を行う事が使命であると。
そうした使命を果たす為に、人間として過ごした「記憶」は美夏の活動に支障が出ない様に「記録」として切り離され、それらを第三者視点で観察していると。
だが、目の前の美夏は「記憶」があると言ってのけた、"何かが起きている"そうサリエも感じ取ったのだ。
「ミカ、貴女の身に何が起きているのですか?」
美夏は愛おしそうにお腹を摩りながら答える。
「今の私の中には、もう1人の魂が宿っているのです。そして私は、私達は、いつか家族の元に帰りたいのです」
サリエの瞳を真っ直ぐに見据え、美夏は宣言する。それは
「そんな事をして……許されるのでしょうか……」
主の命令を守ることが使命と信じていたサリエにとって、それは未知の領域。答えを出すことができない。
「……許されないかもしれません。ですが、私は、私の心に嘘をつきたくありません。それに……」
「それに?」
「これは私の勝手な予想ですけど。ウカ様はこの方が喜ぶと思うんです」
ある種の予感、美夏はそう感じていた。
あの部屋の様にコロコロと色を変える瞳の奥に潜む、心の深淵は見通すことができない。けれども悪戯っ子のように微笑むウカの顔を思い出し、そう思わざるを得なかった。
「だから、そう簡単に人を滅ぼされては困ってしまいます。それに、貴女は私の友達です。友達が人を滅ぼすところなんて、見たくありません」
「……ミカ……わたくしは……どうすれば……」
美夏の熱量に絆されるサリエ、しかし絶対的な使命がサリエを呪縛する。
そんなサリエに美夏は優しく微笑み、力強く宣言する。
「私がサリエに人の素晴らしさを教えて差し上げます!サリエが自分の意思で決められるように!」
「……分かりました、ご教授願えますか?」
「ふふ、堅いですよサリエ。私とサリエは友達ですよ、もっと気楽に。そして任せてください」
「ミカとわたくしは友達……任せていいの?」
「勿論!」
美夏の力強い言葉に、無表情だったサリエの表情が緩む、それは儚くも美しい笑顔であった。
「では、友達の言葉を信じてみます」
真っ白な世界に、また1つ美しい花が咲いた。
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